俺の答案ファイナルブレーキ
盛田雄介
前編
道路端に追いやった雪の上に小さな雪達が人間を小馬鹿にするように新たに降り積もっている1月中旬。
正月休みでなまった人々が徐々に普段の生活に慣れ始めている頃、俺は同じ境遇の約100名と共にとある国公立大学の講義室で今後の人生を大きく左右する試験に臨んでいた。
そう、今日は大学入試であり、更にその最終日だ。
今回の受験期間は全3日間、朝9時~夕方5時まで、この大学合格を目指す同志達と共に全6教科、各100問。5つの選択肢から導き出すマークシート型の試験に臨んでいる。
俺は今回、初日から全6教科の受験を行い、今現在4時40分を迎え、最後の6教科の試験を解き終えた。
ここまでの5教科の合格ボーダーライン達成確立は半々である。手ごたえがあるようでない。
この最終教科で合否が決まると言っても過言ではない。幸いにも最終日の最後の教科は俺の最も得意な科目であったため、いつもより早く解き終え、見直しタイムを20分獲得している。
俺は、1問目から順に読み間違えがないように問題文章に線を引きながら再度、目を通し自分の答案とマークシートのチェックにズレや間違いがないかを入念に確認している。
今回の試験では1~10問目までは1問3点問題で、その他の90問は全て1点問題である。最初の10問全てが正解であれば、合格率は大幅にアップする。
つまり、受験者にとって最初の1~10問は絶対に答えを外したくない。無論、俺も3点問題全問正解を目指している。
「よし、3問目までは特に支障はなさそうだ」心の中でそう呟き、いよいよ4問目に取り掛かる。
最後まで緊張感を忘れないように心して問題文章に線を引き、内容を自分の頭で整理して、1度解いた自分の答案に目を向ける。
約1時間前の俺は問題用紙に書かれている5つの選択肢の中から「2」に丸をつけている。
「よし、確かにここの答案は『2』だな」俺は丸で囲まれた「2」とマークシートのチェックを半分、流れ作業の様な感覚で見比べる。
しかし、ここで俺の背中に乗っている緊張感がこの「ベルトコンベア見直しチェック」に急ブレーキがかけた。
「あ、あぶねー」問題用紙の選択肢からは「2」に丸を付けていたが、マークシートには「4」にチェックを点けていたのだ。
俺は、両目で何度も問題用紙とマークシートを往復し、上下でのズレでもないことを確認した。
これは、明らかなケアレスミスだ。俺は、急いで消しゴムに手を伸ばし、マークシートの「4」を消そうとした。
「いや、待てよ」俺は再度、問題用紙に書かれている5つの選択肢に目を向ける。
「この問題に対して1、3、5の答えは明らかに違うと言える。1時間前の俺もそう思っていた筈だ」改めてこの4問目を解いていた時の事を振り返る。
「そうだ。1、3、5はすぐに消去法で消えたが、俺は『2」か『4』で迷ったんだ」右手に握っている消しゴムを机の上に置き、顎に指をかける。
「思い出してきた。一旦、『2』が正解と思ったが、土壇場で『4』が正解と思ってマークシートにチェックしたんだ」
俺はもう一度、鉛筆を手に取り問題文章に線を引き、問題の意とする所を汲み取った
「やはり、『4』よりも『2』方がしっくりくる。やはり、答えは『2』じゃないのか。いや、『4』が不正解というのもおかしな話だ。『4』も辻褄は合っている」
右手で鉛筆を器用にクルクルと回しながら「2」と「4」を睨みつける。
「一体、どっちが天国行きで、どっちが地獄行きなんだ」
言葉のニュアンスとしては「4」は「死」を意味するから、やっぱり「4」は地獄行きなのか?
普段は「4」=「死」なんて考え持ってないくせに、こんな時だけ、妙に迷信を信じてしまう。この場で変な固定概念は不要だ。皆平等に生きているんだ。友達なんだ~。
今度は、まったく関係ない歌の一部が頭の中に流れてきたので一旦、ブレーキを掛ける。
「くそ。集中力が切れているのか」だんだんと答案に向かっていた意識は薄れていき、頭の中には、CMで流れていた歌やいつの間にか掻いた背中の汗に意識が向き始めている。
「もう、駄目だ。今の状態の俺が考えても、どっちが正しい答えか導けそうにもない」このまま行けば俺の答えは「4」となる。
確かに統計的に、迷った際は「下から2番目の答えを選べ」と言われている。そうすると答えは「4」だ。
「だけど、『2』も捨てがたい」いくら経っても答えが出ない。もう、どっちも選べない。優柔不断な俺が頭を悩ませていると耳の中に微かな天からのささやきが聞こえ始めた。
そのささやきは四方八方から聞こえてくる。耳を澄ませ、集中して聞いてみると、その音は机上で何かを転がしている音だった。
「そうか。お前か」握っていた鉛筆に運命を掛けることにした。
この鉛筆は「合格」の願掛けのため五角形の形となっており、上には1~5の数字が書かれている。大好きなおばあちゃんが買ってくれたお守りだ。
「もう、これしかない。これで決まってくれ」俺は神に祈りながらで右手で鉛筆を転がした。鉛筆は数回机上で転がりピタッとその時を知らせてくれた。
鉛筆が示す数字は「3」だった。
「神様、それはないです。もう1回行きますよ。これはノーカンです。練習ですよね」返答のない神に心の中でツッコミながら、2投目を投げる。
出た目は「1」。
「おいおい。冗談だろ」現在、2アウト満塁、2ストライク、2ボール。あと1回、ストライクを出せば俺のチームは逃げ勝てるのに。
「頼む。カーブでもシンカーでもいいからストライクを出してくれ」その後も3投目、4投目と投げるも結果はフォアボール。逆転押し出し負けをしたのだ。
「なんで『2』と『4』が出ないんだよ」もう1投で決めようと思った時、隣の女子高生が身に着けている腕時計を見ながら、時間を気にしている様子が横目に入った。
まさか。と思い、自分の腕時計に目向けると時刻は4時50分を示していた。
「残り、10分しかない」ここで、いつ答えが出るかわからない鉛筆転がしにブレーキを掛ける。
残された神頼みは、「あみだくじ」しかないが、準備する時間などない。
「しかし、この貴重な3点問題を捨てるのか。いや、それは勿体無い」再び、道は閉ざされた。悩んでいる間も刻々と時間は過ぎていく。
答えを導き出せない焦りから、気づかない内に汗は背中だけでなく額にも現れ始めた。
「時間がない。どうしよう」いつしか、両目は問題用紙とマークシートから離れ、無意味に講義室に飾られた時計と自分の腕時計を行き来している。
「こんなことしても意味ないのは分かってるのに」そして、講義室の時計から目線を外し、ふと、講義室内を見回る試験官に目が行った。
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