第7話 噂
ぐつぐつと頭が茹だる。沸騰して蒸発して、ついでに焼け焦げて底にこびりつきそうな思考を中断するよう、聞き慣れたコール音が響く。
「……ロバートか?」
『兄さん、変なメモがあった! 変なメモになんか書いてた!』
「頼むから落ち着け。こっちまでテンパるだろ……。それ、後でメールで寄越せよ。いいな!」
……後でメールでも来ると思うが、ロバートは頼りにならねぇやつだ。混乱して忘れる可能性はある。聞き取ったのを書き留めてテーブルに置いておいた。
俺には、それしかできない。それくらいしか、できることがない。
『……ロッド兄さん』
「あ?」
『僕は、何かを変えられるかな?』
それでも、ロバートは確かに決心を固めていた。電話越しですら、震える声も隠せないくせに、……逃げ方を考えていた俺よりも強い覚悟を持って、「そこ」にいた。
***
ロバートが読み上げた文言を書き留め、テーブルの上に置いておいた。ぼんやりと眺めるが、なんの意味があるのやら、さっぱり分からねぇ。
「過去からは逃げられやしねぇ。
逃げたと思っても、後ろから食いついて来やがるもんだ。
なんでかって? そりゃあお前さん、自分の中にくっついてるもんから逃げられると思うかい?
業だの、罪だの、他人に裁かれるようなモンならどこまでも逃げりゃあいい。……てめぇの腹を食い破ったバケモンに食い殺されねぇ限り、どこまでも好きに生きやがれ。
なぁに、神様を恨む必要なんざこれっぽっちもねぇ。人生なんざ、生まれた時から大博打みてぇなもんさ。
ああ、それはそうと……お前さん、「自分が何者か」ちゃんと理解してるかい?
……キース・サリンジャー……。……それがお前さんの名前ってんなら、「有り得ねぇ」とだけは伝えておくぜ。じゃ、また会おうや」
だいたい、こんなことが書いてあった。
首を捻りつつ暗号文か何かを探してみても、よくわからない。……ただ、胸の奥がなぜかザワつく。
ピンと来ないまま、時間だけが過ぎ去っていく。……そんな時、惰性でクリックしていた更新ボタンが、新たな発言を読み込んだ。
1986年12月22日
トンチキな日付の後に、
「この街の噂? んなもん山ほどあるな。……あー、『悪人が出会っちゃいけない何か』か。
まあ、こんな街だし誰でも自分以外が何とかしてくれるってのは思いてぇだろ。だからこそ、余計に広まる。
悪いことしたら酷い目に遭うって、どこでも説話やら童話やらで使い古されてるネタだ。事実っちゃ事実だしな。
ま、人間生きてりゃ必ず悪いことするもんだしよ。してねぇって自分で言う奴ほど信用ならねぇ。……話逸れたけど、お前もその「何か」について知ってんなら情報交換と行こうじゃねぇか。どうだ?
『……僕は、「それ」が罰を与えてるつもりだって聞いた』
……ああ、そうかもな。いや、そう言われりゃ確かにそうだ。……なるほどな。
『君の情報は?』
っと、見かけに寄らずいい食いつきだな。いいぜ、教えてやる。「それ」は……
この街のどこかで、常に獲物を探してる。現れない場所はどこにもねぇ。
お前もせいぜい気を付けろよ。「自分は善人だ」なんて信じてる奴ほど……もれなく餌食になるぜ。」
……と、綴られている。
投稿日時についての疑問を書き込みつつ、手元のメモを見る。……文体……というか、口調? が、明らかに似ている。ほんの少し期待して、心当たりを聞いてみることにした。
……返信は、なかなか来ない。
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