第9話 膝に可愛いを受けて

「ああ、もうなんなの。可愛いすぎ。あの子が僕の彼女。最高。まさか来てくれるなんて。王子の前で愛してるって言ってくれるなんてカッコ良過ぎだよ……」


 近衛騎士隊の面々が冷かせども冷かせども、クライスは慌てたりムキになったりすることもなく、むしろぼうっとしてぐずぐずに溶けそうな顔で世迷言を言い続けていた。


「愛してる、までは言ってなかったような……?」


 普段の勝気なクライスからかけ離れた惚気っぷりに、困ったようにつっこみをくれる者もいるのだが、ほとんど聞いている様子もない。


「言ってたも同然だよ。キスしてくれるって……。想像だけでもう、僕……」


(いやもう十分おかしいから)


 その場にいた誰もが思ったし、中には声に出した者もいたがクライスには伝わっていなかった。


「それにしてもお前、彼女のことよっぽど好きなんだな。そこまでの相手がいるなんて、入団以来の親友のオレも気付かなかったぞ」


 他の者の試合が進む中、カインが呆れたような苦笑を浮かべつつ声をかける。


「うん。僕も正直、振り向いてもらえるなんて全然思ってなかったから。いくらアピールしても、結構そっけなくて。僕じゃだめなのかなって、何回も思って、でも諦めきれなくて。この間なんて、ほとんどだまし討ちだったのに、まさかお泊りまでしてくれるなんて思わなく」


 そこでクライスは再び顔から発火して、手で口元をおさえた。


「お前いま、ちょっとえげつないこと言わなかったか?」


 聞きとがめたカインが真っ当なことを言うも、クライスは「うん、わかってるけど」とひそやかな声で言って、顔を上げた。

 身長差の関係で、上目遣いで見上げるようになりつつ、潤んだ目でカインに訴える。


「どんな手を使ってでも、自分のものにしたかったんだ。彼女が本当に嫌なら、もちろんやめようと思っていたけど、いいよって言ってくれたから……」


 カインは他の者から隠すように、さりげなくクライスの肩を抱いて後ろを向いた。特に王子の目から隠す動きだった。

 クライス本人はまったく意識していないようだが、あまりにも無防備すぎて、男だとわかっていてさえ目の毒の可憐さを振りまいている。

 彼女が嫌ならやめる、というぎりぎりの理性が残っていたというクライスはさておき、嫌でもやめるつもりなくどんな手段でも使って彼をものにしようと公言している男がいる前で、そんな顔をしている場合かと。


「クライス、すこーし頭冷やしておいた方がいいぞ。のぼせあがった状態で勝ち抜けるほどオレら甘くないからな」


 カインが遠まわしに「しっかりしろ」と言い聞かせるが、それを耳にしたクライスは、花がほころぶようにふんわりと微笑んだ。


「何言ってんだよ。彼女が見ている前で僕がカッコ悪い負け方するわけがない。勝つよ」


 水色の瞳を炯々と光らせて、不敵さが面構えに戻る。


「あー……。うん。そうか。いきなり男の顔になったな、お前。なんていうか……すごいな彼女。いやしかし、あの美少女とお前がお泊りデートな……お泊り……そりゃ楽しかっただろうな」


 とても感慨深げに遠くを見て言うカインに対し、クライスは肩を抱かれたままにこにことして脇腹を小突いた。


「うん。幸せ過ぎて死ぬかと思った」

「わかる。オレもいま、想像だけで逝ってしまうところだった。お前と彼女か」

「うん? なに? お似合いだって。やだなー、わかってるってば」


 カインが何に思いを馳せたのかはまったく意識してないように、クライスはばしばしとカインの胸を掌で叩く。

 そのまま、機嫌良さそうにちょうどよくまわってきた自分の試合に出て行った。

 そしてものの数秒で対戦相手を沈めて帰ってきた。


「膝に可愛いを受けてもう兵士としてはだめなのかと思っていたら、戦うときはしっかり男の顔してやんの……」


 見物していたカインは独り言をもらす。

 それからトーナメント表で、クライスの先々の対戦相手を確認した。


(勝ち抜けばあたる、か)


