第3話 策士のデート

 無茶苦茶見られた。

 面倒くさい。死にたい。


(そんなに簡単に死ねないけど。一応、元魔王だし)


 王宮内ですれ違う人全員に、クライスは愛想よく挨拶した。

 リュートはどれだけ探られても素性は明かさず、顔を逸らしたり「どうも」と軽く会釈する程度だったが、クライスがその辺全部補っていた。


「俺に社交性は求めるなよ。笑顔とか無理だからな」


 最初の数人に物珍し気な態度をとられて、早々と音を上げたリュートが釘を刺すと、クライスは笑み崩れて言ったのだ。


「全然いいよ。こんな人慣れしない美少女が僕にだけなついてるって、快感だから」

「なついてねーし」


 つないだ手に力をこめられても、もはや振り払う気力もない。


(一体こいつは俺をどうしたいんだよ……!)


 * * *


 城下に下りたら、ひたすら服や靴の試着三昧だった。

 どうしてそんなに詳しいんだと言いたくなるくらい、フリルやリボンといった装飾過剰な可愛い系の服屋ばかり、何軒も。


(俺に着せたい? 本当は自分がこういうの着たいってことか?)


 嬉々としてあれもこれもと選ぶ様を見て、勘繰りたくなる。

 クライスは身体は鍛えているが、筋肉隆々というわけではない。見られる仕事のせいか、姿勢は抜群に良い。

 瞳が大きく可憐な目元をしており、顔立ちの印象はとにかく甘やかだ。

 女装は、絶対似合う。


「そんなに僕に熱い視線向けてどうしたの。この顔、好きになっちゃった?」


 店員と楽しげに会話をしながら、買い込んだ服の清算をし、請求書にサインをし終えたクライスが視線を流してくる。

 唇には意味ありげな笑み。


「べつに。もとから結構好きだし、今さらなんとも思わない」


 つまらないこと聞くなよ、と。視線は断ち切って、背を向けて先に店を出る。

 採光窓が大きくとってあっても、店内は薄暗かったらしく外に出たら太陽が目に痛かった。手で目元をかばって辺りを見る。

 次はどこに行くつもりだろう、そんなことを考えていたら、真後ろから胸の前にほっそりとした腕をまわされて、ふわりと抱きしめられた。


「もとから結構好きって。それもう両想いだ」


 唇がかするほど近く耳元で言われて、リュートは容赦なく肘で背後のクライスを打つ。


「見た目の話だ。造形は嫌いじゃない。中身はどうかな。服、買い過ぎだし。あと何回俺に女装させる気なんだよ……」


 一回につき一着だとしても果てしない量を買われた気がする。


「僕はリュートのこと、中身含めて大好きだよ。あと何回も付き合ってくれるんだ。永遠に女の子でいて欲しい場合は毎日服を買えばいいのか」

「金が底を尽くぞ」


 しなやかに巻き付いている腕を力ずくで振り切り、先に歩く。

 追いかけてきて、すぐに手をつながれた。


(手馴れてる。気のせいでなければ)


 今まであまり私生活まで立ち入らないできたが、クライスはこの軽薄な見た目通りそれなりに遊んでいるのだろうか。男相手か女相手かはよくわからないが。どちらにせよ深い仲になったらまずいだろうし、そこは避けているはず。

 ちらっと横を見ると、同じタイミングで目を向けられて、目が合った。微笑まれた。


「なんだよ」

「可愛いなと思って」

「もう聞き飽きたよ。一生分聞いた」


 邪険にしているのに、機嫌良さそうにクライスは空を仰いだ。


「デートってすごいよね。一日中、女の子に可愛いって言ってて良いんだよ? こんなに楽しくて良いのかな。リュート、今日は本当にありがとう」


 嫌味の無い、すっきりとした笑顔を向けられる。

 裏は全然ないんだろうなと思わされる。心から楽しそうだ。

 自覚はあるけど、その顔と態度には弱い。負い目があるせいで。


(一回殺して、栄光に満ちていたはずの余生を根こそぎ奪ってるからな。こいつも俺を殺そうとしていたけど。俺は生き延びたわけだから。いまのこれは、罪滅ぼし──)


「楽しいなら何よりだよ。これだけ付き合わされて得るものがなかったら、お互い虚しい」

「リュート、ほんとに雰囲気壊そうとするよね。俺も楽しいよって言ってくれたら、僕はそれだけで天に昇っちゃうのに」


(お前が覚えていないだけで、実際、天に昇らせてる。物理攻撃で)


 話している内容はそんなものでも、周りからは仲良しカップルに見えているだろう。

 リュート自身は魔王オーラを消しまくっているものの、クライスが目立ちすぎる。

 王都でも高級店の並ぶ界隈で、王宮の関係者やクライスの知人にはもう何人か会っている。のみならず、近衛騎士のクライスは直接話したことがない相手にもそこそこ有名人のはず。

 先程から視線を感じている。


「さて、次は指輪を選ぼう。お店はもう決めてるんだ」

「破産するぞ」

「まだ大丈夫だよ。僕、こう見えて仕事が忙しくていままでお金全然使ってないから。リュート、信じていない顔してるけど本当だって。一回こういうデートしてみたかったんだ」


 手馴れてるな、と思ったのを読まれた気がした。そうではない、という否定。

 なんとも言えない気分で見返すと、困ったように笑ったクライスが、早口で言い募る。


「すっごく調べた。あ、ほんとはこういうこと言わない方が良いのかな。言っちゃった。でも、せっかくリュートと出かけるのに、カッコ悪いのは嫌だから」

「ふうん。いまのところ、俺が女だったら、ぐっと来てたかもしれないぞ」


(それにしてもお前、女をぐっとこさせて落とす方法磨いてるとかなんなの。俺は実験台か?)


