1-9 達者でな!

 真田直人が転生前の俺の名前だ。

 結局、この名前で冒険者登録する事にした。

 一番馴染んでいる名前だからな。


「ナオットーサーナダ? 変わった名前ですね?」


「ナオト・サナダ! 奴隷になる前の名前です。ナオトが名前でサナダが名字です」


「わかりました。ナオト……サナダ……。へえ……名字持ち……」


 ベテランさんが俺の名前を書類に書き終えたところでギルド長シメオンさんが戻って来た。

 かなり急いでいるのか、ベテランさんを急かしている。


「おい! 登録は終わったか?」


「これからジョブの話をするところです」


「ああ、ジョブの話しはいい。時間がない」


「わかりました。じゃあ、これがあなたのギルドカードね。失くさないでね」


 ギルドカードは羊皮紙に手書きで名前が書き込んであるだけの物だった。

 裏を見ると『発行元 冒険者ギルド エルンストブルグ支部』と書いてある。


 剣と盾を組み合わせてデザインされたエンブレムが焼き印されている。

 クレジットカードサイズなので失くしてしまいそうだ。

 大事にポケットにしまう。


 ギルド長シメオンさんが俺に向き直って早口でまくし立てた。


「すまんが続きは、自由都市ノンゴロドの冒険者ギルドでやって貰ってくれ。時間が無いんだ。それより装備品を整えるぞ! 来い!」


 俺は慌ててギルド長シメオンさんについて行った。

 ついて行った先は倉庫だった。


 そこで俺は中古の革鎧と剣を譲ってもらった。

 これも恐らく亡くなった冒険者の遺品だろうな……。


 心の中で両手を合わせて、ありがたく譲って貰う事にした。


 革鎧はこげ茶色で剣道の『胴』の様に胴体部分をカバーするタイプだ。

 シャツを着るように革鎧を身に着ける。

 かなり厚手の革だが装備すると意外と軽い。


 剣は細身で短めだ。

 軽いので剣の訓練をした事のない俺でも何とか振れそうだ。

 ベルトとケースも一緒になっている。


「その革鎧も剣も初心者向けの安い物だが、程度が良いからな。しばらく使えるだろう。他に必要そうな物があったら、持って行って良いぞ。餞別だ!」


「ありがとうございます! シメオンさんには良くしていただいて感謝しています! 何でこんなに親切なんですか?」


「まあ、その……。実は俺も元奴隷でな……俺の場合は主人が良い人でな。冒険者だったのだが、色々教えてくれてな。冒険者を引退する時に、俺を奴隷から解放してくれたんだ。オマエさんは……あまり主人に恵まれなかったみたいで、気の毒に思ってな……」


 ギルド長シメオンさんは、懐かしそうに元主人の事を話していた。

 色々と教えてくれたと言っていたから、面倒見の良い人だったのだろう。


 主人と言うよりは、師匠に近い存在なのかもしれない。

 奴隷の主人といっても色々だな。


 そうか……そういう事情で俺に同情してくれていたのか。

 助かるな。ここは甘えさせてもらおう。


「じゃあ、お言葉に甘えて……。荷物を入れるカバンと着替えも譲って下さい」


「それならこのリュックが良いだろう。布製で軽い。ああ、この水筒も持って行け。着替えはその辺のを適当に詰め込んで良いぞ」


 少し大きめの布製のリュックを譲ってもらった。

 半袖シャツと長袖シャツを2枚ずつ、ズボンを2本畳んでリュックに突っ込んだ。


「さあ! 行こう! もう広場で依頼主が待っているからな!」


 駆け足で冒険者ギルドを出る。

 目の前の広場には、沢山の馬車や人が集まっていた。

 まだ早朝だが……この世界の仕事開始時間は日本よりも早いみたいだな。


「すごい人ですね!」


「ああ、各地に出発する商隊や駅馬車、ダンジョンに潜る冒険者パーティーなんかだ。オマエの依頼主は……ああ! いたいた!」


 ギルド長シメオンさんが、依頼主を見つけたらしい。

 人混みを掻き分けて広場を進んで行く。


 依頼主はどんな人だろう?