 やがて自分の試合がまわってきたときに、試合直前、皆の注目を浴びる場で声を張り上げて言った。


「ルーナ殿! あなたの恋人殿は、愛しいあなたのキスの為にずいぶんとやる気を出しているようだが、悲しいかなここにいる騎士団の者たちは、勝っても名誉以外の報酬はないのが実情だ。そこであなたにお願いがある。キスは勝者のもの、としていただくのは可能だろうか。もしクライスが上り詰めればそれで良し。ただし、負けた場合は……」


 カインが言わんとするところを、ルーナは正確にくみ取ったらしかった。

 腕を組んでさしたる表情の変化もなく聞いていたが、ひとつ頷くと口を開いた。


「いいぜ。そのくらい焦らせた方がクライスも頑張りそうだし。もともと賞品として提示したのは俺だからな。俺が好きなのはクライスだけだが、クライスに勝った男がどうしても俺にキスされたいって言うならしてやるよ。望みのままに」


 この発言に、クライスは「好き……え。でも他の男にキスはだめ……っ」と動揺しまくり、赤くなったり青くなったりしていたが、騎士団の面々はおおいに盛り上がり、観客席もどよめいた。


「さっすが。彼女カッコ良すぎだろ」


 してやったカインは笑みをこぼしつつ試合に挑み、クライスもかくやという速さで同じく瞬殺を決めて勝ちをものにした。

 待機場所に戻ると、クライスがカインの胸倉に掴みかかった。


「何言ってんだよお前っ。好きって言葉引き出してくれたのはありがとうだけど、みんな目の色変えてんぞ。こんなギラギラした空気に彼女さらしたくないよ、僕」


 焦りまくったクライスの手首に手をかけて、胸元からはがしつつ、クライスは低い声で言った。


「アレクス王子の一言のせいで、あのままだとお前とまともに戦う気のある奴なんかいなかったぞ。それがどうだ、勝てばルーナ殿のキス、って書き換えられたおかげで全員殺気立ってやがる。良かったな、手加減されて勝ってもお前も浮かばれないだろ」


 悪びれもせずにすらっと言って、クライスのぐずぐずとした責めはきれいに封殺する。


「それは確かにそうだ。僕が勝てば問題ないわけだし」


 クライスも覚悟を決めたように、呟いた。


「それにしても……、彼女は本当に何者だ? あの若さで、あの動じなさただものじゃないだろ。お前、彼女しか眼中ないから気付いていなさそうだけど、」


 変なところで区切ったカインに、クライスは「なに?」と目をしばたく。


「さっきから彼女の横にアレクス王子が座ってるんだけど」

「!?」


 焦ったようにルーナに目を向けて、クライスは絶句してから、絞り出すように言った。


「うっそ、ほんとだ」

「お、しかもクロノス王子まで来たな」


 なんの気ないしにカインの口にした一言に、クライスはさらに色をなす。

 いつも通りの黒っぽい恰好をして、毛先を遊ばせた黒髪の男が、その場に現れるなりアレクス王子とは反対側からルーナの横に陣取った。

 ルーナはまったく気にした様子もなく、傲然と顔を上げているが、王子二人に挟まれた形になっているのを観客席の他の者たちがチラチラと気にして目を向けている。


「なんなんだよ……。クロノス王子まで、ほんっとに、なんなんだよ……!!」


 試合を見る気があるのかないのか、クロノスは足を組みつつ、身体ごとルーナに顔を向けて何か笑いながら話しかけている。まるで肩を抱くように椅子の背もたれに腕まで伸ばして。


「あ、だめだって。そんなことしたらルーナにさわっちゃう、だめだってば……!! やだ、ルーナ逃げてよそこに座ってちゃだめだって」

「落ち着け落ち着け、彼女は全然気にしてない。それよりお前、早く試合に行ってさっさと勝ってこい。ここまできたらもうそれしかない」


 情けないくらい取り乱したクライスの背を大きな掌でばしっと叩いて押し出して、カインが言う。急かされつつも、確かにそれしかないと速やかに了解したクライスは対戦の場まで走りこんだ。

 それを見送って、カインはトーナメント表を今一度確認する。


 順当に勝ち上がると、最終戦はカインvsクライスの運びであった。


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