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2001年に田無市と保谷市が合併して誕生した西東京市は東京都の多摩地域東部に位置し、東を練馬区、北は埼玉県に隣接している。
スカイランドは西東京市発足以前、バブル景気に作られた遊園地だったがバブル崩壊後の景気悪化で客足は激減。
2001年に住所が西東京市となってからもスカイランドは営業を続けていたものの、経営不振で5年前の2004年に廃園を迎えた。
その後はある大手企業に落札されたが跡地利用が決まらないまま、客のいない遊園地は今なお大きな観覧車を目印にして西東京市に存在している。
午後3時50分、早河の車がスカイランドの中央口駐車場に停車した。目の前には巨大な車輪にカラフルなビー玉のようなゴンドラがついた観覧車がそびえている。
二度と回転しない観覧車のゴンドラは塗装が剥げて色も薄くなっていて、その光景が淋しさを煽っていた。
駐車場から入場口に続く階段を男達が連なって上がってくる。体格のいい五人の男が早河を取り囲んだ。
どちらともなく早河と男達が動き出す。早河は次々と振り下ろされる拳を避けて、自分の拳を相手の腹に撃ち込んだ。
早河の攻撃を受けた二人が呻き声を上げて階段を転がり落ちる。残りは三人。ひとりずつ急所を狙い、最後のひとりは下顎にパンチを入れて地面にねじ伏せてから階段を駆け降りる。
階段の下に転がり落ちた二人は気絶していた。
無人の中央入場口を抜けたタイミングで早河の携帯が鳴る。また非通知での着信だ。荒い呼吸を整えて通話ボタンを押した。
『もしもし』
{あの男達を一気に片付けちゃうなんて、さすがね}
早河と男達の乱闘を恵はどこかで見ていた口振りだ。
『悪趣味な歓迎をどうも。早いとこなぎさの居場所を教えてもらいたいものだな』
{総合事務所にいるわよ。早く見つけてあげてね、探偵さん}
早河は舌打ちして通話の切れた携帯電話をジャケットのポケットに押し込んだ。もう誰も見ることのない色褪せた園内案内図の看板で総合事務所の場所を確認する。
廃園になった遊園地は想像以上に寂れて荒んでいた。伸び放題になった木々や花壇の草や葉がアトラクションを覆い隠している。
誰かが侵入していた痕跡も見られた。まだ新しいファーストフードや菓子パンの包み紙、ペットボトルや空き缶が園内の小道に散乱している。
遊園地の定番の乗り物、バイキングの前を通り過ぎて荒れ地となった小道を進んだ。周囲に巡らされたジェットコースターの線路が早河を見下ろしている。
奇抜な色彩のアトラクションとは正反対の灰色の建物が見えてきた。建物の前面にはかつては受付だったことが窺えるカウンターがあり、プラスチックの札には総合事務所と書いてある。
周囲に人の気配はない。カウンター横の扉の銀色のノブを回す。拍子抜けするくらいにノブは簡単に回って早河を建物の中へ
短い廊下の奥にもう一枚扉がある。早河は用心深くその扉を開けた。
『……なぎさっ』
部屋の隅になぎさが座り込んでいる。彼女は伏せていた顔を上げた。
「所長……」
『ごめんな』
謝罪の言葉になぎさは無言でかぶりを振った。早河に会えた嬉しさと安堵、早河がここに来てしまったことへの絶望と恐怖。様々な感情が押し寄せて涙となってなぎさの頬を流れる。
早河はなぎさの手と足を縛る紐を解いて彼女を抱き締めた。
彼女の体温と彼女の香り、彼の体温と彼の香り、好きで好きでたまらない、愛しい人。
「お兄ちゃんの婚約者の恵さんが……」
『わかってる。桐原恵はケルベロスと手を組んでいる』
「ケルベロスってカオスの? じゃあ恵さんはカオスの人間なんですか?」
『詳しい話は後だ。ここから出るぞ』
なぎさの身体を支えて立ち上がらせる。手を繋いで二人は廊下に出た。外に通じる扉を開けた早河となぎさを待ち構えていたのは予想通りの光景。
総合事務所の前には先ほど早河を襲ってきた男達の倍の人数の男が待っていた。
『ま、そんな簡単には逃がしてくれないよな。全部で何人いるんだ?』
「……20人くらいはいそうですね」
『20人ね。最近運動不足で体なまってるからちょうどいい人数だ』
彼は繋いでいたなぎさの手をジャケットのポケットに入れて彼女に耳打ちする。
『俺が合図したらゆっくり3秒カウントしてどこの出口でもいいからとにかく走れ。それからこの携帯で矢野に連絡しろ。近くで待機してるから』
「はい」
なぎさは早河のポケットの中の固い質感のそれを握る。
『行くぞ』
早河がなぎさの手を離した。それが合図となってなぎさも彼のポケットから携帯電話を引き抜き、1……2……3のカウント後に二人は同時に別々の方向に飛び出した。
二人の前には男達が立ちはだかる。なぎさの行く手を塞ぐ男達を早河が殴り付け、彼女はここから一番近い出口に向かって走り出す。
追いかけてくる男達を振り切って小道から伸びる階段を駆け降りる。陽はすでに傾き始めていて赤い太陽が見えた。
残してきた早河の身が気掛かりだが男達から逃げるので精一杯のなぎさには振り返ることも許されない。涙ぐむ目元を袖で拭い、早河の携帯を使って矢野に連絡をしようとした彼女は前方を見て足を止めた。
塗装が剥げたメリーゴーランドの前に桐原恵が立っていた。恵が持つ拳銃の銃口がなぎさに向けられる。
「恵さん……」
「ごめんね。せっかく早河さんと会えたのに……」
くたびれて頭を垂らした木馬の前で二人の女が向き合った。
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