泣かないで(後編)

(魔法で意識がないとか、正気ではないとか)


 二人がかりの攻撃を寸でのところでかわされたり、受け止められたりを繰り返しているうちに、エンデは確信を得た。


(これ、違うだろ)


 明らかに、エンデに対する攻撃は左から来ることが多い。

 右目が見えないのを想定した動き、模擬戦でロアルドが時折見せていたものだった。甘い。模擬戦の意味が無かった。本気で勝とうとするなら、弱点こそ突かねばならないはずなのに。

 もちろん、今のエンデは両目が開いているのでどちらも対処はできるのだが、ロアルドの中の葛藤する何かが、こんな動きをさせているのはもう間違いない。

 そして、今一つの確信。

 剣で弾き飛ばされながらも立ち上がるファリスに向かって、エンデは声を張り上げる。


「ファリス、わざわざ悲しみを拾いに行くな。『血と鋼』を愛した団長はお前を殺したくない!!」


 ファリスの横顔には『血と鋼』が息づいている。

 おそらく、『時』と大魔導士アリエスによって、『血と鋼』は今日死ぬだろう。それをロアルドは知っている。彼の息子を殺すことなどできるはずがない。


「拾うなと言われても……。エンデに先に拾われたくないんです」


 律儀に返されて、青みがかった黒瞳に見つめられて。

 エンデは首を振った。

 結局、魔法に頼った者も頼らなかった者も、殺したくない。殺し合いなんか嫌だ。それがわかっただけで十分だった。

 同時に、早く終わらせたいと切に願った。

 胸のあたりが引き攣れたように痛い。長引けば心臓が勝手に止まって死ぬ。オレ臆病なんだよ。

 エンデは微笑みを浮かべた。

 ロアルドの赤く染まった瞳に向かって、笑いかけた。

 頷きが、返った。


 ──ここだ。ここを狙え。

 ──了解、団長。


 間隙を突くように、エンデの剣がめざましい早さでロアルドに肉薄し、その胸を刺し貫いた。

 勝負は、本当にその一瞬。

 血飛沫を頬に受け、倒れ行く体を受け止めながら、エンデは瞑目した。


 * * *


「──泣いていいか?」


 顔を上げないまま、エンデが呟く。


「うん。胸を貸すよ」


 剣を収めて、素早く歩み寄ったファリスが答えた。

 エンデは、まったく動く様子がない。ファリスは剣の柄を握りしめたままの指を一本ずつはがし、手を引いて噴水の側まで導き、座らせた。

 そこでようやく、エンデは立ったままのファリスにすがるように腕を伸ばした。ファリスもまたエンデの頭を胸にうずめるように抱き寄せた。


「……お前さ。ほっそいよな」


 触れあったところから、エンデの震えが伝わってくる。ファリスは息を止めて空を仰ぎ、腕に力を込めてエンデを胸に深く抱き込んだ。


「父親がアレのせいなのか、鍛えてもそのへんはどうにもならなかったんだよな。って、痛い痛い」


 エンデがファリスの背に伸ばした腕にも力が込められて、骨がぎしぎしと鳴った。


「痛くしても良いって言わなかったっけ」

「なんでも良いけど。僕はエンデの好みとは違うと思っていたんだけどな」

「そんなことはない。一番可愛いのはエリスだけど。もっとオレを見て欲しい」


 なんか滅茶苦茶カッコ悪い本音がだだ漏れてるよね?

 追い打ちになりそうな一言は堪えつつ、暮れなずむ空を見上げたまま────ファリスは、結局言った。


「面倒くさい男。本人に言ってよ」


 口調は意地悪に。

 その心は、重責を引き受けた魔導士の元へと駆けつけねばと焦りながらも。

 ほんのひと時、ファリスは優しい手つきで、エンデの柔らかい髪を指で梳いていた。

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