3-9

 香澄が運ばれた病院は香澄の自宅近くの総合病院。早河は病院の艶のある廊下に立って集中治療室の扉を見つめた。


 手術を終えた香澄の容態は一時的には安定している。しかしまだ意識が戻らず危険な状態だ。

廊下のソファーには小料理屋の大将の宮崎と妻の明子が悲痛な表情で座っている。

香澄の血縁者にも連絡は行っているがここには現れない。今の香澄には小料理屋の宮崎夫妻が親代わりだ。


 廊下を歩いて来た上野恭一郎が早河に目で合図する。上野の意図を汲み取った早河は宮崎夫妻から離れて上野と廊下の隅に移動した。


『所轄から捜査状況を聞いてきた。現在、稲本香澄の自宅付近の聞き込みをしているが不審人物の目撃情報はないそうだ。凶器も見つかっていない。ホシが持ち去ったんだろう』


上野は壁に背をつけて手帳を広げた。


『女将が香澄を発見したのが16時過ぎ、医者の話だと病院に運ばれた時の出血量から見て刺されたのは15時から15時半と推定された』

『15時から15時半……』


早河がなぎさの自宅を訪れていた時間帯だ。早河は拳を壁に打ち付けた。


『今朝、俺は香澄と一緒にいたんです。一緒に朝飯食って……。香澄が狙われたのは俺のせいです。俺があいつに仕事を頼んだから』

『落ち着け。香澄のことは何かわかれば知らせてやる』

『……上野さん。香澄の件とは別にして、内密に動いてもらいたいことがあります』


 早河はなぎさと連絡が取れないこと、ケルベロスと思わしき人物と連れの女がなぎさの取材旅行先である京都について話していたことを上野に報告した。

早河の話を聞き終えた上野が険しい表情で腕を組む。


『なぎさちゃんの携帯はまだ繋がらないか?』

『さっきもかけてみましたが、まだ……。この後、なぎさの家に行ってみます。俺の取り越し苦労ならそれに越したことはありませんし』


取り越し苦労。そうあってほしいと早河も上野も願った。最悪のケースを想像したくはない。


 上野は早河よりも先に病院を出た。警視庁に向かう道すがら、彼の携帯には部下の小山真紀から何度も着信が入っている。


(小山に隠しておくのも潮時だな)


やれやれと思い、上野は携帯をスーツのポケットに押し込んだ。

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