第17話 題名:2016年 夏 Part1
「メールとか噂に名前があったレヴィくんって人と接触したけど、何というか壁があって……俺はちょっと怖いなぁ」
そうロー兄さんが言っていたから、覚悟は決めていた。……でも、これは流石に予想外だった。
血のついたナイフを持ち、手についた赤色を眉をひそめて舐める。
その様子は、どこか魅惑的にも見えた。
固まっている僕を一瞥し、彼は眉をひそめた。
「死にたいのか?」
とても綺麗な人だと、場違いにも思った。
時は、30分ほど前にまで遡る。
もうキースを名乗る必要がないから、改めて自己紹介をしようと思う。僕の名前はロバート、一応歴史学者だ。
なぜキースって名前で小説家であるロッド兄さんの力を借り、ネットのオカルトサイトとかで発表したかと言うと、まあキースが見てたらいいなーって感覚があったから。
カミーユと情報交換をするようにはなったけど、彼はまだ慎重に僕らのことを見ているらしい。あとはレオってバカともよく話すけど、アイツと話をするのは疲れる。ジャンヌ・ダルクどころかナポレオン、モーツァルトすら知らない人がいたなんて……
とりあえず信頼を勝ち取ろうと会合を重ねたり、警察への取材を続ける日々。アドルフさんには怪奇現象の調査だと最初から言ってあるし、理由はまだよく分からないけど、あっさり許可が取れていた。
思ったより地道な行動の積み重ねで退屈していて……だからこそ、油断していたのかもしれない。
気づいた時には、背後に気配を感じていた。遠回りしようとするが、着いてくる。
逃げ出すタイミングはすっかり掴み損ねてしまっていた。どんどん距離が縮まり……やがて肩を叩かれる。
「いい格好してるなぁ兄ちゃん。ちょっと話があんだけど」
ニヤニヤ下卑た笑顔を浮かべるチンピラが2人。見たところそこそこ喧嘩慣れはしている。僕だって護身術くらいはしっかり習ったし、カツアゲなんて屁でもない……と思っていたから、彼らが突然切りつけてきたのに驚いた。
治安は想像より格段にマシだと思っていた。浮浪者も少ないし、ガラの悪い連中がやたら歩いてるわけでもない。
……だからこそ、油断していたのも確かだった。
「は?」
男のナイフが急に止まる。
赤毛の長髪を括った青年が、背後から片方の手首を無言で掴み、翡翠のような眼で見下ろしていた。
仲間の一人がすかさず切りつけるのを、自分の手が切れるのも構わず受け止めてから腹に拳を叩き込む。呻く男がナイフを落とす。すかさず白い手が拾いあげた途端、チンピラ2人ともが脱兎のごとく逃げ出した。
そして、冒頭に戻る。
「死にたいのか?」
「そんなに危険だと思ってなくて……」
「……見えにくい危険に気が緩んだ、か」
ぼそりと呟き、彼は僕をちらりと見る。スラリとした長身、少し厚めの胸板、整った顔立ち、鋭い棘のある視線……
カミーユが美青年なら、彼は美丈夫と言うべきかもしれない。
「名前は」
「えっと、ロバー」
「分かった。もういい」
誰かから聞いているとばかりに遮られた。後で聞いたところ、ロー兄さんが話を通していたらしい。
「俺はレヴィ。姓は……アダムズでいい。……ローランド様から話は聞いている。弟を守って欲しいとの願いに従った」
ツッコミどころは色々あるけど、ロー兄さんからの情報は大体あってたらしい。……予想とは違ったけど。
「俺のこと気に入ったか何かで、やれることはないかとか聞いてきてくれた。話し相手かな?ㅤって言ったらちょっと困った顔してて、その時からかっちり敬語なんだ……あ、楽しいけど!ㅤ変わった人だよ。様付けでたまに呼ばれたりして、騎士さんとかみたい」……
……騎士だとしたら黒い馬に乗ってそうなタイプだった。
「と、とりあえず助けてくれてありがとう」
「礼などいらん。俺が勝手にしたことだ」
「硬派だね。モテそう」
「……あまりそういう話は好きじゃない」
「そうなんだ。意外にピュアなのかな」
「……俺のことなどどうでもいいだろう」
そして、思ったより十倍は素っ気ない人だった。
***
電話をかけたが、繋がらない。
……家族の話はそこまでしたくない。その気持ちを汲んだかのような、ノイズが耳にこびりつく。逃げたい気持ちにまとわりつくようで、心地よかった。
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