第22話 先輩22 デート予告

 翌日のクラスの反応は予想通りになった。

 朝学校に着くなり、僕の机の周りにクラスメイトが大勢囲んできた。


 「ねぇ、カイ君って2年の先輩と付き合ってるの?昨日2人で歩いてるとこ見たよ!?」

 「私も見た見た!しかも手をつないでたよね?!2人はいつから付き合ってたの?」

 「お前、俺たちに黙って彼女なんて作ってたのかよ……。うらやましいぜ、このやろう!」

 「昨日のあれ、うちの部活の有希亜先輩だよね?どこで知り合ったの?」


 はぁ。やっぱりこうなったか……。だから言ったのに。

 僕は心の中でこの場にはいない先輩に少しだけ悪態をついた。まぁ、後で一人ずつ聞かれるよりはマシだけど。


 「実は先週から付き合うことになったんだ」


 「えっ、ほんとに付き合ってるんだ!キャー」

 「マジかぁ、ついにカイ君に彼女が……」

 「ねぇねぇ、それ今度先輩にも詳しく聞いていいっ?」

 「い、いいけど……」

 

 キーンコーンカーンコーン


 「はーい、みんな授業始めるわよー」


 教卓に授業の配布物やファイルを並べながら、担任の先生がみんなに声をかける。


 「ねぇ、まいちゃん、聞いてよー」

 

 クラスメイトの女子がかなりフラットな感じで先生に言った。


 「こらっ、まい先生って呼びなさいっていつも言ってるでしょ?それで、どうしたの?」

 「カイ君がねー」


 そう言って、彼女はこっちをちらっと見る。「言ってもいいよね?」的な視線を送ってきたので、なんとなく「うん」とうなずいた。別に先生にばれても問題ないだろう。


 「んー?カイ君がー?」


 先生は黒板に授業に使うであろう紙を磁石で貼り付けながら反応する。っていうか、もう完全にそのあだ名クラス全体に浸透してるよね……。


 「実は彼女ができたんだって!しかもお相手は2年の先輩!」

 

 すると先生は手を止め、ニヤニヤしながらこっちに視線を向けた。


 「へぇ、やるじゃん、カイ君~」


 まるで僕のクラスの女子たちみたいな反応をするまいちゃ……まい先生。さすが今年で26の先生は学生たちの話題に対する反応が柔軟だ。というか、単純に先生がまだ独身……いや、なんでもない。


 「そんなことないですよ」


 僕は愛想笑いでその場を凌ごうと試みる。が、今度は先輩と同じの部活の子が発言をする。

 

 「しかもねまいちゃんっ、相手の先輩は女バレの有希亜先輩なんだってさ!」

 「えっ、有希亜と付き合ってるの?!」


 女バレの顧問のまい先生はびっくりして黒板消しを床に落とす。

 

 「はい、委員会が一緒で……」


 「あー、そっか、そういえば2人とも放送委員だったわね。それで、有希亜とカイ君、どっちから告白したの~?」

 

 ほんとにこの先生は……。たまにこうやって心はまだ女子高生って感じがする。それより先生、授業始めなくていいんですか?


 「私もそれ聞きたーい」

 「俺も俺もっ」


 先生の質問にクラス中が反応する。


 「それは……」


 さすがにクラス皆に注目されると恥ずかしくなる。先生がここまで乗り気に聞いてくるとは想定外だった。


 

 「あの、先生、そろそろ授業始めなくていいんですか?」


 隣の席から救いの手が差し伸べられた。今日は一言も発していなかった明日香の透き通った声に一瞬クラスが静かになる。


 「はっ!ほんとだ、もう授業始まって10分すぎちゃってる!ほらみんな、教科書開いてっ」


 「えー、もうちょっと聞こうよー」

 「まいちゃん、焦りすぎ―」


 クラスメイト達はぶつぶつ文句を言いながらも教科書を開きだす。


 「はーい、それじゃぁおしゃべりはそのくらいにして、田中君、45ページの1行目読んでみて」 

 「はい、えっと……」



 「ありがとな、明日香」ボソッ

 「うん、どういたしまして」


 先ほどの真剣な顔つきはどこかへ行き、いつもの綻ぶような笑顔を見せる明日香。

 

 「……もう体調は大丈夫なの?」

 「うん、もうすっかり元気」

 「そっか、それはよかった」

 「へへっ、心配してくれてありがと」

 「うん」


 「それじゃぁ、次の行の音読を……、仲良くおしゃべりしてる明日香さんとカイ君に頼もうかしら?」

 「げっ……」


 前を向くと、先生が引きつったような笑顔でこちらを見ていた。


 「「あ、あははは……、ごめんなさい……」」


 結局、その時間は僕と明日香で1ページ丸々音読させられたとさ。

 



