1-7 貴族とトラブル
この世界の人は早起きだ。
夜が明けたばかりだというのに、飲食店が開いている。
昨夜は疲れて食事をせずに寝てしまった。
かなり空腹だ。
冒険者ギルドの近くの定食屋とおぼしき店に入る。
間口が大きく開いていて、テーブルが十卓ほど。
早朝だというのに半分以上の席が埋まっている。
おばちゃんが忙しく注文をとったり、料理を運んだりして忙しそうだ。
通りに面した席に座る。
すぐにおばちゃんが来た。
「この時間は朝定食だけだよ。朝定食で良い?」
「おいくらですか?」
「500ラルク」
「この銀貨で足りますか?」
神のルーレットで獲得した銀貨を見せる。
「それは1000ラルク銀貨だね。足りるよ」
「じゃあ一人前お願いします」
「あいよ!」
どうやら通貨単位はラルクらしい。
朝定食が500ラルクなら、感覚的には500円位かな?
この手持の銀貨は1000ラルク銀貨か。
するとこの銀貨が1000円くらい……。
うーん、ルーレットの赤黒0賭けで銀貨2枚は……。
神様からのサポートにしては、ちょっとセコイ……。
まあ、無いよりはマシと考えよう。
銀貨二枚2000ラルクあれば、今日は三食まかなえる。
定食はスープの中に麦の様な穀物の入ったお粥もどきと肉の串焼きだ。
鶏肉っぽい味がする。
昨日、血生臭い事件があったから、肉を食べるのに抵抗がある。
けれども昨日は薄いスープにカチカチパンの奴隷食だったから、体がしっかりした食事を求めている。
一口、二口と串焼き肉を食べている間に抵抗感は消え、肉の旨さだけが口いっぱいに広がった。
食事をしながら考える。
自由になれたのは良かった。
セカンドライフは奴隷ライフなんてシャレにならん。
さて、俺はこれからどうしようか?
どうやって生活していこう?
まだ俺は中学生か高校生くらいの子供みたいだし、今の俺に出来る仕事はあるだろうか?
こういう料理屋に住み込みで働かせて貰うか?
それとも計算能力を生かして事務仕事とか?
そんな事を考えていると隣の席に四人組のむさくるしい男性グループが座った。
四人とも革製の鎧を着こんで剣や槍で武装している。
ダンジョンを探索する冒険者なのだろう。
四人組の冒険者を見て、神様の言葉を思い出した。
(あっ! 魔王を倒せって神様に言われたんだ!)
そうだった!
神様に二回も言われていた。
でも、俺が魔王を倒すのは無理だ。
昨日の馬型魔物トライコーン戦は、思い出しただけでちびりそうだ。
魔王はトライコーンよりも強だろし、もっと怖いだろう。
俺には無理だ。
(しかし、神様の願いを無視するのも、なんだよな……)
罰が当たりそうというか……存在自体を消されてしまいそうだ。
死んだ人間を違う世界に転生させられる神様なのだ。
俺の存在を消すくらい造作もないだろう。
(となると、形だけでも冒険者として活動してみせないと不味いか……)
魔王を倒すのは無理でも、魔王関係の情報収集くらいなら出来るかな……。
うん、それくらいはやっても良い。
(それで集めた魔王情報を神様に報告すれば、神様への義理は果たせる)
上司の無茶ぶりに従いつつも、現実的な落とし所に誘導する。
社会人スキルが思わぬ所で役に立った。
俺はさっさと食事を済ませて定食屋から冒険者ギルドへ戻った。
冒険者ギルドに戻るとギルド長のシメオンさんが俺を手招きした。
こんなに朝早くから仕事に出ているんだな。
ギルド長シメオンさんに連れられて応接室に連れて来られた。
応接室中央のソファーに身なりの良い年配の男性が座っている。
「えーと、こちらはエルンスト男爵家家令のフィールス様だ。覚えていないか?」
「すいません。記憶が無くなっているので……」
「そうか……。あー、その……、フィールス様は君を迎えに来たんだ」
ギルド長シメオンさんは、頭をかきながら歯切れ悪く用件を伝えた。
迎えに来た?
俺を?
どう言う事だろう?
「あの……話が見えないのですが……」
「ああ……うん……」
ギルド長シメオンさんは、それっきり黙ってしまった。
するとフィールスさんが『隷属の首輪』をこちらに投げてよこした。
「もう一度それをつけなさい」
「は?」
「『は?』ではありません。もう一度その首輪をつけて奴隷に戻りエルンスト男爵家に仕えなさい」
ナニ言ってんだ!?
コイツ正気か!?
もう一度奴隷に戻る?
あり得ない。
折角自由になったのに、好き好んで奴隷に逆戻りするバカがいるものか!
