第27話 先輩27 欠席

 ……やらかした。

 

 『好きです』

 『かわいいですよ、先輩』

 『ゆき……あ』


 「うわあああああぁっ!」


 先週の先輩とのデートを思い出し、恥ずかしさのあまり、通学路だというのについ大声を出してしまった。前方を歩いている2人組の女子たちからはその声にびくっと反応し、驚異の視線を送ってきた。

 慌てて足元を見て、刺さる視線を濁そうとする。


 

 「はぁ……」

 

 それでも何かを吐き出さないと気が済まないのか、無意識に思いため息が出る。

 この間のデートはすごく楽しかった。映画見て、ご飯いって、買い物して、それから……。

 

 「はぁ……」

 

 最後のあれを思い出して、再びため息が出る。

 初めてのデートらしきデートで気持ちがかなり舞い上がっていたのは認める。そのうえ、先輩からあんなに分かりやすく好意を示されたのだから、僕だってその気持ちに応える多少の努力は必要だった。

 でも、あれは行き過ぎだった。いくら日も暮れかけで人目も少なかったからって、あんな公共の場で、しかも大胆に……。まぁ、半分は先輩からしてきたことなんだけどさ。

 あの時の感覚が忘れられず、すでに4日ほど経つのにまるで昨日のように感じる。

 考えるだけで、鼓動が早くなる。


 でも、今日の鼓動は特に早い気がする。理由は一目瞭然なんだけど……。




 ガチャ……


 「こんにちはぁ……」


 おそるおそる扉を開けながら放送室へ入る。

 先輩は……まだ来てないか。


 今日は水曜、僕と先輩の放送担当の日だ。あと副委員長(ハブったわけではないからね……?)。


 あの日以来、先輩には会っていないので、早い話、緊張しているのだ。なんて話せばいいとか、どうふるまったらいいとか……。

 だから、いたらいたで緊張するし、いないならいないでちょっと嫌。


 「はぁ……」


 そんな嬉しいような嬉しくないようなどちらともいえない気持ちで、今日何度目かのため息を吐くと、いつも通り手慣れた手つきで朝の放送の準備を始める。



 ガチャ


 「お、おはようございます」

 「おはよー、海斗君」


 扉があく音がして、条件反射で振り返ると、先輩……ではなくさっきハブりかけた副委員長が入ってきた。


 「悪いね、いつも朝の準備してもらっちゃって。私、朝は弱くってね」

 「いえ、僕も今来たとこですから」

 「そっか。……そういえば、この間のデートはどうだった?」

 「ど、どうって、普通でしたよ」

 「ふーん?『普通』ね……」

 「な、なんですか?」

 「てっきりキスくらいしたんじゃないかと」

 「……してませんよ?」

 「あー、……うん、わかった。そういうことにしておくね」

 

 信じる気ゼロじゃん。まぁ、実際、嘘なんだけど……。


 「それより、そろそろ朝のアナウンス始めてもいいですか?」

 「えーっと……。うん、お願いね」


 壁に掛けてある時計を見ると先輩はそう言った。


 

 朝の放送と言っても、手順は至って単純だ。デスク型AVミキサーの前に座ると、主電源がオンになっているのを確認し、メイン音量とCDデッキにつないであるところのつまみを指定値まで上げる。そして、横にあるCDデッキに入れてあるクラシックの音楽を再生して音量の微調整をしていく。あとは、マイクのつまみを上げて、台本のセリフを言うだけ。


 『みなさん、おはようございます。もうすぐ朝読書の時間です。席について、静かに待ちましょう』


 そう言い終えると、僕はさっとマイクの音量をゼロにし、音楽の音量を少し上げる。これで、後は時間が来たら音楽を止め、機材の電源を切れば終わりだ。


 「1年生もだいぶ放送に慣れてきたわね」

 「まぁ僕の場合、小学校でも放送委員やってたっていうのもありますがね」

 「相変わらず謙虚な後輩君だな。だが実際、他の曜日の1年も一通りなんとかできているみたいだし、そろそろ曜日替えをしようかな」

 「曜日替え、ですか?」

 「今週末、今学期初の委員会の集まりがあるから、そこで担当の曜日を変えようかなと思っているんだが……。あぁそっか。そりゃ愛しの先輩と違う曜日になるのは嫌だよね、『カイ君』?」


 口に指を当て、意味深な笑顔を向けてくる副委員長。


 「そ、そういうことじゃないですよ」

 「じゃぁ、どういう事かしら?」

 「それは、その……」

 「ほら、やっぱり有希亜の事しか頭にないんじゃない。お熱いことで」

 「うぐっ……。そ、それで、どうやって振り分けるんですか?」


 これ以上ツッコまれると、いろいろ持たないので、話題をそらす。


 「そうねー、いつもはくじ引きにしてるかなー。あ、でも決定権は委員長にあるから別の方法でもいいけどね」

 「別の方法?」

 「例えば、同学年同士とか、仲いい人同士とか……あ、『好きな人同士』とか?」

 「っ……、そんなこと、出来るんですか?」

 「最後のは多分無理ね」 


 即答だった。

 

 「なんで?!」

 

 思わずツッコんでしまった。


 「だって彼女いない委員長がうんって言うはずないもの」


 委員長、大棒過ぎません?

