2-4

 足早に路地裏を通過したケルベロスは待機していた黒塗りの乗用車に乗り込んだ。


『本家に向かいますか?』


 運転手が後部座席のケルベロスに尋ねる。本家とは犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖が港区に所有する邸宅を指す。

ケルベロスは自身の携帯電話を操作している。


『……いや、新宿駅に行ってくれ。そこで待ってる奴がいる』


 ケルベロスの指示通り車は新宿駅に向かい、新宿駅西口のロータリーで停車した。停車した車内で彼は相手が来るのを待つ。

数分後に後部座席の扉が開いてサラリーマン風の男が入ってきた。


堂々と後部座席に座る男を一瞥してケルベロスは鼻で笑う。


『今さら驚きもしねぇが、相変わらずの変装の腕前だな。人気俳優の黒崎来人がこんな新宿のど真ん中にいても冴えねぇサラリーマンに化けてりゃ誰も気付かない』

『冴えないとは失礼だな。周囲に溶け込んでいると言ってくれよ』


 ケルベロスの隣に並ぶのは整形したかのような別人の顔をしたカオスのファントム、黒崎来人。


『その顔は初めて見るな。新作か?』

『ああ。キングに入り用だからひとつ造ってくれと頼まれてね。これはそのついでに造ったもの』


黒崎は本物の皮膚と見間違うほど精巧な作りのマスクの表面を撫でた。彼は横目でケルベロスを捉える。


『それにしてもケルベロス、最近は随分と単独行動を楽しんでいるようだね』

『さぁ。何のことだか』

『僕はキングとクイーンに危害が及ばないのなら、君がキングに無断で何をしようと構わないけどね』

『お前が何を案じているかは知らんが、俺の行動原理はキングとクイーン、そしてカオスだ。俺があの方達とカオスに不利益になることをするかよ』


黒崎に向けて吐き捨てたケルベロスはシガレットケースから煙草を抜き取って咥えた。沈黙の空気にライターの金属音が響く。


『僕の認識では早河仁はキングの獲物……そうじゃないのかい?』

『キングの周りをうろちょろする目障りなネズミを狩ってるだけだ』

『……そう。余計な心配をしたようだね。だが気を付けろよ。あまり力を過信しているとそのうち足をすくわれる』

『ご忠告どうも。……なぁファントム』


 車から地面に長い足を下ろした黒崎をケルベロスが呼び止める。車外に出た黒崎は車内のケルベロスを見下ろした。


『クイーンの抱き心地はどうだった?』


ケルベロスと黒崎の間を紫煙が昇る。


『それは僕よりも君の方がよく知っているだろう?』


 黒崎は片目を細くして微笑み、車のドアを閉めた。黒崎の姿が消えると彼は舌打ちする。


『あの詐欺師役者め。とぼけやがって』


 半分ほど下げたスモークガラスの窓から黒崎が去った方向に視線をやる。冴えないサラリーマンに扮した黒崎来人の姿は夜の喧騒に溶け込んですっかり見えなくなっていた。


ケルベロスから吐き出された煙草の煙も車外へ流れて夜の街へと消えた。

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