3-17 神に選ばれし尊い種

 亜人差別をこじらせて魔王崇拝に走った連中?

 俺はラリットさんの言っている事が理解できなかった。


「ラリットさん。亜人って何ですか?」


「えっ!? 亜人は、亜人だよ。その……人族以外……エルフとか獣人なんかが亜人だ」


「ふうん……」


 俺は今一つピンと来ない。

 この世界に来てまだそれほど時間が経っていないせいか、どうもこう言う常識とか、世間の感覚とか常識に弱いのだ。


 エルフのお姫様アリーが深くため息をついてから、ラリットさんの言葉を引き継いだ。


「ナオトよ。亜人と言うのは蔑称じゃ」


「ベ……べっしょう?」


「要は悪口じゃ。人に似ているが、人ではない。だからお前たちは亜人だと、人族はそう言いたいのじゃ」


「オ、オイ! エルフの姉ちゃんよ! 俺は人族だが、そんな事おもっちゃいねえよ! 人族でも一部の口の悪い連中が言うだけだ!」


 アリーが吐き捨てるように言うと、ラリットさんが大慌てでフォローに入った。

 ティターン族のレイアもネコ獣人のカレンも面白く無さそうにしている。

 場の空気が悪いな……。


「すまないけど三人とも抑えてくれ。ラリットさんは、悪い人じゃないよ。それで、その……亜人差別がどうして魔王崇拝につながるんですか?」


「まあ、俺も噂話で聞いた程度だが――」


 ラリットさんの説明によると、元々教団地獄の火は、亜人を嫌う貴族の集まりだったそうだ。


 彼らは自分たち貴族が『神に選ばれた尊い種』であり、平民は『愚かな種』であり、亜人は『醜い種』『人の出来損ないの種』であると考えている。


 この世界は神に選ばれし貴族が統治するべきであり、愚かな平民は従うべき存在であり、最下等の亜人は侮蔑されるべき存在である。

 時間と共に彼らの中でこの考えがエスカレートしていき、『亜人は存在自体が許されない』と考えるようになった。


 とは言え、亜人でもエルフのように独立国もある。どこの国にも多かれ少なかれ亜人は住んでいて、その地域に溶け込んでいる。

 教団地獄の火が、亜人の存在を許さないと言っても、まさか殺して回る訳にも行かない。


 そこで彼らは気が付いた。


『かつて北の森に現れた魔王は次々に亜人たちを始末した』


『魔王は亜人が嫌いなのではないか?』


『再び魔王が現れたなら、この世界から亜人を駆除してくれるのではなかろうか?』


『いや、きっと魔王は復活し亜人たちを排除してくれる!』


 俺はここまで聞いて、思わず頭を抱えてしまった。

 何と言う自分勝手な理屈!


「――と、まあ、そう言う訳で、教団地獄の火は魔王を崇拝している」


 ラリットさんも話していてうんざりしたのだろう。

 両手を万歳するように上げて、首をブンブンと横に振った。


 俺も深いため息と共に悪態をついた。


「はあ……。頭が悪すぎますね」


「だな」


「一体どこから、どうつっこめば良いのか……。魔王が復活したら、亜人だろうが人族だろうが容赦なく殺すでしょう? 二千年前に北の森に魔王が現れた時は、たまたま近くにエルフや獣人が住んでいただけですよ」


「まっ、そうだろうな。俺もそう思うぜ」


 冒険者ギルドで読んだ資料には、六千年前、四千年前にも魔王は現れていて、人族の国が丸ごと消滅したりしている。


「その教団は、そんなにエルフや獣人が憎いんですかね?」


「まあ、逆だろうな。亜人が憎いっつーよりも、自分たちが偉いって気持ちが強いんだろうな。それで、エルフやら獣人やらを見下して、自尊心を満足させているってトコじゃねえか?」


「うわっ! 最悪……。考え方が気持ち悪い……」


 行き過ぎた選民思想ってヤツか?

 でも、教団地獄の火は貴族って言っていたよな?


「教団地獄の火のメンバーは貴族ですよね? 教育レベルの高い人が、そんな無茶苦茶な考えにハマるもんでしょうか?」


「知らねえよ! 俺はバリバリの平民だからな。お貴族様の考える事なんて知るもんかよ! まあ、頭が良すぎて、どうにかしちまったんじゃねえか?」


 ああ、頭が良すぎてって……、日本でもあったな。

 良い大学出た人が、危険思想にハマったり、変な宗教にハマったりするパターンと同じか。


「それで、その教団地獄の火って連中は大きな組織なんですか? どこかに教会があるとか?」


「いや、地下組織だよ。亜人を皆殺しにする為に、魔王を復活させるなんてバカな考えは、さすがにどこの国でも認められねえよ。だから貴族や裕福な商人が秘密に集会をやったりしているらしいぜ」


 それでか!

 ラリットさんが宗教と言うより秘密結社だと言ったのは、そういう事情があったからか。


「何でラリットさん、そんな事知っているの?」


「あの教団は、この国じゃ割と有名なんだよ。冒険者の中には、貴族の護衛をやっているヤツもいるだろ? そこから情報が流れて来たり……な……。まあ、あくまでも噂話だがな」


 迷惑を通り越して、死んでもらいたい。

 魔王推しとか、有り得ないですが!


 しかし、貴族が絡んでいるとなると厄介だな。

 魔王復活を願うなんて教義が教義だけに表立った活動は出来ないが、貴族は資金力もあるし、権力もある。


「まっ! ここで色々考えてもしゃあねえ! あくまで、教団地獄の火が犯人なんじゃねえかって言う、勝手な予想だからな。行けばわかる。それよりも、気になるんだが……。ナオトの兄ちゃんは、神様とちょいちょい話をしているんだよな?」


「ええ。そうですね」


「それって……、ナオトの兄ちゃんが勇者って事か?」


 ラリットさんから不意打ちを食らわされた。

 これは、なんて答えれば良いんだ?


「……えっと」


「魔王をぶっ殺しに行くのか? 魔王軍にカチコミか? 突撃すんのか?」


 まずい!

 武闘派の血が騒ぐのか、ラリットさんは、ノリノリだ。


 このままでは俺が勇者認定されてしまう。

 それは避けたい。

 自由でいたい。


「い……いやいや! まさか! 俺、新人冒険者ですよ! ホラ! 冒険者ギルドのリーダー研修ですよ! ラリットさんと一緒だったじゃないですか! 俺の腕前を覚えているでしょ?」


「えっ? あー……。ああ、そう言えば、そうだな。一緒に模擬戦をやったな。悪いけど並の新人以下の動きだったな。勇者……じゃ、ねえな! ワハハハ!」


「そ、そうですよ! ハハハハハ!」


 よしっ!

 セーフ!

 セーフ!

 なんとか誤魔化せた!


「話が長くなっちまったな。そろそろ行けるか?」


「ええ。もう大丈夫そうです」


 話しているうちに俺の体調は回復した。

 これならダンジョン探索も問題ない。


 俺が立ち上がるとラリットさんが、みんなに号令をかけた。


「よーし!じゃあ、出発だ! 目標は十階層のボス部屋! そして地上に帰るぞ!」

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