 キーンコーンカーンコーン……


 4時間目が終わり、給食の時間になった。僕は久々に委員会の仕事をしに、放送室へ向かう。




 ガチャ……


 「こんにちはー、……ってまだ誰も来てないか」


 僕は部屋の電気と放送器具の電源をつけ、給食の配膳の時間に流すクラシックのCDをCDデッキにセットする。


 「んー、まだちょっと流すには早すぎるか」


 そう言って、給食袋を置くために隣の部屋に向かう。

 すると突然後ろから視界を奪われた。この目にあたる感触は、手……?


 「だーれだっ」

 

 聞き覚えのある艶めかしい声が、僕の背中越しに聞こえた。


 「……先輩でしょ?」

 「ちゃんと名前で呼んでくれないと分かんないなー」

 「……ゆ、有希亜……先輩」

 「はぁ、まぁそれで良しにしてあげる」


 先輩はそう言うと、ようやく僕の視界を解放してくれた。

 やれやれといった感じで振り返ると、そこにはいつもの悪戯っぽい顔をした僕の彼女が立っていた。


 「ったく、いたなら教えてくれればよかったのに。で、どこにいたんですか?」

 「えっとね、そこの扉と壁の隙間」


 そう言って、この部屋の開きっぱなしになっている扉と壁の間にある人1人分なら入りそうな隙間を指さした。


 「……一瞬、心臓止まるかと思ったんですけど?」

 「あはははっ、カイ君、怖いの苦手なんだ?」

 「まぁ、得意ではないです。悪いですか?」

 

 僕はちょっとだけふくれっ面を見せる。

 

 「別に悪くはないけどさー。……あ、そうだ。今週末空いてる?」

 「えーっと、多分部活は休みだったと思います」

 「そっか、それじゃぁ、土曜日、私とデートして?」

 

 唐突な提案に驚きを隠せない。しかもあっさりとデートって……。


 「ん?私何か変なこと言った?」

 「い、いや別にそういうわけじゃ……」

 「それじゃぁ……、私とデートするのは嫌……?」

 「そ、そんなことないですっ!」

 「それならよかった!じゃぁ、土曜日の朝10時に街の駅前集合でいい?」

 「はい、わかりました」

 

 それにしても、なにげに物事が進むの早すぎないかな?今週の初めに先輩と付き合うことになって、それから一緒に帰ったり手をつないだり、挙句の果てにはデートの約束まで……。

 僕は今週会った先輩にまつわることで頭がいっぱいになりそうだった。


 「それでさ、映画のジャンルだけど……」

 「あ、あぁ。先輩の見たいものでいいですよ?」

 「ほ、ホントっ?それじゃぁ、……ホラー映……」

 「却下」

 「えぇっ!?今、私のみたいのでいいって言ったじゃん~!」

 「ごめんなさい、やっぱり条件追加で。『先輩の見たいもので、あと、僕が見れるもので』」

 「むぅ……、まぁいいや。それじゃぁ、最近テレビでもコマーシャルやってる恋愛映画にしよ?」

 「まぁ、それなら」

 「よしっ!きまりねっ」

 

 そう言って、嬉しそうにうなずく先輩。


 ホラーにならなかったのはよかったけど……恋愛映画か……。先輩と見るのは緊張しそう。



 「2人のデートプランも決まったってことで、そろそろ音楽流してもいいかしら?」


 思わぬ声に2人そろって扉の方を見る。すると、そこにはジト目でこっちを見ている副委員長の姿があった。時計を見ると、すでにCDをかける時間を過ぎている。


 「ふ、副委員長!?」

 「れ、蓮花……、いつからそこに……?」

 「そうね、明日香が海斗君に名前呼びさせてるところからかしら」


 それって結構最初の方じゃ……。


 「ななな、な、なんで声かけてくれなかったのっ!?」


 先輩は両手で今度は自分の顔を覆う。


 「あらあら、耳まで真っ赤にしちゃって、明日香も乙女だねぇ。そりゃ、初々しい出来立てほやほやカップルの邪魔はしないほうがいいかなと」

 「絶対嘘だーっ、私たちのやり取り見て楽しんでただけでしょ!?」

 

 副委員長はニヤニヤ顔でCDをかけに隣の部屋に戻っていった。

 

 それはともかく、土曜の事で僕は頭がまた一杯になりそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る