3-15 神様との会話

『勇者よ! 目を覚ませ!』


 神様の声が聞こえる!

 それもはっきりと聞こえる!


 今、俺は九階層の入り口で、みんなと寝ているはずだ。

 いつも神様は夢の中に出て来る。

 恐らくこの声も夢の中だろう。


『聞こえておるか? ワシの話しを良く聞くのだ』


 神様の声は男性……お年寄りの声っぽく聞こえる。


『神様! 俺も聞きたい事があります! えっと……まず――』


『時間がない! まずワシの話を聞くのじゃ!』


 神様に色々と聞きたい事があったが、聞こうとしたらピシャリと言葉を抑えられた。

 神様の声には焦りがにじみ出ている。

 まずは、聞こう。


『わかりました。神様、お話しください』


『うむ。魔王の復活は近い。世界の魔力の流れが乱れだしている。我ら神でもコントロール出来ない程だ』


『なるほど。魔王が復活する場所は、わからないのでしょうか?』


『わからぬ。巧みに偽装されておる』


『偽装?』


『魔王が復活する時、地中に大量の魔力が集まる。しかし、この世界に存在する無数のダンジョンにも大量の魔力が流れ込み、我ら神の目から魔王の復活が偽装されている』


 なるほど……理屈はイマイチわからない。けど、神様でも魔王が復活する場所は、わからないと言う事は理解した。


『神様! ダンジョンでおかしな事が起きています。ボス魔物がいつもより強い魔物に変わる事があるのです。大量の魔力がダンジョンに流れ込むとおっしゃいましたが、その影響ですか?』


『そうだ。何者かが魔王の復活を望んでいる。そして我ら神の目を欺くために、魔力をダンジョンに流し込んでいる。流し込まれた魔力はダンジョンを狂わす』


 気になっていた事の答えをもらえた。

 フロアボスが強くなっていておかしいと思っていたが、その原因はダンジョンに流し込まれた魔力のせい……。


 ん?

 じゃあ、誰がダンジョンに魔力を流し込んでいるの?

 自然現象……じゃあ、ないよね?


 さっき神様は『何者かが魔王の復活を望んでいる』と言っていた。

 その人たちの仕業か?


『神様! 誰の仕業ですか? 魔王の復活を望む人たちが、ダンジョンに魔力を流し込んでいるのですか?』


『そうだ……もう……じ……時間だ……』


 時間?

 ちょっと待ってよ!

 もっと聞きたい事がある!

 俺はこの世界の事を色々と知りたい!


 だが、神様の声が遠ざかって行くのがわかる。


『神様! 待って!』


『勇者よ……魔王を……探せ……倒せ……世界を……救え……』


『神様! 神様! 俺は勇者なんて嫌ですよ! 世界を救うなんて無理ですよ! 神様!』


 神様は最後に俺に言い残した。

 遠ざかる声がはっきりと俺に伝えた。


『勇者よ。魔王を探せ。倒せ。世界を救え』


 ――と神様は言ったのだ。


 急激に自分の意識が眠りから浮き上がるのを感じた。

 深い水の中から水面へ向かうように。

 俺の意識は上昇して行く。


「ナオト! ナオト! しっかりするのじゃ!」


 目を覚ますと目の前にアリーがいた。

 真剣な顔で俺を抱きかかえている。


「アリー……。あ……夢……」


「酷くうなされておったぞ」


 頭がボーっとする。

 俺は夢を見ていた。

 夢の中には神様が出て来た。


「体が冷え切っておるのじゃ……。今、朝食のスープが来る」


「あ、ああ」


 朝食……もう活動開始か。

 まだ寝ていたい。


 ダンジョンの中は時間がわからない。

 木で出来た床と壁が続き、薄っすらとした明かりが天井から通路を照らしている。


 今が早朝なのか、それともまだ夜なのか?

