第40話 接続

 今後について話し合おうと、四人で腰を落ち着ける。って言っても、真っ暗な「地べた」に座るだけなんだけどさ。


「ここからは、ちと深刻な話になる。心して聞いてくれや」

「な、何……?」


 レニーの言葉に、思わず身を固くする。

 いったい、何を言われるんだろう。


「まず、今の状況だが……正直なところ、かなりやばい」

「えっ……」


 あの飄々としたレニーが、はっきり「やばい」って言うの、相当じゃない……?


「この空間と親和性の高い『呪い』を使う野郎がいてな。奴の都合のいい世界に作り替えられる可能性がある」


 マノンに取り憑いてた「誰か」のことかな。正義感は強そうだったけど、ちょっと考え方が過激みたいだし……それは確かにまずいかも……?


「ちっとばかし幼稚な野郎でな。感情の制御が下手っつうか、短絡的っつうか、何つうか……」

「そんで強いの、めちゃタチ悪くね?」

「その通り。ガキの怨霊ってのは厄介らしいしな」


 肩を竦めるレニー。

 サラッと言ってるけど、レニーも子供の霊じゃなかったっけ。……まあ、いっか。触らないでおこう。


「そうだ。キースは大丈夫なの?」


 レニーとは無事合流できたけど、キースの姿はさっきから見当たらない。

 彼は一度腕を切り落とされてたわけだし、責任感の強そうな性格だし、心配になる……。


「……ああ、安心しな。アイツはああ見えてしぶとい上にエゴイストだ。今頃エリザベスに愚痴でも漏らしてるだろうよ」

「そっか……。……マノンは?」

「そうさな。俺もそっちのが心配だ。ありゃ、生者が関わっていい領域を超えてやがる」


 マノンが真面目な性格だって言うのは、短い関わりの中でも何となく伝わった。

 真面目すぎて、理不尽を受け入れられなくて……その果てに「何者か」の手を取ってしまったんだろうって、推測できてしまうくらいには。


「……何とか、助け出せない?」


 レニーに聞くと、彼は渋い顔をしつつ、


「今のマノン自身が、それを望むと思うかい?」


 そう、答えた。

 押し黙るあたしに代わって、それまで黙っていたポールが口を開く。


「望んでると思うよ」


 穏やかな、それでいてはっきりとした主張だった。


「ぼくが思うに、彼女も救いを求めてるんじゃないかなって……」


 彼女「も」……ああ、そうか。

 救いの手を跳ね除け、破滅に縋る心の裏には……救いを求め、希望を欲する心がある。

 それこそ、コインの表と裏のように。……ヴァンサンとポールのように。


「……お前さんは、それを気にしてる場合かい?」


 と、レニーはたしなめるように語る。


「自分が消えるか消えないかの瀬戸際だってのは、理解してるはずだぜ」


 エメラルドグリーンの瞳が、鋭く光る。


「……レニー、怒ってんのか?」


 レオナルドの言葉に、レニーはチッと舌打ちをした。


「ああ。まあ、怒ってるよ。悔しいことに……隠しきれねぇくらいにはイラついてる」

「弟かもしれねぇもんな」


 感情をあらわにするレニーに対し、レオナルドが淡々と返す。

 レニー達双子とポールは血縁関係の可能性が高いし、レニーとポールの雰囲気が似ている以上、片親違いの兄弟(兄妹?)である可能性だって否定できない。

 考えてみれば、そうだよね。弟、もしくは妹かもしれない相手が目の前にいて、心も体もボロボロになっている、なんて……気にしないでいられるわけ、ないよね……。


「……自分を二つに裂いちまうくらいには、兄弟を欲してたんだろ……? 俺らは二人だったから地獄にも耐えられたが、ポールはどうだ? たった一人で苦しんで、生き延びても心は壊れたまんまで……。……なんで、見つけてやれなかったんだろうな」


 レオナルドとレニーには、生者と死者の垣根を感じさせないほどの絆があるって、私が見てもわかる。

 だけど……ポールはたった一人だった。たった一人で、痛みを分け合える存在を求めて……自分自身を、二つに引き裂いてしまった。


「耐えられてねーじゃん。耐えられたのは、オレだけだろ」


 レオナルドの言葉に、レニーはハッと目を見開いた。


「魂がどうとかは知らねぇけどよ、生きてんならどうにかなんだろ」

「……ああ、そうさな。魂が元気でも、身体が死んでちゃ……意味ねぇ、か。……てめぇのことは……一人に、しちまったんだったな……」


 レニーは苦しげに目を伏せ、声を震わせる。

 どれだけ普段は垣根を感じさせていなくても、垣根は確かに「ある」のだと、否が応にも気付かされてしまう。

 やっぱり彼らも、置いて逝った側と、置いて逝かれた側なんだ……


「だからよ、今更ってやつだろ。あんま気にすんな」


 それでも、レオナルドはあっけらかんと語り続ける。


「生きて帰ったらオレが可愛がってやるし、ここに残るんならレニーが可愛がる。それで良くね?」


 過酷な環境を生き抜いてきたからか、その口調にはどこか、頼りがいのありそうな雰囲気も……ん? あれ? なんかおかしくない? ポールがここに残るって話、出てたっけ……?


「……話聞いてたか? 帰るか残るかって問題じゃねぇんだよ」

「あれ? そうだっけか?」


 記憶力ぅ!!!

