第15話 先輩15 夏休みー花火1
「今日さ、クラスの何人かで町内のお祭り行かない?」
数話ぶり……じゃなくて数週間ぶりに出会った明日香に誘われ、僕は二つ返事でOKを出した。
結局、先輩の家に言ったあの日以来、僕は、先輩はおろか、女子にはほとんど誰にもあってない。会ったとすれば同じ運動部の部員くらい。
夏休みも残り三分の一となり、部活と勉強だけの毎日で暇を持て余していた僕には、その学生っぽい誘いに断る理由がなかった。
「それじゃぁ、夕方6時に学校近くの「石野公園」に来て。迎えに行くから」
「りょうかーい」
夕方、僕は待ち合わせの時間ぴったりに公園に着いた。
ギリギリだと思ったけど、よかった。明日香の方がまだ来てない、か。
ここにくるまでに夕方にもかかわらず、子供から大人まで結構な人ごみに出くわした。多分、今日の祭りに来る人達なのだろう。そして、おそらくあの人ごみのせいで明日香は遅れているんだろうな。
公園の入り口で待ってても暇なので、公園の奥にポツンとあるブランコに座ろうと、公園の入り口をまたいだ時、後ろから聞きなれた声が耳に届いた。
「ごっ、ごめ~ん、遅れちゃって」
「あぁ、俺も今来たところだから全然……」
そう言いながら声のする方向へ振り返ると、いつも見慣れたはずなのに、全然雰囲気の異なる明日香の姿がそこにあった。
「そ、それ、どうしたの?」
「ん?どうっ?お母さんが気つけてくれたんだよ?ちょっときついけど。似合う……かな?」
明日香はそう言って、青と白のコントラストに描かれた浴衣を強調した。
「うん、似合うと思う」
我ながら思いやりのない感想だなと思いつつ、他に適切な言葉も浮かばなかった。
「あ、ありがとう……」
と思ったのだが、意外にも明日香の方は嬉しそうだったのでよかった。回りくどいいい方より、簡潔に、そしてはっきりと言う方が女子はいいっていうのをどこかのテレビ番組で見たのを思い出した。
「それじゃぁ行こっか。急がないと花火始まっちゃう」
そっか。うちの町内祭りは途中から花火がたくさん打ちあがるんだっけ。去年は自分の家のベランダから小春と一緒に眺めてたっけ。
「って、他の連中はどうしたの?僕のほかにも誘ったんじゃなかったっけ?」
「あ、それなら多分もう先に着いてるよ。先に神社行って、場所取りしてもらってるんだ」
あ、つまり明日香は僕を迎えに来るためにわざわざ来てくれたのか。でもなんで僕だけ……?
考えたけど、答えは出そうになかったので僕は考えることを放棄した。
神社に着くと、すでに大勢の人でごった返していた。普通の神社よりは大きいうちの神社でも、今にもあふれそうなくらいに敷地内に人が敷き詰められている感じだった。熱気がこっちにまで伝わってくる。
「えっとね、他の子たち、たこ焼き屋さんの近くの席を取ってあるらしいよ」
「りょーかい、じゃぁ、案内よろしくー」
「はーい、はぐれないでよ?」
「はいはい」
そうは言ったものの、やはり奥に進んでも人並みは収まるところを知らず、青と白のコントラストを目印に人ごみをかき分けていくので精一杯だった。
「あ、明日香~、見つかったか?」
「えー、なにー?聞こえないよ!」
「ほかの連中、見つかった~?」
「えーっとねぇ、わかんなーい!」
たった1mしか離れていないのに、声を上げて連絡を取り合う2人。なかなか、他の人達が見つからず、さっきからこのやり取りを繰り返すこと3回。いい加減、この人ごみにも少し慣れてきたという時、目の前の明日香が視界から消えた。
「わっ?!」
「お、おいっ」
とっさの判断だった。誰かの足につまずいた明日香はそのまま地面に倒れこみそうになった。しかし、間一髪で明日香の手を取ったことで未然にけがを防ぐことができた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう」
「あんまり急ぐと危ないよ」
「ご、ごめん……。あの、手……」
「あ、あぁ、ごめん。反射神経だったとはいえ……」
そう言って、彼女の手から離そうとすると、彼女はぎゅっと僕の手を握り返してきた。
「……ぃで」
「え?」
「離さないで、また転びそうになってもこれなら安心でしょ?」
「え、えっと……」
どうしようかと一瞬悩んだが、確かにまた転ばないとも限らない。
「わかった。ほら」
「うん」
サァァァッ
「どうしたの?」
人ごみの中、一瞬誰か知り合いがすれ違った気がした。
「いや、なんでもない。行こうか」
「う、うん」
「あー、やっと来たー。遅い遅い。もう花火始まっちゃうよ~」
「ごめんごめん、なかなか見つからなくってさ~」
「とか言いながら、ホントは……」
「あー!言わないでー!」
明日香は何か言いかけた友達の口を必死になって塞ぐ。それを見て、他のクラスの女子たち3人も楽しそうに笑っている。
「おい、カイ君、クラス有数の美女を連れてきてなんだ、その顔は。もっとドヤらんかい!」
「やぁ、優斗。来てたんだ」
明日香が誘った集団の中に同じ班の優斗も来ていた。
「来てたんだって、いちゃ悪いのかよ」
「いや、むしろ仲いいやつがいて安心したよ。俺以外、女子だけだと思ってたから」
「そーゆーことなら許す。にししっ」
そう言って、いつも通りの変な笑いを見せる優斗。
ヒューン……ドンッ!!!
「わぁ、きれいっ」
「ほんとだね~!」
「たーまや~!」
花火が始まった。去年見た家からの花火とは比べ物にならないくらい大きくて、比べ物にならないくらいうるさくて、そして、比べ物にならないくらいきれいだった。
「すごいな……」
無意識に僕の口からそんな言葉が出ていた。
「でしょ?」
まさか聞かれていたとは思わず、横を見ると同じように上を向いた明日香の横顔がそこにあった。
「独り言のつもりだったのにな」
「そうだったの? ねぇ、花火ってどうしてこう、人の気持ちを高ぶらせてくれるのかな」
明日香は上を向いたまま僕に問いかけてきた。
「なんでだろうね。一年に一回の特別なものだからかな」
「ふふっ、そうかもね。でも私は、花火って毒にも薬にもなるものだと思うんだよ。一人で見る花火はとても寂しい気持ちにさせるし、友達と見れたら楽しい思い出にもなる。そして、自分の大切な人と一緒に見られたら、もっと素敵な思い出になる。ね?花火ってそんな感じしない?」
明日香はそう言って、こっちを向いた。その顔に描かれた笑顔にはどこか切なさを含んだような感じがしたのは僕の気のせいだろうか。
「そうだね。自分の大切な人、か。確かに、去年妹と見た花火も、今こうして友達と見る花火も僕には素敵な思い出だよ」
「そういう意味じゃ、なくてね……」
「ん?」
「んーん。なんでもない」
明日香が何か言ったような気がしたが、花火の音がそれをかき消した。
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