第25話 恋愛弱者の会。

 王宮のはずれ。

 ほとんど誰からも忘れ去られたかのように、昼日中でも人の気配もない居住区域のとある部屋に、アンジェラは意を決して足を向けた。


(甘いものは好きって言ってた。今度は別のお店に誘おう)


 べつに、多くを望んでいるわけじゃない。

 アンジェラが灰色の魔導士を以前一度誘ったときは、親切にされたお礼だった。

 よもや素顔があんな人とは、知らなかったのだ。


 はからずも彼の秘密を知ってしまった現在。それをたてに、どうこうしようという気もない。

 またのんびりと、甘いものを食べながら話をしたいだけ。

 フードを目深にかぶって世捨て人のようにしている彼は、少々口が悪い。それでいて毒が強すぎず、話していて心地よい好人物だった。

 決して超絶美形の素顔が目的ではないのだ。


(あれは予想外過ぎて、ひいたなぁ……)


 せっかく好感を持てる男性に出会ったのに。

 どう見ても、住む世界が違い過ぎる人だった。

 顔の好みがないわけではないけれど、あそこまでじゃなくて全然良いのに、と思わずにはいられない。しかも本来王宮側が認識しているであろう能力より、ずっと高位の魔導士らしい。出世に程遠いのは構わないけど、事情があって能力を隠しているだけというは──

 本来は引く手あまたで、この王宮以外のどこへでも行けるひとなのだ。


(全然手が届かない人で、あんな偶然でもなければ、話すことなんか一生ない人だったんだ)


 考えれば考えるほど、深入りするのはやめないと、と思う。

 だが、せっかく仲が良くなったのだし、今後も話しかけるのは構わないというし、一緒に甘いものを食べるのくらいいいのではないか、とも考えてしまう。

 もちろん、それ以上のことは望んでいない。


 * * *


 アンジェラは、散々自分に言い訳をしつつ、その場まで足を運んだ。

 しかしいざとなると、勇気が出ない。

 部屋を訪ねることもできずにしばらく行ったり来たりを繰り返している。

 人気がないとはいえ、誰かに見られたら不審この上ない。


(偶然会うことなんかあるわけがないよね。今日はもう引き返そう)


「何してるんだ、アンジェラ」


 涼しく硬質な声に名前を呼ばれて、アンジェラは飛び上がった。


「リュートさん!?」

「探し物でも? 何か失くしたというなら、手伝うぞ」

「そういうわけではないんですけど! リュートさんいるかな、と思いまして!」

「俺? 何か?」


 今は目深くフードをかぶっているので、顔はよく見えないが、声の響きがもう心地よすぎる。

 

(あの人が喋っている……。何もかも知る前に戻って、閑職の灰色魔導士さんと思ってお友達付き合いをするのは、無理かも)


 でも、せっかく会えたのだから、言いたいことは言ってしまおう、と腹をくくる。


「また今度、城下のお店に行きませんか?」


 一瞬だけ間があったが、「行かない」という返答があった。

 まったく予想をしていなかったわけではない。だが、落ち込んだら落ち込んだままになりそうだったので、すぐに食いついた。


「時間も、好みも合わせます」

「そういうことじゃなくて。俺は全然やましい行為とは考えなかったが、俺の恋人が気にするようだ。同僚と食事なら食堂くらいにしておいてくれと。城下で話題の可愛いお店に行かれるのは気になると言われた。俺はどうもその辺の配慮が足りないようだ」


(恋人。いるよね、うん)


 灰色魔導士を誘ったときは、本当になんの下心もなかった。

 今回は、なかったとは言い切れないけれど、素顔を知った後だけに、当然こういった展開もあると覚悟していた。

 しいていえば。


「本当にただの興味関心でぶしつけな質問なんですけど、恋人ってどんな方ですか? 私、リュートさんの人外の美貌とお付き合いできる方って、想像もできなくて……」

「人外」

「けなしているわけではありません。むしろ、神って意味で言ってます!」

「神」


 ふむ、とリュートが考え込んだ。


(なんで!? その年齢まで生きてきたら、そのくらいの自覚あるのでは!? ちょっと普通じゃないですよ、あの顔!)


