3-6 不良クラン『闇の帝王』の逆襲

「うぐぐ……」

「ああ……イテエ……」

「おお……がああ……」


 俺たち『ガントチャート』は、不良クラン『闇の帝王』との戦闘に勝利した。

 闇の帝王のメンバーは、地面に倒れ痛みに顔をゆがめている。


「ふむ。ナオトよ。どうするのじゃ? 止めを刺すか?」


 姫様アリーが、さらっと怖い事を言う。

 普段のアリーからは想像できない酷薄な目をしている。

 何と言うか……人間を見る目じゃなくて、物を見る目だ。

 普段はエマを妹のように可愛がり面倒見の良いアリーでも、こんな目をする事があるのか……。


「いや、ここまですれば十分でしょ。俺たちが勝ったし、もう手を出してこないと思う」


「そうかのう……。この手の質の悪い連中は、後腐れが無いように始末した方が良いと思うのじゃが……」


「ま! 待ってくれ! もう、オマエらには手を出さない!」


 スキンヘッドの闇の帝王リーダーが、顔を上げて情けない声を上げた。

 毒攻撃を受けた影響か顔色が悪い。

 だが、アリーは容赦しなかった。


「嘘じゃな。なあ、ナオトよ。今なら戦闘中の事故と言う事で、お咎めなしで始末出来るのじゃが……。のう?」


「ちょ! 嘘じゃない! 本当だ! もう、心を入れ替える! 悪い事はしない! 誓うよ! だから助けてくれ! 許してくれよう!」


 スキンヘッドは情けなく地面に這いつくばって、目に涙を溜めて命乞いをした。

 まあ、大の大人がここまでやっているのだ。

 もう、良いだろう。


「約束ですよ。もう、新人虐めやお金を脅し取る事はしないで下さいよ」


「わかった! もうしない! 誓うよ! 約束する!」


 スキンヘッドリーダーが約束した事で、俺は満足した。



 ――翌日夕方。


 俺たちは、ダンジョンの探索を行った。

 不良クラン『闇の帝王』とのイザコザに決着がついたので、神のルーレットは『銀貨』にした。

 経験値の取得はノーマルだ。


 冒険者ギルドに引き上げてドロップ品の売却をしていると、緑カウンターのワーリャさんから声を掛けられた。


「あ! いた、いた! ナオトさん! ギルド長がお呼び出です! メンバーのみなさんも一緒に来て下さい!」


 ギルド長から呼び出し?

 昨日の『闇の帝王』との一戦か?


 俺たちはワーリャさんの案内で、ギルド長との面会に向かった。

 途中姫様アリーが、いつも隠れている執事を呼び出して何事か指示をしていたが……。

 何だろ?


 呼ばれた部屋は、広い部屋だった。

 床には絨毯が敷かれ部屋の奥にソファーとローテーブル、クリンとした高そうな応接セット。

 その応接セットにふんぞり返る男性がこちらをにらんだ。


「誰かな?」


「知らねえ……。偉そうなヤツだな……」


「ニャ! きっと人族の貴族ニャ!」


「きっとそうなんだよ! あれは貴族服なんだよ!」


 男が俺たちに向ける視線は好意的じゃないが、メンバーの反応も好意的じゃないな。

 貴族に対面して座っている男性が立ち上がり、話し始めた。


「ああ、君がナオト君かな? 私はギルド長のシャリアピンだ」


「どうも。ナオトです。こちらはメンバーの、レイア、カレン、アリー、エマです」


 シャリアピンさんは、堂々とした人物だった。

 ロマンスグレーの髪を短く刈り込み、黒い三つ揃いのスーツに大柄な体。

 声が低くて物凄く威厳がある。


「実は……ちょっと困った事になってね……。あちらの貴族から、ちょっと……」


「はあ……」


 だが、察しはついた。

 なぜなら部屋の隅の方に昨日のチンピラ冒険者どもがいるのだ。

 それも包帯を巻いたり、松葉杖をついたり、いかにも『怪我をしています』の体でだ。


 シャリアピンさんが小声になった。


「あちらの貴族はロパーヒン子爵だ。ちょっと質の悪い貴族でね。『闇の帝王』の後見をしていて――」


「何をコソコソと話しているのかな?」


 ロパーヒン子爵が、俺とシャリアピンさんの話しに割って入って来た。

 そのまま大声で俺たちを非難し始めた。


「ギルド長! その者たちをひっとらえよ! 奴らは私が目をかけている冒険者に暴行した犯人だ!」


 うわ……典型的な言いがかり……。

 闇の帝王のチンピラ冒険者たちを見ると、ニヤニヤ笑っている。

 さらに、クサイ芝居を打っているヤツもいる。


「ああ、体が痛い!」

「そいつらが犯人です!」

「ウウ! 俺は大怪我をした!」


 ムカつくなあ。

 昨日は止めを刺さずに、見逃してやったのに!


