異世界放狼記 神ヲ喰ラウ獣
島下遊姫
第1話
20XX年。啀み合っていたA国とB国はいよいよ互いの国に核を落とし、人類史上最初で最後の核戦争が起きた。
片手で数え切れない程の核弾頭が両国を行き来する。核弾頭が爆発すればきのきのこ雲が天高く昇り、足元では沢山の人間がまるで焼却処分された人形のような無惨な姿となって息絶えた。そして、放射能という毒を含んだ雲はやがて世界を覆い、綺麗に澄んだ青い地球はたちまち有毒な放射能に犯された。
管理されない建物はやがて崩れ落ち、次第に街は廃墟やゴーストタウン化していった。
植物は真っ白に枯れ、動物たちは酷く醜い姿で息絶え、建物などの人工物は崩れ落ち、瓦礫の山と化す。その景色は正に地獄。
しかし、そんな地獄でも人類は一分一秒でも生きようと必死にもがいていた。死と言う恐怖から少しでも免れるため。
生きる為ならどんな不味い物でも口にし、生きる為なら他者を蹴落とし、時に愛する人をも裏切る。人は極限の状態まで追い詰められると本性が露わになると聞いた。その姿は醜悪な悪魔。
蹴落とされ、見捨てられた人間達を救う者も弔う者は誰もいない。そうして放置された死体はやがて腐り、疫病を引き起こした。医療技術が完全に廃った世界では予防することもままならず、死体を集る蝿や野犬、トチ狂って人を食った人間達を媒介に疫病は広がり、多数の死者を生み出した。
そんな地獄の中でも生きている人間は悪魔と呼べるような外道ばかりであった。助け合うこともない。このまま世界を再興する気配もない。(したとしてもまともな国家になるはずごないが)
純粋な人間などとうの昔に絶滅していた。
しかし、地獄に身を置こうとも弱者を助けようとする狂人がいた。
その人間は今、乾いた風が吹き荒れた砂漠の真ん中に土煙で茶色に汚れたマントを羽織り、ところどころ穴の空いた服とスボンを身に着け、歩いていた。
「何とか食料は手に入ったな」
命懸けで手に入れたパンを眺めては安堵の息を吐く。食料を手にしたのは実に三日振りであった。
これは先ほど、盗賊から奪ったものだ。
だが、汚れ具合を見ると、パンも放射能で既に汚染されているだろう。
しかし、例え害をなす物でも食料なら貴重な物に代わりない。
どちらにせよ、食べなければ死ぬのなら少しでも幸福感に包まれたほうがマシだ。
それにロウには目にかけている小さな兄妹がいる。幼い命をすぐに散らしたくなかった。一秒でも長く生かしてやりたいという願いからこその行動であった。
久しぶりの食料を目の当たりにして笑みを浮かべる二人を想像しながら、ロウは帰路を急ぐ。
「戻ってきたぞ」
ロウは住処にしている木製の廃屋に辿り着き、ボロボロの扉を引いて中に入る。四方を囲む壁には野球ボール程の穴が数々空いている。夏なら風通しが良く快適に過ごせる。逆に冬は寒く、心臓が何度も止まりかけた。だが、屋根があるため雨や雪は凌げる為、贅沢は言っていられない。
「……最悪だ」
扉を開けた途端、目に入った残酷な仕打ちにロウは溜め息を吐く。
廃屋の天井には目にかけていた兄妹が無惨な姿で逆さに吊るされていた。
体の至るところには青い痣ができ、二人とも眼球は潰さていた。首には横一線に深い切り口があり、そこから鮮やかな色の血が流れ、指を伝い、床に赤いカーペットを作っていた。その姿はまるで血抜きをされている家畜のようだ。
一体、誰がこんなことをやったのか。命懸けで手に入れたパンを放り投げる。そして、外に出て、犯人を探そうと振り返る。
「よぉ、このクソガキ。この前は俺の子分を葬ってくれたな」
入口には身長役二メートル近くある筋肉隆々の男がいた。男には見覚えがあった。まるで仁王のような体格に加えて顔の半分が焼け爛れているのだ。忘れるわけがない。
「お前が、やったのか?」
「あぁ。そうさ」
子供を殺しておいても男は悪びれる様子は全くない。
それもそうだ。法なき世界に善も悪もない。当然、殺人罪もない。むしろ、殺さなくては生きていけない状況下であれば、殺人など逆に普通のことだ。
過去に人間が野兎や猪を狩るのと同じように人間を狩っているのだ。ただ、それだけのこと。
「だってよ。お前は子分を殺した。報復されたって文句は言えないだろ」
数ヶ月前の事だ。ロウは男が根城にする廃墟に侵入し、食料を略奪した。その際に男達の部下達に妨害行為を受け、返り討ちにした。
男はその復讐としてロウのアジトを調べ上げ、そこに済む他の二人を報復として殺した。
しかし、目的はそれだけではない。男の右手で小さくハリのある左腕を持っていた。切り口ところから齧り付いたのだろう。大きな歯型がついており、嫌でも彼の行いを察してしまう。
「こいつらを……食べたのか」
「それに腹が減っていたからさ。まぁ、あまり肉がなくて食べごたえはなかったが」
少年か少女かわからないがどちからの腕を食べながらニンマリと笑う。
