1-2 名無しの奴隷
水面に映った俺の顔は十二、三才の少年の顔だ。
黒髪黒目だが……日本人の顔じゃない……。
国籍不明……しいて言えば……日本人とヨーロッパ人のハーフとかクォーターと言うのが近い顔立ちだ。
両手を見ると俺の記憶よりも手が小さい。
注意して辺りを見回し自分の視線の高さを確認すると視線が低くなっている気がする。
(俺は四十代の成人……日本人だったが……現在は日本人以外の少年になっている……どういう事だ……?)
思い当たる事は一つある。
ブラック飲食店の厨房で倒れた時、俺は神に祈った。
『人生をやり直したい。もう一度人生をくれ』
そう強く願い。祈った。
俺の祈りに対して神からの返事があった。
『汝の願いを聞き届けた。新しい世界で……新しい人生を……生きてみるが良い……』
幻聴かと思ったが……。
今の状況を考えると……。
幻聴ではなかった!
そう結論付ける方が自然……。
すると神様は俺を生まれ変わらせたのだろうか?
(これが輪廻転生ってヤツか……。それとも……憑依? この子供の肉体に俺の魂が入り込んだ……とか? とにかくどこか外国に転生したのかもしれないな……あれっ!? でも……待てよ!?)
俺の思考が再び混乱した。
今の俺の状況から考えて転生したのは間違いなさそうだ。
俺の顔立ちから考えると日本以外に転生したのだろう。
しかし、さっきの老人と会話が成立していた!
(俺は外国語を喋ったつもりはないぞ……)
なのに会話が成立する不思議。
俺は顔を洗うと老人の所に戻った。
「あの……おじいさん……すいませんが……」
「おじいさん? 気持ち悪いのう……。いつも通りジャンじいと呼ばんか!」
「ジャ……ジャンじい?」
どうやらこの老人は『ジャン』さんらしい。
じいさんのジャンでジャンじいか。
俺は日本語を話しているのだが、ジャンじいとコミュニケーションがとれている。
だが、口元の動きと、ジャンじいの言葉が少しずれている気がする。
(何だろう? ジャンじいの言葉が翻訳されいるみたいな……。それとも……テレパシー的な何か?)
俺がジャンじいの口元をジッと見ていると、ジャンじいが心配そうに聞いて来た。
「どうもお前さん様子がおかしいのう?」
「あの……実は……何も……覚えていなくて……」
俺は記憶喪失を装って、ジャンじいさんから色々と情報を聞き出す事にした。
ジャンじいの話しによると……。
・ここはエルンスト男爵家の敷地の中。
・ここは聖エーメリッヒ帝国と言う国で、エルンスト男爵は帝国貴族。
・ジャンじいも俺も奴隷。
・俺は、二、三年前どこからか買われて来た。ジャンじいは俺の両親を知らない。
・昨日俺はダンジョンで大怪我をして運び込まれた。ジャンじいは俺が死ぬと思った。
ジャンじいの話しを聞いて俺はまたも困惑した。
(聖エーメリッヒ帝国? そんな国名は聞いた事もないぞ……)
音の響きはヨーロッパ風だけれども、そんな国はなかったと思うが……。
それに今どき奴隷制度があるなんて……少なくとも人権重視のEU加盟国じゃない。
そして良く分からないのが『ダンジョン』だ。
何の事だろう?
「ジャンじい。ダンジョンって何?」
「ダンジョンは、ダンジョンじゃよ。何を言っておるのじゃ?」
ジャンじいは心底あきれたと言う風に溜息をついた。
「えーと、地下にあって迷路みたいになっているダンジョンの事?」
「そうじゃ! 覚えておるではないか!」
「そこで俺は怪我をしたのかい?」
「ああ。ひどい怪我じゃった。まあ、ダンジョンが仕事場じゃから怪我は付き物じゃがな」
また、謎が増えた。
ダンジョンが仕事場とは、どんな仕事なのだろう?
テーマパークのアトラクション的なダンジョンなのか?
しかし、テーマパークの仕事で怪我が付き物と言うのは良く分からない。
それに『ひどい怪我』だったらしいが、俺はピンピンしている。
医者が治療したのか?
