第24話 side: Robert

 レヴィくんから連絡が来て、オリーヴの恋人がポールだったと明かされた。

 それで、マノン・クラメールという女性について、まだ謎が多いとも伝えられる。情報が足りないとのことだけど……。


「そもそも……なんで来たんだろうな、その人」


 アン姉さんがぽつりとぼやく。


「……? ちょっとでも縁がありゃ呼ばれるんだろ? そんなら、話聞く限りはもう充分じゃねぇのか……?」


 ロッド義兄にいさんの疑問に、アン姉さんが冷静に答える。


「以前ならそうだけど……今は、よっぽどのことがなきゃ出入りできないんじゃないかな。……近くに扉があったとかならまだしも」


 穏やかに笑いつつ、姉さんはさらりととんでもないことを言う。

 その「扉」、姉さんの魂に紐づいてるんだってば……


「アン姉さん、それシャレにならないから!」

「まあ、シャレじゃないしな」

「笑いながら言うのやめようよ。心臓に悪いって」

「……? あ、俺……笑ってた?」


 姉さんの表情と言動が噛み合わないことは、まあ、たまにある。

 疲れてるのかもしれないし、休ませてあげようかな。


「アン」


 ……と、ロッド義兄さんが冷や汗をかきつつ、真面目な声で姉さんを呼ぶ。


「その『扉』ってよ……あの街に行って帰ってきた奴ら全員についてんのか?」

「……違うよ。俺がたまたまいいタイミングで死にかけて、たまたまいい場所にいて、こっちの世界と結びつけるのに使われたから……じゃなかったかな」


 だからそれ、さらっと言うことじゃないんだって。もうちょっと深刻なことなんだってば。


「……アン……」


 ロッド義兄さんが泣きそうな声を出し、アン姉さんは慰めるように頭をぽんぽんと撫でる。

 ……壊れたものは、簡単には直らない。それに、姉さんをのは、僕にも原因の一端がある。だからこそ、できる限りサポートしなきゃね。


「……待って。それ……確か、ブライアンが……自分の血筋と関係あるかもって……」


 と、思い当たることがあったので、口にしてみる。

 イヌカミだかイヌガミだか忘れたけど、カミーユさんとブライアンのお母さんの「血」に秘められた力が「敗者の街」や「迷い子の森」と呼ばれるあの空間を完成させた……んだった、はず。

 それで、マノンはカミーユさんと同じ大学に通っていた。

 彼女とカミーユさんの関係性がどこまで濃いかは分からないけれど、ブライアンと連絡を取れば何かが分かるかもしれない。


「もし必要があれば、俺がまた『あっち』へ行くけど」

「……! い、今は、大丈夫だと思う……」


 姉さんはまたしてもサラッと言うけど……どれだけ必要に迫られたとしたって、そんな危険なところに行かせたくない。

 それは、きっと、ロッド義兄さんも同じ気持ちだろう。

 義兄さんの方を横目で見ると、彼は難しい表情で腕を組んでいた。


「でも、仕方ないだろ。結構やばい事態みたいだし」


 姉さんは平然と語る。

 ロッド義兄さんは眉根を寄せつつも、ぽつぽつと語り始めた。


「本音を言うと……俺は、なるべく行かせたくねぇ。危険な思いも、苦しい思いもして欲しくねぇからな」


 姉さんの瞳が、静かに義兄さんを見つめる。

 想いを読み取ったように、義兄さんは小さく唇を噛んだ。


「でも……もし、もしも、だぜ。アンが望むってんなら……それで、状況的にその方法しかねぇってんなら……俺は、アンの意思を尊重する」

「……ありがとう、ロッド」


 ふわりとした微笑みが、本心から出てきたものだと、僕にも何となくわかる。

 以前、ロッド義兄さんから聞いていたことを、漠然と思い出す。


 そう。姉さんはそういう人なんだ。


 ほとんどの人間を嫌っていて、善性も可能性も信じられなくて……それでも、困って苦しんでいる人がいたら、放っておくことができない……。


「……僕、ブライアンと連絡を取ってみるね。義兄さんは姉さんのそばにいてあげて」

「おう、頼んだ」


 部屋を出て、スマートフォンを取り出す。

 溢れ出る涙を袖口そでぐちで拭って、メールアプリを起動した。


 行かないでよ。

 僕、まだ……「兄さん」がいなきゃダメなんだ。


 その言葉を飲み込んで、心の深いところにいる、幼い自分を必死でなだめる。

 僕だって、同じなんだ。困った人を見捨てたくない。

 ……もう、見なかったことになんて、したくない。


 子供じみた恐怖を噛み殺しながら、震える指で文字を打つ。


『ブライアン、突然ごめんね。

 マノン・クラメールって人を知ってる? カミーユさんの知り合いらしいんだけど……』


 送信して、大きく息をついた。すぐに着信音が聞こえて、返信が来たのかと画面を見る。


「……え?」


 着信音は、ブライアンからのメールが原因じゃなかった。ただ……見覚えのある文字列が、タイトルに並んでいる。

 ……「あるa certain罪人のsinner's記憶memory」と。

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