学園スパイラル

神谷佑都

プロローグ

空を見上げてみる。この上ないというくらいに晴れ晴れとしていて、雲一つのない快晴だ。


 それに引き替え、俺の心の空は土砂降りかもしれない。実にあやふな表現だが、かなり微妙な心境であるのが理由だ。まあどちらかといえば、やはり憂鬱と言える。


 今まさに俺は、客船のデッキの上にいる。本州から離れ、ある島に向かうために。


 なぜ俺は憂鬱でいるのか、そもそも何故船で島に向かっているのか。


 その理由は昨日の出来事に遡る。




「……うそ、だろ」


 俺、榊雄一(さかきゆういち)は中学三年生だった。そして今は受験真っ只中。はもう過ぎていて、合格発表の張り出しに赴いたところだ。このご時世、郵送やネットが当たり前だが、そのまま入学に関わる書類が渡されるためだった。


「……ない」


 俺は必死に探した。だが、自分の受験票と、貼り出された番号の中をいくら見比べてもない。何処にありはしなかった。


 まわりには俺と同じように落ちたのもいるようだが、受かってバカ騒ぎするやつが大半だった。……くそっ。


「よぉ雄一。どうだったよ? 俺受かってたぜ」


 人の気分も知らず軽快な口ぶりで駆け寄って来たのは高橋だった。一緒に合格発表を見に来ていたぐらいなんだ。もちろん友人だ。……さっきまではな。


「……た」


 俺はその言葉をようやく口にすることで、現実だと認めざるを得なかった。


「え? 何だって?」


 バカ面を下げて、高橋が耳を近付ける。


「落ちたって言ってんだよ!」


 ちょうど、そこに首があった高橋にヘッドロックをかましてやった。キリキリと奴の首を締め付ける。


「待った、待った。ギブギブ……」


 適度に締めあげた後に放してやる。正直まだ物足りないが。


「……ケホ、ま、まぁ、これも運命というか、実力の差が現れたんだな。また次に頑張りたまえ。榊君。ハハハ」


やはり物足りない。再び絞めあげてやった。


「ぐあぁぁ……! ギブギブ……」


 残念だが高橋。今度は容赦なしだ。



 しかし高橋の言うような次は俺にはない。今年のチャンスは既に途絶えていた。

 たいていは念のために滑り止めを確保するだろうが、ついさっき見てきたのが、本来俺の滑り止めになるはずだったのだ。

 高校受験で失敗するなんてな……。



 早々に高橋と別れた後、家までの帰路の間は、憂鬱以外の何物でもなかった。親がいたら言いづらいなと仮定の話を想像する。


 俺の家に両親はいない。正確には母さんは俺が小さい頃事故で死んだと聞く。父さんは企業拡大のためとかで海外へ。度々生活費が送られてくるからまぁなんとか生きているだろう。何故か連絡は取れないが。


 だが問題はこれからどうするかだ。滑り止めまで落ちた俺は浪人ってことか? 高校受験でなんて笑い話にもならない。

 マジでどうしよう。ぐるぐると考えるが答えが見つかるわけもない。

 よっこらよっこらと、長い歩道橋の階段にさしかかり、肉体的にも負担が押し寄せていた。ゆっくりとした動きで何とか登りきる。あとは長い歩道橋のてっぺんと下りの階段だ。


 ふと、ポケットの中にあった携帯が鳴り出す。画面を見ると非通知だった。とりあえず出てみる。


「……もしもし」


 一体こんな時に誰だよ。明るく振る舞うことも忘れて無作法に出た俺は、すぐに電話を耳から離した。電話の向こうから、騒音かと思うくらいの馬鹿でかい音が響いたからだ。耳がキーンとなる。

 さらには、電話の向こうでは何やらテンション高い声が聞こえてきた。


「おめでとうございまーす。あなたはわが高校、青龍学園に合格しました」

「??」


 混乱した。さっきのクラッカーのような音で耳がイカレたんじゃないかと思う。何故なら俺はそんな高校は知らない。聞いたこともない。まして受験などしているはずがない。


「あの、何かの間違いじゃ……」


 俺がそう言うと、しばし沈黙があった。今度は向こうが混乱しているようだ。


「え~と、貴方は榊雄一さんですよね?」


 明らかにオッサンの声にも関わらず、ハイテンションの電話の相手は尋ねる。


「えぇ、まぁそうですが」


 確かに俺の名前には違いない。同姓同名の可能性もあるが。


「なら間違いありませんよ。改めて、おめでとうございまーす」


 再び電話の主はテンションをハイにしてきた。


「いやいや、でも俺は……」

「手続きは本校に直接来ていただかないといけないので。あ、あと来週までですからお気をつけてください。では失礼します」

「いや、だからちょっ…!?」


 それだけ言われて切られた。何なんだ一体。俺は受験した覚えはない。なのに合格している?

 んな馬鹿なことあるかよ。

 まさか、俺が受験したことを忘れているということか。いやいや、もっとあるわけないな。


 どう考えても向こうの手違いだ。無視するに限る。俺はさほど気にせず、そのまま歩道橋を下り始めた。

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