第73話 そこまで!?

(何も思いつかない。俺は馬鹿か。無能か)


 王宮内の図書室に向かったももの、あたるべき資料すら思いつかずに書架の間をうろうろしているクロノス。

 そもそも、「人間とは少し違う種族」という説明だけでは、具体的にどう違うのかまでがわからないのだ。


(せめて出身地域とか……。もう少し情報がほしい。だいたい、生殖行動だって人間と同じなのか? 見た目は人間に近いとはいえ、身体の作りが違う可能性もあるよな。ルーク・シルヴァはクライスを恋人としているようだし、人間との交配もありなのか? 交配する気なのかあそこの二人は。いやこの場合交配っていう表現でいいのか)


 とりあえず「発情期」は、人間の場合、該当する時期というのはないような気がする。


(常に発情期みたいな人間はいるかもしれないけど……。まずは他の動物で「発情期」を調べればいいのか? 人間に近い生き物? いやだけど、発情期には生殖行動しますって書かれているだけじゃないのか? 稀に「性交後は雌が雄を食べて栄養にします」とかそういう生き物もいるかもしれないけど。いま知りたいのは違う)


 何冊か思いつく限り手に取り、ばらばらと目を通してはみたものの、すべてロイドに置き換えて考えてみたときに「……何か違う」と思わざるを得ない。


(そこまで人間とかけ離れている存在だとは思えない。イカロスと会話していたレティシアやルーク・シルヴァの言葉も……かなり洗練されたうつくしい響きを持つ言葉だった)


 結局のところ。

 まずは本人にどうしたいか確認するところからじゃないだろうか。

 ルーク・シルヴァの案は突拍子もなかったとはいえ、ロイド自身、まずは生殖したいのかしたくないのか。そこを確認してからではないと、相手を見つけるどころの話ではない。


「一度起こそう」


 クロノスは部屋に戻ることにして、何冊も抱えた本を棚に本を戻した。

 生き物としての観点から「魔族」の本も手にしてみたものの、結局読まないまま。人間はいまいち魔族には詳しくないし、見てもたいしたことは書いていないだろう、と。

 すれ違った者たちに不思議そうな目を向けられたものの、フォローをする気もなくヨロヨロしながら図書室を後にした。


(「発情」も文字ばかり見過ぎて、頭痛がする)


 * * *


「本当に申し訳ない。解決方法がまだ見つかっていません。とりあえず、今のうちに食べられるだけ食べて、体力をつけてください。眠りでやり過ごすにしても、食べたり飲んだりできなければ衰弱してしまいますよね」


 ソファに合わせたローテーブルの上に料理を何皿か運び込み、クロノスは暗い表情で言った。

 結界をとかれ、眠りから目を覚ましたロイドは、寝台の上で上半身を起こしたままぼんやりとしている。動きがないのを見て、やや距離を置いていたクロノスは気遣うように声をかけた。


「ロイドさん。気分はどうです?」

「あ……うん。とりあえず。殿下、食事は?」

「忘れていました。一緒にいいでしょうか。まだそんなに時間は経っていません。昼前です」


 そう言って寝台に背を向けて歩き出すも、ロイドが追いかけてくる気配はない。

 少し進んでから、クロノスは足を止めて振り返った。


「俺はあなたがたの生態がいまいち掴めていないんですけど。もしかして、発情期には生殖行動以外とらないという縛りはありますか? 食事は一切しないで、終わったら雄を頭からばりばり食べる、とか」

「頭からばりばり……雄を?」


 ロイドは顔を真っ赤に染めて、上掛けを掴んだまま固まってしまう。反応の意味がよくわからないまま、クロノスはさらに続けた。


「あなたがたの身体の作りは人間とそんなに変わらないんですか? つまり、性行為は類似か同じ。生殖行動は人間との間に可能ということでいいですか?」

「……はい……」


 俯きながら小声で答えるロイドに、クロノスは「なるほど」と言ってから顎に手をあてて考え込む。


(だとすると、ロイドさんが納得するなら、相手は人間でも問題ないのか。納得できる相手を見つけて、双方の合意をとれるかが焦点?)


「発情期の終了条件はどうなってますか。番を見つけて性行為をするのかなと考えていたんですけど。そうじゃなくて、適当な相手がいなければ、少し耐えていればおさまっちゃうとか。それならそれで慌てることもないかと」


 ものすごく言いづらそうに上掛けを指先でいじりつつ、ロイドはつっかえつっかえ小声で言った。


「私もよくわかってないけど、たぶん、性衝動がおさまるくらいのことはしないとだめかと……」

「今はどうなんですか? 先程よりは落ち着いています?」


 声があまりに小さかった為に、しぜんと歩み寄りながらクロノスは尋ねた。


「あの、全然……」

「変わらずやばいと。性的に」


 他意はなく。

 しいていえば、解決の為に少しでも情報を得なければという使命感や、何事も突き詰めようとする魔導士的な特性が作用したせいか、クロノスは未知の存在であるロイドに問い続けることになり。

