第15話 (魔法書) ■■■■■■■■■■

【今日は街を歩きました。石畳で、坂が多く、道端には紅い花が咲いていて、建物はびっくりするくらいみんな白かったです。紺碧の空の下、とてもうつくしい街でした。日中は暑くて、夏のようでした。シトラスジュースが美味しかったです】


(書けない。文章が思いつかない)


 身体がぞわぞわする。魔力が目覚めようとしている? まさか。

 何かが喉元までこみ上げてきている。怖くて今すぐにでも髪をかきむしって泣き叫びたいほど。

 助けてほしい。誰よりも信頼する人に。

 自分がそれを望む相手は、伸ばした手を掴んでくれるのは。

 口が悪くて年齢詐欺で誰をも黙らせる美貌の大魔導士に他ならないはず。

 な の に。 

 ほんの数日しか共に過ごしていないはずなのに、今胸に浮かぶ面影は。


(嫌だ。怖い。助けて。助けて。わたしがおかしい。助けて。怖い)


 ペンを持つ手が震え、涙がこみあげてくる。

 歯を食いしばって、続きを書く。

 

【わたしの手には余るほど、多くのものを得ました。わたしはこの国を好きになりつつあります。

 わたしは一体、どこの誰なのでしょうか。とても混乱しています。何かすべきことがあったかもしれませんが、思い出せません。わたしは一体、誰で、何をするためにここにいるのでしょうか。思い出せないのは、思い出したくないのでしょうか】


 書くべきことは、きっともっと違う。

 エリスにはわからない。


(お師匠様に確認したい。でも、もしわたしがお師匠様を呼んでしまったら……。わたしが出来ないと言ったとき、お師匠様はあの方々をわたしの代わりに殺そうとするんだろうか)


 それなら、自分が作戦を遂行しているふりをして時間を稼ぐべきではないだろうか。

 いつまで?

 次の策を思いつくまで。


 エリスはその日書いた部分を、途中からペンで塗りつぶした。文字の判別ができなくなるように。


【今日は街を歩きました。石畳で、坂道が多く、道端には紅い花が咲いていて、建物はびっくりするくらいみんな白かったです。紺碧の空の下、とてもうつくしい街でした。日中は暑くて、夏のようでした。シトラスジュースが美味しかったです。


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