「嫌ですよ! 何で奴隷に戻らなきゃならないんですか!」
「あなたはエルンスト男爵家の奴隷です。エルンスト男爵家に戻りなさい」
「お断りします!」
俺はハッキリと強い口調で断った。
フィールスさんはムッとしているが、こっちだってさっきから腹が立っているのだ。
上から目線の命令口調でムカつく!
「身の程ほどをわきまえなさい。あなたは名もない奴隷なのですよ」
「そちらこそ立場をわきまえて下さい! 俺は奴隷から解放されています。ですから、あなたと上下関係はありません。対等な立場ですよ!」
「バカな事を……あなたはフォルト様の奴隷だったのです。つまりエルンスト男爵家の私有財産です」
「そのフォルト様がお亡くなりになって、俺は奴隷から解放されたんです! ギルド長! そうですよね!」
ギルド長シメオンさんを見ると『俺に話を振るな!』と鬼のような形相をした。
だが、ちゃんと証言をしてもらいたい。
「ギルド長は見ていましたよね? 俺がダンジョンからフォルト様を担いで戻って来て、フォルト様がお亡くなりになった時に『隷属の首輪』が外れた。間違いないですよね?」
「ああ……その通りだ……」
「ギルド長がおっしゃいましたよね? 俺は奴隷から解放されたと。そうですよね?」
「ああ、言った」
「だったら、そこのフィールスさんにも説明して下さいよ! それに自由になった俺に『隷属の首輪』を付けろと強要出来ないですよね?」
ギルド長シメオンさんは、嫌々とフィールスさんに気を遣いながら話し始めた。
「あー、フィールスさん。大変申し上げにくいのですが……今お聞きになった通りです。彼は奴隷から解放されておりますので……再度『奴隷になれ!』と強要する事は出来ません。強要すればフィールスさんやエルンスト男爵家が罰せられます」
フィールスさんは、膝の上で指をトントンと叩き、偉そうに命令してきた。
「なんとも恩知らずな奴隷ですね。恩義を感じていれば、喜んでもう一度奴隷になりエルンスト男爵家にお仕えするべきでしょう」
この一言は我慢ならない。
このジジイは何を言っていやがる!
「恩義だって? むき出しの土の上に寝かされ、くそ不味いメシを食わされたのが恩義だと! 人を動物扱いしやがって!」
「何と言う無礼な!」
家令と言うから、エルンスト男爵家の使用人の中では偉い立場なのだろう。
俺に文句を言われてフィールスは目を白黒させた。
「それに恩知らずは、アンタの方だろう! 俺はダンジョンから必死でフォルト様を連れ帰ったんだぞ!」
「何をバカな! それが恩ですと! あなたはフォルト様をお守りしなければならないのに死なせてしまったではないですか!」
「ふざけるな! 俺は護衛じゃなく荷物持ちだったよ! 剣の一本も装備してなかった! あんな化け物相手に戦えるわけがない!」
「それで逃げ帰って来たのですか?」
「ああ! フォルト様と一緒にな!」
ダメだ。
全然話が噛み合わない。
亡くなったとは言えフォルト様のご遺体は家族の元に帰った訳だろう?
だったら感謝の言葉とか、労いの言葉が一つくらいあっても良いんじゃないか?
だが、フィールスの野郎は偉そうに俺を責め立てるだけだ。
俺は怒りに任せて乱暴な言葉をフィールスに叩きつけた。
「俺のおかげでフォルト様の葬式をちゃんとあげられると思うだがね。それとも遺体の無い棺桶だけの葬式の方が良かったって言うのかい?」
「よくも! 失礼する! この様な礼儀知らずの猿と話す事はありません!」
「こっちが猿なら、オマエはガイコツだ! 禿げちまえ! ガイコツ野郎!」
フィールスは乱暴に扉を開けて出て行った。
ギルド長シメオンさんが慌てて後を追いかけて行った。
まあ、考えてみれば……男爵家ってのは貴族で、あれだけ大きくて立派な家に住んでいるのだ。
ギルド長シメオンさんも事を構えたくないよな。
でも、俺にはもう関係ない。
奴隷から解放されて自由になったんだ。
とやかく言われる筋合いはないさ。
しばらくしてギルド長シメオンさんが戻って来た。
「ふー。やってくれたな……」
「ええ。でも、俺の言った事、俺が奴隷から解放された事は間違いないでしょう?」
「ああ。そこは間違ってない」
「もう一度奴隷になれって言う方が悪いでしょ!」
「まあ、そこは……あれだな……。ならねえよな、普通は……」
なんだよ。
ギルド長シメオンさんも無茶な話だとわかっていながら、俺とフィールスの面談をセッティングしたのか!
断って良かった。
「さて! それでオマエさんこれからどうするよ?」
「それなんですけどね……まあ、一晩考えたのですが……冒険者ってヤツになろうかと……」
「そうか……それじゃあ物は相談なんだがな……」
「ええ」
「この街から出て行ってくれないか?」
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