 なんとか答えようとしていたロイドも、しまいに目に涙を浮かべてクロノスを睨みつけた。


「そんなに私を追い詰めてどうするの?」

「追い詰めていますか?」

「きょとんとしないで! そりゃ、ドン引きしないで解決方法考えてくれてるのはありがたいけど。もうそれ、言葉攻めだよね……っ」


 言葉攻め。

 きょとんとしないで、と言われていたので、可能な限り表情を変えないようにつとめつつ、クロノスは脳内でこれまでの会話をさらう。冷静に話そうとしていただけだが、何か気に障ったのだろうか。


「仮にも魔導士が二人いて、解決方法が何も思いつかないというのは悔しいので。少しムキになってはいたかもしれません。申し訳ない」

「謝ってほしいわけじゃなくて……」

「今までの話を整理した限り、発情期を終わらせるには性衝動をおさめる必要があり、なおかつロイドさんは人間と性行為が可能、と。ロイドさん自身のお考えはどうなんです。つまり、ふさわしい相手がいれば行為に及ぶのは問題ないと? そうであれば、相手をみつくろう必要が出て来るわけですが。とはいってもロイドさんにふさわしい相手というのはなかなか……。俗っぽい質問になりますけど、好みとかはありますか。何か」

「よくそういうことすらすら言えるね……」


 苛立ちを含んだ声で言われても、クロノスは特にひくつもりはない。


「ロイドさんの身体が辛いなら、なるべく早く眠りについていただきたいので。今のうちに確認できることはしたいな、と」

「うん。じゃあ、私の好みは殿下です、って言ったらどうするわけ……!?」


 ロイドの言葉にははっきりと怒りが沁みていたが、それでもクロノスは譲らなかった。


「確かに、俺が言っていることは気に障るかもしれませんけど。少しは検討してみてください。他に方法があればそれに越したことはないですけど。ルーク・シルヴァは『怪我でもすれば』なんて言い出すし。さすがにそういうわけには」

「殿下。難しく考えないで。私いますごく簡単なこと言ったつもり。『相手を見つけなきゃいけないなら、殿下がいい』って私が言ったらどうするの、って」


 座ったままの体勢で、拗ねたような目で見上げてくるロイドに対し、クロノスは何を言われたか考えてみる。しかし、検討するまでもない、と即座に切り捨てた。


「真面目に話しましょう」

「真面目に話してる。殿下、ちょっとこっちに来て。ここに座って」


 ロイドが自分のそばを手で示す。

 意図がわからないまま、クロノスは歩み寄ると腰を下ろした。

 ロイドは寝台の上に膝立ちになり、そのままクロノスの肩に両手をかけて力を込めてきた。


「ん?」


 なんの意味があるんだろう、と抵抗しなかったクロノスはそのまま押し倒されてしまうことになり。

 その上に、ロイドが馬乗りになった。


「発情してるって言ってるよね!?」

「疑ってなんかいませんが」

「気を逸らさせるならまだしも、さっきから質問ばっかりで、『そのこと』しか話してないでしょ!? 勘弁してよ。どう責任とるつもりなのっ」

「責任」

「つべこべ言ってないでひと思いに抱いてって言ってるの!!」

 

 ついには涙をこぼしながら、ロイドはクロノスの胸に飛び込んだ。

 何が起きているのか理解できずに、クロノスはぼやっとしてしまう。

 柔らかな身体がすがりついてきて、甘い匂いが鼻腔をくすぐり、無意識のうちに腕を回してロイドを抱き寄せそうになり。

 そんな自分に驚いてがばっと起き上がった。


「俺!?」

「遅いわ!!」


 離すまいとするかのように、ロイドがきつくしがみついてくる。


「俺がロイドさんを抱くんですか!? つまり性行為を、性衝動がおさまるまで? それ、最終目的は妊娠ということでよろしいですか」

「殿下、みもふたもない……。そうだけど」

「ということは、ロイドさんが俺の子どもを生むってことですか? 俺が父親!?」


 今さらながらに事態への理解が加速しているらしいクロノスに、顔を上げたロイドがやや呆れた様子で呟いた。


「ずいぶん先のことまで一瞬で考えたよね、いま……」

「妊娠を主目的として性行為をするってそういうことですよね。は~……俺が父親か。前世はそういうこと考える余地もない人生だったし、びっくりしました……。父親になる心の準備が」

「(笑)」

「ロイドさん、笑いごとじゃないですよ。これ、衝動でどうって話じゃないですよね。辛いのはわかりましたけど、もっと慎重に検討しましょう。お腹の子の父親は俺でいいんですか?」


 ぺたん、とロイドはクロノスの胸に頬を押し付けた。


「もうやだ……。殿下が何言ってんのかわかんない。お腹にはまだなんにもいないよ」

「処女だというのは聞き及んでいます」


 生真面目な口調で返されて、ロイドは「どう聞き及んだんだよ」と忌々し気に言いながら、クロノスの首に両腕をまわした。


「頼むからしゃべんないで。黙ってこのまま『性行為』してよ。人助けだと思ってさ」


 

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