 時間の感覚がマヒしているな。


 アリーが俺の額、頬、首筋、体のあちこちを触っている。

 手が温かい。


 俺は顔に柔らかい物を感じて、アリーから離れようとした。

 だが、体を動かそうとするが、力が入らない。


「あ、あれ?」


「動けぬのじゃな? エマ。ナオトにスープを飲ませてやってくれぬか?」


「わかったんだよ! フーフーするんだよ!」


 エマが側に来て木のスプーンでスープを飲ませてくれた。

 晩飯と同じ赤カブと干し肉のボルシチ風スープ。

 温かいスープが口の中に入って来る。


 ゆっくりと慎重に飲み込む。

 温かさが喉から食道をつたって、胃に落ちて行くのがわかる。


「はあ。美味しい……」


「もっとスープを飲むんだよ! フーフー」


 エマが一生懸命フーフーしてスープを飲ませてくれる。

 お陰で体が温まって、食欲が出て来た。

 じんわりと汗がにじみ出る。


 ゆっくりと体を動かすと自分のイメージ通りに動いた。

 行けるな。

 大丈夫そうだ。


「ありがとう。どうやら動けそうだよ。体も温まって来たし、食欲も出て来た」


「そうか。良かったのじゃ」


「心配したんだよ! 声をかけても、ウーウーって唸って起きなかったんだよ!」


「ごめん、ごめん。心配かけたね」


 エマからスープのおかわりとパンを受け取る。

 じんわりと旨いな。


 食べながら辺りを見回すとラリットさんたちがいない。

 長身レイアとネコ獣人カレンも見当たらない。


 俺と姫様アリー、ちびっ子魔法使いエマの三人だけだ。


「ラリットさんたちは? レイアとカレンは?」


「偵察に出た。ダンジョンの状態を見て来るそうじゃ」


「ダンジョンの状態?」


「出現する魔物がいつもと違わないか。通路が地図の通りか。近くを見て戻って来るといっておったのじゃ。カレンは目と耳が良いので一緒に行ってもらった。レイアはカレンの護衛じゃ」


 さすがベテランだな。

 ガンガン進むんじゃなく、情報を集めてから進むのか。


「勝手にすまんのじゃ。ナオトはうなされていて、何度声を掛けても目覚めなかったのじゃ」


「ありがとう。その対応で間違いないよ。助かったよ。こっちこそごめん……実は……」


「うん?」


「夢の中に神様が出て来た。ダンジョンがおかしい理由がわかったよ」

 

 夢の中の話しを二人に話す。

 アリーとエマは、俺が神様と会話していた事に驚き、ダンジョンがおかしい理由と魔王が復活する事を聞くとさらに驚いた。


「なっ!? それは真か!? 一大事じゃぞ!?」


「大変なんだよ!」


 正直、俺は元日本人でこの世界に来て時間がそれほど経っていない。

 だからだろうか。

 魔王復活と聞いても、映画やアニメの話しのように感じる。

 あまりリアルに危機感を持てないのだ。


 驚く二人に比べて、俺はかなり冷静だ。


「神様から口止めはされていないから。アリー。地上に戻ったらエルフの王様に手紙を書いてよ。魔王が復活するから危ないって。警戒するように伝えて」


「それは……構わぬが……。勇者であるナオトが各国の王に対して命ずればよかろう?」


「えっ!? フフ……。ハハハ! いや、無理だよ。俺は勇者ってほど強くないし、誰も信じないと思うよ。だって、俺は伝説の勇者みたいな強さはないよ」


 各国の王様に命じろとアリーは言うけれど、命じた所で従ってくれないだろう。

 俺は新人としてはレベルが高い。

 神のルーレットで『経験値倍増』したお陰だ。


 だが、アリーに聞いた勇者伝説、『海を割り、魔王の軍団を蹴散らす』ような圧倒的な強さは無い。

 名乗り出ても勇者とは、認めてもらえないだろう。

 それならお姫様のアリーから、エルフの王様に警告を発して貰った方が良い。


「むっ……。それなら神から賜ったあのルーレットを見せれば――」


「ダメ! ダメ! それこそ悪用されかねないよ!」


 神のルーレットがあれば、無限に銀貨を得られる。

 それどころか、まだ調べていない数字には、もっと違う――例えば金貨が出るとか、そう言う可能性もあるのだ。


 欲に目がくらんだ権力者に、一生飼殺されるとか……。

 そういう最悪な未来もあり得る。


 そんなのは嫌だ。

 俺は自由に生きたい。


「うっ……ナオトの言いたい事はわかるのじゃ……」


 アリーは、眉根を寄せた。

 俺の言わんとする事を理解してくれたみたいだ。


「このパーティーだけどさ。大分上手くいっていると思う。俺は楽しいんだ。みんなと冒険するのが。だから、これからも自由に冒険がしたい」


「そうか……そうじゃな……。自由……じゃな……。ナオトの言う事は良く分かる。わらわも、このパーティーにおると楽しいのじゃ。わかった地上に戻ったら、父上に手紙を書こう。魔王復活をエルフ国から各国に伝えるように頼んでみよう」


 アリーは俺の気持ちをわかってくれた。彼女は王族として窮屈な思いをした事もあるのだろう。自由と言った時、彼女の表情と声は大事な宝石を両手で握りしめるようだった。


「よろしく頼むよ」


「勇者の頼みじゃ。わらわは勇者に従うまでじゃ」


「えーと……」


 やはり俺は勇者になるのか。

 他の人に代わって貰いたいのですが……。

 さっき神様に言えば良かった。


 誰か他の人。

 異世界ウェーイ! みたいな人を、日本でスカウトして連れて来てくれって言えば良かったな。


 魔王となんか、戦いたくない。

 けれども、この流れだと俺は戦わなくちゃいけなくなりそうだ。

 あーあ。


 俺とアリーの話しが一段落したところで、エマがラリットさんたちに気が付いた。


「あー! 帰って来たんだよ!」

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