 思ったことの半分は、言わないでおく。散財させたのは事実なので、少しは褒めておかねばと。

 クライスは目を逸らし、前方を見ながら付け足しのようにぼそっと言った。


「そんなわけで、実は今あんまり余裕はないんだ。何か気になるところあったら言ってね。僕より大人のリュートがリードしてくれても構わないし?」

「どうかな。食事代くらいは出す。店はお前が選んでいい」


 話しながらぶらぶらと歩いて、重厚なレンガ造りで洒落た店構えの宝石店についた。


「本気の結婚指輪を買いそうな店だ」


(ここまできて露店でおもちゃを買うつもりはないと思っていたが、普段使うものでもないしそんなに高いものはいらないんだが)


「何言ってんの。ここが今日のメインだよ。婚・約・指・輪! 王子を黙らせるような本気度の高いやつ選ばないと。なにせリュートは僕の婚約者なんだから」


 クライスはそら恐ろしいほどの厳粛な真顔で言い切って、リュートを引きずるようにしながら店内に足を踏み入れる。


「そういえば求婚に対する偽装だった」

「忘れないで欲しいんだけど。リュートが世捨て人なのは知ってるけど、僕にもう少し興味持って欲しいんだよね。これでもかなりアピールしてるんだし」


(すねられても。職場の男友達として考えれば、俺はかなりお前にだけ打ち解けていると思うぞ)


 * * *


「いらっしゃいませ」


 艶のある栗色の髪を束ねて、清潔感のある黒のシンプルなシャツとロングスカート姿の店員が近づいてくる。満面の笑み。


「指輪を探しています。彼女、すごく指細いんですけど、重くないのがいいかな」


 にこっとクライスが人好きのする笑みを浮かべて言う。


(普段使い前提みたいな言い方だ)


「いろいろありますから、まずはご覧になってください」


 正直、いまの少女姿のリュートを見たら「なんで子どもが?」と思わないんだろうかとも考えたが、店員はそこには特に引っかかった様子もない。むしろひどく楽しそうに聞いてきた。


「婚約指輪ですか? それとも結婚指輪ですか?」


 クライスが即答した。


「両方です」  

「は……!?」


 思わず握っていた手にぎゅっと力を込めて黙らせようとしたが、なおさら強く握り返された。身体を軽く傾けながら、クライスが耳元で囁いてきた。


「べつにおかしくないよね。婚約の先にあるのは結婚だよ。まさかただの偽装ですむと思ってた?」


(やられた……!)


 クライスがいずれ女とバレるのでは、とはリュートは他人事ながら危惧していた。

 それはおそらく、クライス自身も考えていたはずだ。

 バレた場合、王子との結婚はなおさら待ったなしになる可能性が高い。しかしその前に正真正銘の「女」と結婚してしまえば、男であることはそれ以上探られないはず。

 しかも、どこかの令嬢や女官相手では親戚づきあい諸々出て来るが、リュートは天涯孤独の身である。何より普段は男で「男」に興味もない以上、クライス相手に不用意な肉体的接触もない。それでいて魔法で正真正銘の「女」になれるので、下手な女装よりもはるか真実味がある。


「王子との結婚が嫌だからって、お前はそれでいいのか」


(一回俺と結婚したら、本当に結婚したくなったときにどうにもならないかもしれないんだぞ。そもそも性別を偽って生きている時点でその辺は覚悟がついてるのか? いやだからって)


 つんとした横顔をさらしたまま、クライスはやけにきっぱりと言い切った。


「僕は構わない。結婚するならリュートがいいんだ。王子も王妃も黙ってろって」


(王妃は一応、前世的な意味で縁のある相手だけど、気付いてないんだな)


 店員にすすめられるまま、応接セットのフカフカのソファに座り、商品を待つ。その間、妙におとなしくなってしまったクライスに、リュートも気安く声をかけづらい。

 結果的に、これまでのべたべたが嘘のように気まずい空気を漂わせた二人が出来上がってしまった。


「クライス……」


 耐え切れずに声をかけると、無言のままつないだ手にぎゅーっと力をこめられて、ああ、まだ手をつないでいたんだと気付く。

 声はかけたものの、顔は向けてこないし、どことなく怒ったような表情が気にかかり、リュートもそれ以上なんて言っていいかわからない。

 そのとき。


「クライス? クライスだよな? へぇ……女連れかよ。珍しいな」


 頭上から声と影が降ってきて、リュートは顔をあげた。

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