「ギルド長! この者たちを捕らえるのだ! 囚人として鉱山へ送ってしまえ!」


「ロパーヒン子爵。ちょっと待ってください。彼らから、事情も聴きませんと……。ナオト君、何があったのかね?」


 まったく鉱山送りとかロクでもない話だ。

 このロパーヒン子爵とか言うヤツもロクな貴族じゃないのだろうな。


 俺はギルド長シャリアピンに事情説明を始めた。


「昨日の夕方、彼らに待ち伏せされたのです。それで反撃をしただけです」


「ふむ……。それならば――」


 ギルド長シャリアピンの言葉は、途中で遮られた。

 チンピラ冒険者たちが騒ぎ立てたのだ。


「ウソだ!」

「そいつらが、いきなり襲って来たんだ!」

「ギルド長! この怪我を見て下さい!」


 おのれ……。

 クサイ芝居を……。


 俺も腹を立てているが、俺の後ろに立つレイアたちも怒り出した。


「ふざけんじゃねーぞ!」


「ニャ! 道で挟み撃ちにしたじゃニャイか!」


「そうなんだよ! 奴隷にするって、言ってたんだよ!」


 俺もチンピラ冒険者たちに言い返す。


「だいたい、そのわざとらしい包帯はなんだ! 昨日の怪我なら、ポーションを振りかけておけば、治るでしょ!」


 俺の言葉尻を捕らえて反論しながらロパーヒン子爵が、ニヤニヤ笑う。


「そうかそうか。暴行を働いた事を認めるのだな? 私が面倒を見ている冒険者に怪我をさせた事を認めるのだな?」


「原因は、そっちにあります!」


「それでもお前が暴力を振るったのは事実だ! ギルド長! 彼らを処罰したまえ!」


「いや……。そう言われて……」


 ロパーヒン子爵にギルド長シャリアピンもやりにくそうだ。

 困った顔をして、黙り込んでしまった。

 この世界だと貴族の権力が強いのだろう。


 ロパーヒン子爵が俺たちを糾弾する。

 独演会が続くかと思われた所で、姫様アリーが声を上げた。


「いい加減にせぬか!」


 振り向くと姫様アリーは、優雅に紅茶を飲んでいた。

 どこからともなく出したテーブルとイスに、アリーの周囲を固める執事とメイドたち。

 服も豪奢なドレスに着替えていた。


 俺たちには、すっかりお馴染みのアリースタイルだが、ロパーヒン子爵や不良クラン『闇の帝王』の連中は驚いてポカントしている。

 しばらくして、ロパーヒン子爵が再起動した。


「き、貴様! 貴族たる私に向かって『いい加減にしろ』とは、無礼ではないか!」


「ほう。その方は貴族であったか。それで? どちらの侯爵様じゃ? それとも伯爵様か?」


「ロパーヒン子爵だ!」


「子爵如きがわらわに口を聞くとは無礼であろうが。控えよ!」


「な、なんだとー!」


 アリーは威厳のある態度でロパーヒン子爵をあしらったが、ロパーヒン子爵はブチ切れてしまった。


「貴様! 貴様! 貴様! どこの馬の骨ともしらぬ小娘が! こーの私に向かって先ほどからの無礼の数々! 許せん! 貴様は奴隷に落とし、厳しくしつけてやる! 泣いて許してくれと頼んでも許してやらんぞ!」


 ロパーヒン子爵の暴言が続く中、アリーはすました顔で紅茶を飲み茶菓子を食べている。

 ただ、アリーの側に控える執事とメイドの表情がみるみる険しくなった。


 俺はアリーがどこの誰で、彼らの関係がどうなのか、はっきりとは知らない。

 ただ、これまでの付き合いからアリーは、どこかの国の高位貴族であると思うし、執事とメイドはアリー専属の世話係兼護衛だ。

 ロパーヒン子爵の暴言に、執事とメイドたちが殺気をみなぎらせるのも無理はない。


(これ……どうするよ……)