「俺の恋人は、あんまりこの顔は気にしてないような気がするんだよな……。好きだとは言ってるけど、あいつ自身の好みは可愛い系なんじゃないだろうか。なんていうか、可愛いものが好きだし」


 妙なことを言っている。


「可愛い系が好みの恋人……、お可愛らしい方なんですか?」

「ああ、うん、可愛いのかな。あいつの顔は、あんまり気にしたことがない。割と好みだけど。性格はどうだろう。最近ちょっと病んでるかな。あれだな、『両想いになるまでは、好きになってもらおうと努力するけど、両想いになってからは嫌われないように行動してしまう』を地でいってる感じ。俺のケアが足りないんだとは思う。俺自身そんなに恋愛強者じゃないから、『他の女性と出かけると気になる』と、言われるまで気付かないというか。鈍いんだよなぁ」


 あ、そこまで言うのか、という内容をすらすらと白状するリュートを、アンジェラは呆然と見てしまった。

 聞いているうちにだんだん胸が苦しくなってきた。胃が痛いとも言う。


「お相手の方の不安はすごく真っ当だと思います。私だって、もしリュートさんのような方とお付き合いしたら、気まぐれじゃないかな? とか、本気なのかな? って毎日悩むと思います」

「毎日!? ……そういうものか。毎日悩んでるのかな、あいつ」

「リュートさん」


 見た目が良すぎるというのは、この人にとってそれほど歓迎すべき事態ではないのかもしれない。

 そのせいで、おそらく実際以上に女性が得意だと思われることもあるだろうし、恋人も不安にさせているのだろう。

 しかし不幸なことに、おそらく中身は結構普通の青年だ。

 それこそ、この話ぶりからすると、女性を手玉に取るつもりもなければ、恋人に対して不実というわけでもない。

 ただただ、本人が言う通り、鈍い。

 そして、この程度の鈍さならおそらく掃いて捨てるほどいる。しかしなまじ見た目の印象から、それこそ恋愛強者にしか見えないために、いらぬ誤解を招いている。


「私から、相手の方に何もやましいことはないと言っても、逆効果のような気がします。難しいですね」

「そうなんだよな。自分でも、考えすぎだとは思っているみたいなんだ。ただ、それでも止まらないらしい。結婚でもすれば落ち着くんだろうか」


(結婚! 本命なんだ)


 感心しつつも、アンジェラは周りの既婚者を思い浮かべた上で言わずにはいられなかった。


「結婚しても浮気をする人はいますからね。相手の方を安心させようと思うのなら、信頼関係がすべてですよ」

「俺は浮気はしない。他の人間には興味がないし」

「それ、本人に言ってます?」


 何気なく聞き返すと、リュートは考え込んでしまった。「人間に興味がない、まで言ってしまうと人外感が出てまずいのかな」と一人で呟いている。変な感想だとは思ったが、アンジェラは聞き流すことにした。


「とにかく。それはリュートさんの問題というより、相手の方の問題かもしれません。もう少し大人になるべきです」

「そうか。あいつまだ十七歳だったな」

「そんなに年下なんですか!? それじゃあ、気になりますよ……! 前言撤回します。大人の男として、リュートさんがもう少し気にしてあげた方が良いです。でも、あんまり大人の男ぶられても、埋められない年齢差経験差に、悪い想像をするかな。私ならする……」

 

 男は超絶美形だけど、恋愛弱者。

 浮気はしない。結婚も考えている。

 それに対し、ひたすら不安になっている年下の恋人。


(頑張ってって言いたいけど、私も人にアドバイスできるほど恋愛強者じゃない……!)


「とりあえず、相手とは距離をおくことになったから。その期間に、お互い少し落ち着くかな」

「えええ、なぜそんな不安定な時期に距離を!?」

「相手が出張で。物理的な距離が」

「リュートさん魔法使いじゃないですか! 千里くらいぱぱっと駆けられるのでは!? 顔を見るだけでもいいですから、時間を作って会いに行くべきですよ!!」

「ぱぱっとはさすがに……。しかし、そうだな。俺が離れて寂しいように、あいつも寂しがってるかもしれない。たまには会いに行くか」

「絶対!! 行ってください!! それで、今言った通りのこと相手の方に言ってください!! お前がいないと寂しいんだって!!」


 息を切らすほど力説してしまった。

 灰色のフードに隠れて表情は見えないとはいえ、ぼやっと立ち尽くしていたリュートは「なるほどなぁ」と呟いた。


「じゃあ、今からちょっと行ってくるか」

「今から」


 相変わらず、宮廷魔導士の仕事は変則的だなとか、のんびりした割には情熱的だなとか。

 色々思うところはあったが。


「ありがとう。話して俺もすっきりした。意外と塞いでいたみたいだ。顔を見たいだけで邪魔しちゃ悪いかと。背中押してもらって良かった。会いに言っても、声はかけないかもしれないけど」

「何故」

「あいつ、修行中みたいだから」


 言うだけ言うと、リュートは軽く手を振って立ち去ってしまう。

 思い立ったら行動、という鮮やかさに少しだけ意表をつかれつつ。


(十七歳で、出張中で、修行中……? 確か最近そんな話題になったひとがいたけど……?)


 女性と見紛うほどの愛らしい顔立ちをした、赤毛の小柄な近衛騎士。

 一時期は第一王子に「男でもいいから王妃に」と求婚されていたという件で有名人の。

 用事は終わったので引き返しながら、アンジェラは胸の内で先の会話を反芻していた。


「偶然なのかな……?」 


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