治療の跡が見当たらないが……。
「まあ、明日は仕事になるじゃろう。今日はゆっくり休むんじゃな」
「……わかった」
ジャンじいは、箒を抱えてどこかへ行ってしまった。
夕方になると貧しい身なりの首輪をつけた男たちが大勢奴隷小屋に帰って来た。
夕食は野菜くずの入った薄い塩味のスープに、カチカチのパンだけ……。
満腹には程遠い。
ベッドも無く、土間にみんなで雑魚寝だ。
俺は横になりながら、神様に悪態をついた。
(『もう一度人生を!』とお願いをしたけれど、外国で奴隷はないだろう!)
この国に日本大使館はあるのだろうか?
日本大使館があるなら逃げ込もうと決意して俺は眠りについた。
その晩、俺の夢に神様がやって来た。
神様の姿は見えないが、声は聞こえる
そして神様は俺にこう告げた。
『生まれ変わりし者よ……世界を救え……魔王を倒せ……』
一体何の事だろう?
世界を救う?
魔王を倒せ?
それに奴隷に『世界を救え』って何の冗談だよ!
俺は夢の中でも神様に悪態をついた。
――翌朝。
俺はジャンじいに敷地の門の前に連れて来られた。
これから仕事に出発するらしい。
石造りの門柱に金属製の扉が付いている。
扉の前は広場になっていて、荷馬車が五台並び次々と人が乗り込んでいる。
(えっ!? なんだ!? あの人たちは!?)
俺は目をこすり荷馬車に乗り込む人たちを改めて良く見た。
そこにいるのは、猫人間、トカゲ人間、熊人間……。
三十人ほど人が集まっているのだが、半数が動物人間だ。
(コスプレ? それとも着ぐるみ? それにしちゃ良く出来ているな)
トカゲ人間なんて、着ぐるみとは思えないクオリティなのだが……。
どうにも状況が良く分からない。
俺は一番後ろの馬車に男奴隷四人と一緒に乗り込んだ。
俺以外はみんな大人の男性だ。
「おとといは大変だったな」
「すっかり元気みたいだな」
「若いって良いな」
俺に声を掛けてくれるが、おととい何があったか俺にはわからない。
「おーい。この小僧は記憶がないんじゃ。面倒見てやってくれ」
ジャンじいは荷馬車に乗り込んだ男奴隷に声を掛けるとさっさといなくなってしまった。
俺の隣に座る三十代くらいの男奴隷が話しかけて来た。
「記憶が無いって、何にも覚えてないのか?」
「はい。丸っきり覚えていません。なので、色々と教えてください」
「ああ、わかった。えーと、難しい事はないよ。俺達の仕事は荷物持ちだ」
「荷物持ち?」
「うん。そこにある背負子を担かついで、みんなの後をついて歩くだけだ」
隣の男奴隷さんは、荷馬車に置いてある木製の背負子を指さした。
けれども背負子には何も荷物が載っていない。
「荷物が載って無いですが……」
「あー、えーと。荷物はマジックバッグに仕舞ってあるんだ。俺達は荷物がマジックバッグに入らなくなった時に、背負子に荷物を載せるんだ」
「なるほど……」
分かった様な分からない様な説明だな……。
マジックバッグって……。
あの開ける時にベリベリ言う財布みたいな物だろうか?
「えーと、それでダンジョンの中を歩くのでしょうか?」
「そうそう。後は雑用を頼まれたら『ハイ!』って返事して働いていれば大丈夫だよ」
「わかりました……」
不安で一杯だ……。
「ところで、俺の名前は何でしょうか? 名前も忘れてしまったみたいで……」
「名前は無いよ」
「えっ!?」
「名前は無いみたいだよ。みんな君の事を『小僧』って呼んでるよ」
「……」
ひでえ!
名前すら無いのか!
名無し奴隷なのかよ!
俺が驚きに口をパクパクしていると一番前の荷馬車で馭者が大声を上げた。
「間もなく出発~!」
すると俺達の横を立派な馬車が駆け抜けて行った。
五台の荷馬車は立派な馬車を追いかけ出発した。
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