 さすがに俺も焦り出した。

 ロパーヒン子爵は、マジ怒りで今さら俺たちが誤った所で許してくれそうにない。


 いや、そもそも、俺たちは悪くないのだ。

 不良クラン『闇の帝王』が勝手にインネンをつけて来て、勝手に待ち伏せしてきて、それを撃退しただけなのだ。

 事前に冒険者ギルドの許可も得ている。


 しかし、俺が今いる世界は日本ではない。

 どんなに『理』があろうとも、権力があり横暴な貴族の前では無意味……。


 彼らは俺たち下々の事を同じ人間とは思っていない。

 その事は、この世界に転生してすぐにエルンスト男爵家ともめた時に理解している。

 俺もギルド長シャリアピンも困り果てていた。

 その時、ドアが開いて立派な貴族服を着た耳の長いエルフが入室して来た。


「失礼いたしますぞ……」


「遅いぞ。メルシー伯爵。待ちくたびれた」


「申し訳ございません」


 エルフの貴族、メルシー伯爵は、入室するなりアリーに怒られた。

 メルシー伯爵は、ギルド長と俺たちに向かって優雅に挨拶をはじめた。


「はじめてお目にかかります。私はエルフ国のメルシー伯爵と申します。ここ帝都ピョートルブルグで、エルフ国の外交官をして駐在しております」


「ご丁寧なあいさつをありがとうございます。ギルド長シャリアピンでございます」


「はじめまして。アリーさんと冒険者パーティーを組んでいる、ナオトと申します」


 メルシー伯爵は、飛び切りの美男子だ。

 やはりエルフは美男美女なのか?

 豪奢な金髪で、背中にバラを背負っているかと錯覚しそうだ。


 二十五、六才に見えるけれど、エルフは非常に長寿で不老と聞く。

 実年齢は、また別なのだろう。


 メルシー伯爵を見て、俺たちを非難していたロパーヒン子爵が喜びの声を上げた。


「おお! これは! これは! メルシー伯爵ではありませんか!」


「はて? どちら様でしょうか? 生憎と記憶にないのですが……」


「私はロパーヒン子爵です! 三年前に国王陛下主催のパーティーで、メルシー伯爵をお見掛けいたしました」


「はあ……」


 見かけたって……。

 人、それを、他人と言う。


 メルシー伯爵は、困惑しているがロパーヒン子爵は構わずがなり出した。


「メルシー伯爵! そこのエルフの小娘が、帝国貴族たる私に無礼を申すのです!」


「えーと……。エルフの小娘と言うのは……あの……この……」


「そうです! その娘です! 同じエルフ族として、その小娘を責任もって奴隷にして私に差し出してしかるべきでしょう!」


「は!? 奴隷!? 何をおっしゃるのですか? 気は確かですか?」


「確かですとも! オイ! 小娘! 茶など飲んでおらずに、何か言わんか!」


 ロパーヒン子爵に指をさされ、アリーが静かに言葉を返した。


「何とも無礼で騒がしい男じゃ。メルシー伯爵。わらわが、誰であるか皆に教えよ」


「はっ! かしこまりました! こちらにおわすお方は、エルフ国国王が第五王女のアレクサンドラ・アルブ・ニーノシュク様でいらっしゃいます!」


「ええっ!?」

「な、なに!?」

「お、王女だと!?」


「この集まりがどういう集まりで、どういう事情があるのか、私は存じませんが……。アレクサンドラ姫への無礼はエルフ国が許しませんぞ!」


 メルシー伯爵に続いて、執事が大きな声で告げた。


「姫様に対して頭が高いです! お控えなさい!」


「ははー!」

「へー!」


 ギルド長シャリアピンとロパーヒン子爵が、膝をついて頭を下げた。

 続いて部屋にいるチンピラ冒険者も俺たちも同じように膝をついて頭を下げた。


 外国の、とは言え相手は王族なのだ。

 無礼は許されない。


 部屋がシンと静まり返った所でアリーの威厳に満ちた声が響いた。


「ロパーヒン子爵よ」


「は……はい!」


「先ほどからの暴言、無礼の数々は、許しがたい。特にわらわを奴隷にするとはのう……」


「い……言え……それは……」


「この件はメルシー伯爵を通じて、貴国に正式に抗議をいたす。それと……ロパーヒン子爵が、そこのならず者共の後ろ盾になると言うなら。わらわは、ナオトたちの後ろ盾になろうぞ。ギルド長シャリアピン! 良いな!」


「はい!」


「それで今回の一件は、何といたす?」


「ナオトたち『ガントチャート』は、身を守る為に止む無く反撃にいたった訳ですから、罪はございません」


「ふむ。それで、不良クラン『闇の帝王』はどうする?」


「……はっ。これまで何度も問題を起こしておりますので、クラン『闇の帝王』は強制解散といたします」


「良かろう。わらわも、その処分で異存はない」


 ちらりとロパーヒン子爵と不良クラン『闇の帝王』の連中を見ると、顔が青くなっていた。

 まあ……外国のとは言え王族には勝てないよね……。


「では、話はおわりじゃな? ナオト! レイア! カレン! エマ! 参るぞ!」


 アリーは颯爽と部屋を出て行った。

 メルシー伯爵が続き、執事やメイドが続き、俺たちも慌ててアリーの後を追った。


 振り向くとギルド長シャリアピンが、悪そうな笑顔でロパーヒン子爵を見ていた。

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