 頭を抱える私の横で、吹き出す声が聞こえた。


「あははっ」


 笑い声の方に顔を向けると、ポールが満面の笑みを浮かべていた。

 私が「信じるよ」と伝えた時のような、屈託のない、朗らかな笑み……。


「嬉しいなぁ。兄さんが二人も増えるなんて」


 レニーは冷静になりきれなかったし、レオナルドの発言はとぼけていたけど、二人の想いはポールに伝わったらしい。


「……生きたいなぁ」


 小刻みに震える指先を、そっと握る。

 隣にいる「ポール」は、死の世界に追いやられた過去の残滓でしかない。ヴァンサンは……いや、「現在のポール」は、全てに絶望し、死を望んでる。そんなこと、わかってる。わかってるけど……

 この気持ちだって、偽物じゃないはずだよね。


「野蛮な血で良かったら、いくらでも兄貴ぶってやるよ」

「え、野蛮……? 何のことだい?」

「……ま、『あっち』にも聞こえてるかは知らねぇがな」


 レニーはよっこいせ、と立ち上がり、座ったままのポールの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「よく頑張った」


 小さな手に撫でられ、ポールの目がきょとんと丸くなる。

 やがて、ライムグリーンの瞳から、ポロポロと涙が零れ落ちた。


「あれ、なんで、ぼく……」


 泣いているのがポールなのか、ヴァンサンなのか、……それとも両方なのか。私には分からない。

 もし、目に見えない深い深い傷を癒せたら、ヴァンサンぜつぼうの中に、ポールきぼうが帰って来れる可能性もある、のかな。


「……?」


 ……と、ポールは唐突にポケットから木彫りの人形を取り出し、まじまじと見つめる。……あれ、その子……いつの間に移動したんだろう。

 魂を持っているらしいし……自力でも移動できるとか?


「どうしたの?」

「いや……声をかけられたんだ」


 人形をじっと見つめたまま、ポールは私の問いかけに答える。


「……『我が友Mon ami』か。正直、そいつは謎が多すぎてな。信じてもいいもんか……」


 レニーが苦々しく呟き、ちら、とレオナルドに視線を向ける。


「大丈夫じゃね? カンだけど」


 レニーに視線で問いかけられ、レオナルドはしれっと答えた。


「……ま、てめぇのカンはよく当たるし、信じてみるか」


 頷くレニー。

 すると、カタカタと人形が小刻みに震え、ポールの手から飛び出した。空中にぷかりと浮かびながら、じっとこちらを見つめている……ような、気がする。


「ついて来て……だって」


 ポールが意図を伝えてくる。

 その言葉に従って、私達も闇の中を歩き始めた。


「……!」


 ……と、ポールの足が止まる。

 見開かれた目が見つめる方には、二枚の絵。


「この、絵は……」


 どちらも、眠る金髪の女性が描かれた絵。……どこかで見覚えがある。

 どくん、と、心臓が高鳴る。

 芸術に詳しくない私が見てもわかるほどの、情念のこもった筆致ひっち

 引きずり込まれそうなほどの気迫が、そこにはある。


「これ、まさか……」


 レニーの呆然とした声が聞こえる。

 宙に浮かんだ木彫りの人形が、吸い込まれるように絵の中へと入っていく。

 チカチカと視界が明滅する。暗闇が色付き、ホコリだらけのアトリエが私達の周囲に

 えっと……ここは……さっきの教会とか、警察署みたいな……感じの、場所……? なんだか、雰囲気が違う気もするけれど……


「久しぶりだね、モナミくん」


 部屋の中央、キャンバスの前に、亜麻色の髪の青年が座っていた。

 まだ白い部分の多いキャンバスには、女性の立ち姿らしき下書きが広がっている。


「カミーユ……?」


 ポールの呆然とした声が、寂れたアトリエに響く。

 くるりと、亜麻色の髪の青年が振り返る。深い蒼色の瞳が私達を見つめ、ぱちくりと瞬いた。

 うわ、すっごい美形……! 髪の毛もふわふわだし、こんなに絵に描いたような美青年って実在するんだ……!? ポールの記憶でも見た気がするけど、実際に目の前にいると美の圧? が違う……!


「えっ」


 ……と、亜麻色の髪の美青年は「いらっしゃい」や「迷い人の訪れかな」みたいに意味深なことを言うでもなく、間抜けな声を上げた。


「ポール!? えっ、なんでいるの!?」

「え、ええー……? それはこっちが聞きたいかなぁ」


 あれ。案外親しみやすそうな人……?

 なんて思ったのも束の間。私の隣にいるレオナルドを見て、美青年は露骨に嫌そうな顔をする。


「は? なんでレニーさんとバカまでいるわけ?」

「あ? テメーやんのかコラ」

「ホントにさ、すぐ暴力に訴えようとするの頭スッカスカって感じだよね。でも殺られるのは全然大歓迎かも……ボコボコに顔面へし折ってもイイし、肋骨と内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜてくれてもイイよ……!」

「レニー、やっぱこいつキモい」

「そうだな。ちっとも変わってねぇや」


 端正な顔立ちを朱色に染め、カミーユと呼ばれた青年はうっとりと両腕で自分をかき抱く。

 ……。もしかしてこの人、変態?

 レニーの言葉に、今度はポールが「えっ」と反応する。


「カミーユ、昔はこんなじゃなかったよ?」

「ポール、『こんな』って言うのやめよう? 地味に心に来るから」

「あっ、ごめん。……そ、そうだよね。ぼくが死んで10年経つんだから、カミーユの趣味嗜好が変わっていたっておかしくないか」

「えっ、君死んでたの!? しかも10年も前に!?」


 カミーユは再び目を見開き、素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる。

 ……どこから説明したらいいのかなぁ、これ……。

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