この素晴らしき海賊たちに祝福の鐘を!

秋永夜

第1話~ワーカーホリック

山のように積まれた書類とファイル。

カチカチと進む秒針に合わせてカタカタと鳴り続けるのは、キーボードを叩く音。

パソコンの光源に照らされてぼんやりと浮かび上がっている顔は端から見たらホラー以外の何者でもないだろう。


ーーーー今、なんじだ?


手元を止めずパソコンの文字を追いながら真崎夢乃はふと、考える。

無心にただ与えられた莫大な仕事を時間に追われながらこなして、そんな毎日の繰り返しで感覚は既に麻痺している。

それでも世の中には期限やら納期やら兎に角タイムリミットが多すぎるのだ。


ーーーーあぁ、くっそ!!今日も終電に間に合わないじゃないかぁぁ!!


時間が足りない。人手が足りない。仕事が終わらない。

今日こそは自宅のベッドで安らかに爆睡したい。死んだように眠りたい。

そう、死んだように。


「って!このままじゃぁ過労死だ!バカ野郎!!」


同僚は既に帰宅しているが、それでもこの会社にいる人間の大半が激務に追われていることには違いない。

帰宅を涙ぐみながら喜ぶ同僚や後輩に「手伝って下さい」なんて言えるはずもなく。また、言わせて貰える筈もなく。

結果、夢乃は一人オフィスに居残りが決定した。

「ひぃっ、終わらない終わらないよぉ」

涙を滲ませながら手元を止めた。


決して座り心地が良いとは言えない椅子の背もたれに深く体重を傾けて、呆然と天井を見上げる。




雇用不足が深刻した現代に置いて、人手が足らずに頭を抱える中小企業は決して少なくはない。

新入社員や契約社員、派遣にバイトをフル求人していても仕事の量に耐えられず一人、また一人と辞めてしまう悪循環だ。

今のご時世、他の会社など夢乃は知らないが、もしかしたらこんな状況珍しくなんてないのかもしれない。


転職、なんど頭を過っただろうか?

溜まりに溜まって消化出来ない有給も、使う時期を間違えれば上司に面倒をかけるだろう。使う時間のない給料は、無駄に貯蓄されていく。

職場環境に関しては、この激務のお陰か無駄に結束力は高い。


給与、人間関係。それに関しては申し分がなく、終電を逃せば帰れないながらも電車で20分の通勤圏内。

この条件の良さが夢乃を転職から遠ざける。



「激務だけどなぁー、次を探すのも面倒だしなぁ。それに探す時間がなぁ……」


ぼりぼりと頭を掻きながらぼやくも、半ば諦めている。


「さて、一段落ついたら仮眠室で寝て朝起きたら満喫行ってシャワーを浴びて…………」


ーーーーダンっ!!


考えるまでもなくルーチン化した日常を口にしてから、両手を強くデスクに叩き込む。



「おいおい、そりゃ女捨ててんだろうよ真崎夢乃おおおおおおおおおお」

真夜中の絶叫は誰に届くこともなく、いや、もしかしたら夜間警備さんの耳にくらいは届いたかもしれないが。夜間警備さん曰く、この会社では珍しくもないので、新人以外は気にも止めないらしい。


力一杯訴えた所で、無駄な労力を使った。

最早、仮眠室に行くことすら億劫な夢乃は隣の休憩室にあるソファまで赴くと我が物顔でソファに寝ころぶ。

ジャケットを毛布代わりに腹にかけ、ポケットに入っているスマートフォンでアラームを設定。

そして、眠る体制を整えたと同時にプツリと意識は途絶えた。

何処でも寝れる。学生時代なんの焼くにも立たないと揶揄されていた特技は、社会に出ると案外役に立つもんだと改めて実感した25歳である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る