/11.

 こんな結末だ。

 そう言ってしまいたかった。声に出してしまいたかった。

 合奏は、いつも通り散々だった。上達しているのかどうかもわからない連中の音程は、私の音とは比べ物にならないくらい、狂っている。

 辿る結末すら、見え透いている。

 これでは、三文役者の不出来な芝居だ。去年だってこうなった。一昨年もこうだった。だから今年も変わらない。吹いて、練習して、本番やって、結果を聞いて、泣く。どうせその後、真白あたりがスピーチする。来年こそは金取れるように頑張ります、なんて。でもそれは去年、理沙も吐いていた科白だ。何も、変わらない。

 足部管をケースに収める。音楽室に取り残されたのは、私ひとりだけ。へこんだ学校の楽器と同列に扱いきれないから、どうしても片付けが長引いてしまう。

 理由がどうあれ、今になって私を排除したところで曲が成り立つとは思えない。楓もそれくらい理解している筈で、それならば恐らく、私は改心を求められているに違いなかった。

 力を込めて鍵を閉める。音楽室の戸は固くなっていて閉まりにくい。指が微かに痛んだ。

 職員室に鍵を返しに行った後、下駄箱の前の暗がりに、麻由がしゃがみ込んでいた。

「待ってた」あっけらかんと、麻由はそう明かした。「マコちゃんの音、ギラギラしてた。聴いてて怖くなるくらい」麻由はこの朝のことに触れなかった。

「ギラギラ……ギラギラ、っていうより、ガンガンさせてるイメージだけど」

 ギラギラだなんてあまり綺麗なイメージにはならない。それこそ、外の太陽はギラギラしているけれど。

「んー、そうなんか知らんけど。音にのってるみたいなあれよ、あれ。酔ってるって言ったら変な意味になるんかな」

 靴を履き替えながら、麻由は言った。言葉足らずな麻由では、その真意がよくわからない。けれど、悪意だけはなかった。

「ぶつけてるんだよ。だって私、上手くないから」

 言っても、麻由は笑わなかった。

「もう吹かない、もう弾けない。そんなわかりきったこと、無視できないから。だったら本気でやりたいだけ。それがあれ」

「何で」

「予感だよ、ただの。でも当たる。外したことないし」

「吹かないんだったら、どうしてあんな――」

 決められた位置は遠かった筈なのに、麻由の自転車がきっちりと私の隣に停められているのが見える。

「さあ。でも、どうせ私の音なんか、どうにもならないから。そうしたらさ、悔いなく吹きたい、弾きたいって思った。そうやって表現しなきゃいけないものが散々増えて溢れたから、ぶつけた。ひたすら勝手な理由だし、こんなの知ってもどうにもならない」

 それだけで伝えられたとは思わなかった。それだけで音にぶつかっているとは思っていなかった。わかったのかどうか、麻由は丸い目でじいっと私を見詰めた。

「後悔しないん」

「するよ。すると思う。でもさ、後悔できる頃には、私にもう惜しむべきものなんて残っちゃいない」

 自転車置き場から校門の方を見れば、馴染み深い姿があった。黒い私服姿。幻かと思ったけれど、どうも現実らしかった。

「陽ちゃんセンセ、心配してるって」

「そ」

「マコちゃん、戻っておいでよ」

 凡そ、私の思考は見透かされているようだった。麻由だからこそ、或いは警告かもしれなかった。悪態をついて返してやろうとは思わなかった。

「戻るって何」

「わかってるよね。もう、こっちに戻ってよ。戻っておいでよ」

 スタンドを蹴った。

「麻由たちのことは、わかんない。私には。どうして私がそっちにいられると思うのかも、そっちに戻るなんて発想も、私には理解できない」

「逃げないでよ、私も逃げんから。わかんないって逃げないでよ」

 自転車を押して駆けだした私に、麻由は着いてこなかった。

 頭と胸と、とにかく身体の奥に滲んでしまった何ものかが、私にその存在を主張している。思い直していき当たる、ほんの、氷山の一角に過ぎないそれをぶつける為には、不自由な言葉だけでは到底足りそうもなかった。だから音にぶつけている。

 けれど、それそのことを口にする勇気はついになかった。そも、そんな大袈裟な――恐らくは鼻で笑われるだけでは済まない醜態と火種に迫られた――動機を以て臨む中学生なんて、私の他にいる筈もないのだから。余計な頭は回さなくて良かった。ただ吹いていられれば満足で、同時に、私は満ち足りないようもないと理解していた。

 そんな奴は私ひとりで充分だった。

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