 まぁ、そんな決め方も普通はダメなんだろうけど。


 「まぁ、その話は今度するとして……、有希亜来ないわね」

 

 時計を見ると、すでに登校時間の8時25分を優に超えている。


 「そういえばそうですね、いつもこの時間にはいるのに、珍しい」

 「まぁ、待ってればそのうち汗だくになって駆け込んでくるでしょ、あなたの彼女」

 「その言い方、絶対嫌味入ってますよね?」

 「あら、そう聞こえたかしら?ごめんね、他意はないわ」

 

 絶対嘘だ。

 と思ったが、それを議論しても仕方ないので、持ってきた読書用の文庫本を開く。



 「……さて、時間になったし、そろそろ教室戻りましょうか」


 そう言って、何やらアニメのかわいい女の子が描かれた表紙の本を閉じ、放送室のカギを取る副委員長。


 「はい。結局、先輩来なかったですね」

 「そうね、今日欠席してるのかしら」

 



 放送室のカギを隣の職員室に返して僕らはそれぞれの教室に戻った。




 キーンコーンカーンコーン


 「やっぱ今日、有希亜休みだってさ」

 「そうでしたか。じゃぁ、今日は2人でアナウンス回していきましょうか」

 「そうね」

 「じゃぁ、前半の献立と各委員会からのアナウンスは僕やっておきますね」

 「お願いするわ」


 そう言うと、先輩は隣の部屋へ自分の給食を運んでいく。

 

 「さて、始めますかっ」


 1人足りないと言っても、そんなに忙しくはならないのだが、給食をゆっくり食べる時間が無くなるので、テキパキと、かつ迅速にアナウンスをしていく。



 『続いてリクエストのコーナーです。今日は○○さんからで……』



 ガチャ


 「ふう、久々にお昼2人で回すとさすがに給食を食べるのも忙しくなるわね」

 「そうですね」

 

 副委員長は席に着くと、給食の続きを食べ始める。


 「残念だったわね、愛しの有希亜と2人きりになれなくて」

 「ブハッ!げほっ、げほ、げほっ……」

 

 唐突な顔面パンチに飲みかけの牛乳をふき出してしまった。


 「あらあら、まさか吹き出してしまうほど動揺するとは思ってなくて、ごめんなさいね」


 100%確信犯だ。


 「げほっ……。べ、別に動揺なんてしてませんよ」

 「そんなラノベのテンプレな反応しておいて、隠しきれると思ってるの?」

 「ら、らのべ……?」

 「あー、海斗君は『そっち』の人間ではないのね」

 「???」

 

 聞きなれない言葉に、意味深な言い方に頭の理解がついていかない。


 「あー、今のは気にしなくていいわ」

 「は、はぁ」

 

 

 結局、この時間での出来事は、先輩の事でからかわれたことと、副委員長の謎が深まったという事だけだった。


 

 


 『それでは、各クラスは帰りの会を始めて下校してください』


 六時間目の後、校内清掃を終えたあと、下校時間のアナウンスをして、その日の仕事は終わった。


 「はぁ、今日は2人だったけどお疲れー」

 「はい、お疲れさまでした」

 「それじゃぁ、教室戻ろうか」

 「はい」

 「じゃぁこの鍵返してくるね」


 そう言って、副委員長は朝同様、隣の職員室に鍵を返しに行った。

 

 結局、今日は先輩来なかったけど、2人でもなんとかなったな。これなら確かに曜日替えしても大丈夫そうだな。




 ガラッ


 「それじゃぁ行こうか」

 「はい。……って、その紙どうしたんですか?」

 

 職員室から出てきた副委員長の手には数枚の紙が握られていた。

 

 「あー、これ?さっき、有希亜のクラスの先生に職員室で呼ばれてね。有希亜の分の宿題とか配布物を届けてくれって言われちゃってね」

 「あー、そうなんですか」


 「……そうだ。海斗君って今日は部活?」

 「いや、今日は顧問が出張でいないので休みです」

 「ふーん?」

 「それがどうかしたんですか?」

 「いやね、私今日は美術部があって終わるのちょっと遅いんだよねー」

 「はぁ」


 会話の意図がイマイチ読み取れない。


 「だからもしよかったら、海斗君、有希亜の家にこのプリントを届けてくれないかしら?」


 ……


 「え?」

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