 ちょっと緊張するな。


「遅いぞ!」


 機嫌の悪い声が聞こえた。

 どうやら依頼主を待たせてしまったらしい。

 ギルド長シメオンさんが対応する。


「アコーギさん。頼むからもうちょっと報酬を増やしてくれ。報酬が相場の半分じゃ人が集まらんよ」


「ふん! 大した仕事じゃないのに、もっとゼニを寄越せとはな!」


「いやいや……冒険者を十日間拘束する仕事ですから……。それなりの報酬は必要ですよ。毎回毎回、アコーギさんの護衛をやってくれる冒険者を探すのは大変なんだ」


 ギルド長シメオンさんは面倒そうだ。

 どうやら金払いの悪い依頼主らしい。


 ギャラは相場の半額なのか……

 まあ、外国に行くのが俺の主目的だから安くても構わないけれど……。


 アコーギさんは痩せていてあまり人相の良くない中年男性だ。

 血色も悪い。


 身なりもあまり良くないなあ。

 破れ目を縫って補強した箇所がアチコチにある服を着ている。

 貧乏って程ではないけれど……随分くたびれた服だ。


「ふん! それで、その小僧が今回の護衛か?」


 アコーギさんは、ジロリとオレを見た。


「ナオトです。よろしくお願いします」


「ふん! まだ毛も生えそろっていないガキじゃないか!」


 口が悪いなあ……この人と十日間過ごすのか……。

 アコーギさんは、ギルド長シメオンさんに絡みだした。


「使えない新人を押し付けたな! 報酬をまけろ! もっと安くしろ!」


 ここに来て値下げ交渉かよ!

 いやいや、元の値段が安いから俺みたいな子供の新人が来たんでしょ?


「コイツは期待の新人ですよ」


「ふん! どこからどう見てもひ弱なガキじゃないか! 報酬をさらに半額にしろ!」


「無茶言わないで下さい! コイツはね。生き残りですよ! ほら、エルンスト男爵の息子が死んだでしょ? 大人数のパーティーが全滅したって話です。あの時ダンジョンからエルンスト男爵の息子を担いで戻って来たのがコイツですよ」


「だが男爵の息子は死んだだろうに!」


「コイツが男爵の息子を連れて来た時は、生きていましたよ。治療が間に合わなかっただけです。良いですか? コイツは依頼主を見捨てたりしないヤツです。それにゲン担ぎとしても悪くないでしょ? 生き残りだから、きっと幸運を持っていすよ」


「ふん! まあ良いだろう! さあ、馬車に乗れ! 出発だ!」


 ふう。

 どうやらお眼鏡にかなったらしい。


 いや、妥協したのか?

 それとも値切るのを諦あきらめたのか?


 まあ良い。

 何にしろ、これでこの街からオサラバできる。

 エルンスト男爵家やフィールスが俺に何かしようとしても、俺はもうこの街にはいない。


 アコーギさんの馬車は幌の付いた四輪馬車で、引くのは大型の馬が一頭だ。

 御者席の右側にアコーギさんが乗り込む。

 俺は左側に乗り込んだ。


 ギルド長シメオンさんが書類を渡して来た。


「良いか! 向こうに着いたらこの依頼書に任務完了のサインを貰うんだ。アコーギさんにサインして貰え! そしてこの依頼書を向こうの冒険者ギルドに提出すれば金が貰える。じゃあ、しっかりやれよ!」


 そして小声でこう付け加えて来た。


「フィールスさんには、『割の悪い仕事を押し付けて厄介払いした』と言っておくよ。そうすりゃあの人の腹の虫もおさまるだろう」


 二人で目を合わせてニンマリと笑う。


 シメオンさんとこれでお別れか。

 短い時間だったけれど、世話になったな。


「頼みます。お世話になりました!」


「達者でな」


「ふん! 出発するぞ!」


 アコーギさんが、手綱を繰り出すとゆっくりと馬車が動き出した。

 シメオンさんに手を振ると、ゆっくりと手を振り返してくれた。


 しばらくして振り返るとシメオンさんはまだ広場に立って俺を見送ってくれていた。


 ありがとう!

 そして、さようなら!

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