幼い命を奪い、その上に食べた。人道から大きく外れた男の蛮行にロウは生理的嫌悪感を味わう。しかし、だからと言って怒りを見せたりはしない。寧ろ、仕方がないと割り切っている。
そもそも核が落とされ、破滅へと向かう世界に人道も道徳なんてものは自らを縛る枷でしかない。食物が無い現状において、ある意味で共食いは自然の節理かもしれない。
生物の中では命の危機に瀕したとき、同種族を食べる種族もかつては存在した。
他の生物とは違い、罪悪感や倫理観などの感情、価値観を持つ人間が行うのでは話しが違うだろうが、少なくとも合理的な考えではある。
「そう」
何も言い返すことはなかった。
過ぎたことを悔やんだところでこの状況は何も変わらない。
この世界では歩みを止めた者から朽ち果てていく。過去に囚われた途端、まるで蟻地獄に落ちた蟻のようにあっさりと死ぬ。
「自分で殺したのだから、食っても問題ないだろう」
この地獄において弱肉強食は基本。弱者のその後など、どんな扱いをされても文句は言えない。
そんなことはロウもこの地獄を生きて、そんな現実を嫌なほど感じていた。
そんな現実を変えることはできない。ただこの現実にひたすら従事していくことだけがロウにできる唯一の生存への道だ。
「そう。あんたがそう言うなら、俺があんたを殺して食ってもしょうがないよね?」
ロウはマントの裏からコンバットナイフを取り出し、男に不意打ちを仕掛ける。
「簡単に殺されてたまるか!」
しかし、この地獄を何年も生き延びてきた男はやはりロウと同等に手練であった。簡単に不意打ちを見抜かれ、避けられてしまう。
攻撃を避けた男はメリケンサックを装備した拳をロウの顔面にぶつける。
メリケンサックの硬さもさることながら、男の腕力も凄まじいもので、頬の骨にヒビが入り、痺れるような痛みを味わう。
「どうだ!」
「必ず殺す」
ロウは頬に広がる痛みと口の中に広がる鉄の味に顔を歪ませる。弱音を吐く代わりに血を吐き捨てると、男の左目に向けてまさに目にも止まらぬ速さでナイフを投げる。
男がナイフを認知した時には既に目にナイフが刺さっていた。脳では処理できないほどの莫大な痛みに襲われ、男は地面に膝をついて、藻掻き苦しむ。
「貴様!」
聞くに堪えない醜い呻き声を上げながら、男はナイフを抜く。粘性のある血が流れる目を抑えながら、男は残った右目でロウを睨む。
「もらった!」
片目を失い、痛みに苦しむこの隙を逃すまいとロウは咄嗟にもう一つのナイフを手に取って、駆け出す。
男の前に着くやすぐ顎を蹴って、仰向けに寝かせる。そして、男の合板のような腹に馬乗りになって、心臓目掛けてナイフを突き刺す。
「ぐっ!」
男は目を満月のように見開いて、短く呻く。
ロウの手に気持ち悪さが含まれた柔らかい感触が伝わる。
ふと手元のナイフを確認する。刃は根元まで刺さっており、脈打つ度に服にゆっくりと血が滲んでいる。
心臓を突き刺した上にこの出血量だ。男が死に絶えるのは明白。
ロウはナイフを刺したまま、赤く染まった手で額に流れる汗を拭う。そして、男から離れようとしたその僅かな隙がロウの生死を運命付けた。
「お前も……道連れだ!」
男は最後の力を振り絞り、右手でロウの首を握り潰すかのように強く掴む。
ロウは必死に拘束を解こうと藻掻くも、男の力があまりにも強い上に呼吸がまともにできず、全身に力が入らない。ロウが酸欠になりかけている間にも男は心臓に突き刺ったナイフを抜く。
男の心臓から噴水のように勢いよく血が吹き出る。
「死ねやぁ!」
「グハっ!」
ロウの足掻きも無に終わる。
男は引き抜いたナイフをお返しと言わんばかりにロウの喉元に突き刺す。そして、勢いよく引き抜くとまるで穴の空いた下水管のように血が溢れ出る。
本能が訴えかける。呼吸をしろと。ロウは本能に従うままに呼吸を繰り返すが穴から空気が漏れ、体に酸素が送られることはない。。
「ご………ぐぅっ!」
呼吸が段々と弱まり、意識が薄れていく白くなっていく視界に走馬灯がプロジェクターによって映し出される。
優しい母親が作ってくれた自慢のカレーライス。厳しくも思いやって叱ってくれた父親。生意気な態度であったが、自分を慕ってくれた妹。
くだらないことで笑いあった仲間。初めてを捧げあった恋人。
地獄になる前の幸せな日々が脳内を駆け抜ける。
純粋に思った。普通の生活がしたかったと。特別な幸せなんていらない。ただそこにある日常を周りを囲む人達と一緒に過ごせることがロウにとって何よりの幸福だった。
「次に生まれ変われるなら……誰もが幸せに暮らせる世界に……」
今も空の彼方で輝いている星に手を伸ばす。
最期に流れ星に願いを言うと叶うと自慢げに語った妹の愛おしい姿が目に映る。
しかし、今は太陽が顔を出している。流れ星など見えない。
瞳から一つの煌めく星が流れる。
ロウはゆっくりと瞳を閉じ、息を引き取った。僅か十七年という短い幕引きであった。
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