4-8

 隼人の自宅のあるマンションを出た寺沢莉央は徒歩で環状七号線に繋がる脇道に入った。

そこに待機させていた車とは別の車が停まっている。彼女は溜息の後にある人物の名を呼んだ。


「ケルベロス。そこで何をしているの?」


莉央に名指しされたケルベロスが闇の中から姿を見せる。


『クイーンの護衛です』

「監視じゃなくて?」

『俺は貴女が心配なだけです』

「心配? どうして?」


 莉央に見据えられたケルベロスは困った顔で肩を落とす。自信過剰で笑いながら殺戮を繰り返す彼がこのような弱々しい表情を見せるのは莉央の前だけだ。


『木村隼人……あの男は危険です』

「危険って、それをあなたが言わないでよ。あなたほど危険な男もいないわよ。ここで待たせていた車は?」

『下がらせました。俺が代わりに屋敷まで送ります』


彼が後部座席の扉を開いた。莉央はまだ一歩も動かず、ケルベロスの横顔をねめつける。


を放り出してもいいの?」

『少しくらい持ち場を離れていても問題ありません』


 ケルベロスは仕事を放り出して莉央を送迎するためだけにここまで来たのだ。困った男だ。

ここで押し問答をしても無駄だと悟った彼女は素直にケルベロスの車に乗った。


『浅丘美月も木村隼人もカオスに不利益をもたらす存在です。俺にはキングが何故、あのような普通の小娘に関わるのか不思議でなりません』

「わかってないのね。彼女が本当に普通の小娘ならキングは興味を持っていない」


 車は脇道をのろのろと進んで環七通り(環状七号線)に出た。道の両脇には住宅やビルが密集している。


『キングがクイーン以外の女に興味を抱くことに貴女は平気なんですか?』

「そうね……平気かな。キングの私への興味と浅丘美月への興味は種類が違うから。私にはわかるの。要らぬ心配よ」


ケルベロスの車は環七通りを走行して大森方面に向かっている。貴嶋の屋敷がある港区とは明らかに反対方向だ。


「送ってくれるんじゃなかったの?」

『申し訳ありません』

「あなたも馬鹿な人ね……」


ケルベロスが待っていた時点でこうなることは予想はついた。今さら小言を言っても仕方ない。

今夜は貴嶋も所要で屋敷を留守にしている。彼の帰宅時間は明け方の予定だ。貴嶋の帰宅までに屋敷に戻っていれば問題ない。


 車は環七通りを逸れ、国道15号の第一京浜に入った。そこから産業道路に入り、やがてゴルフ練習場の駐車場に滑り込んだ。

ナイター営業中のゴルフ場の駐車場には何台か車が停まっていた。ケルベロスの車は駐車場の最奥で停車する。


「ゴルフなんかしないくせに、よくこんな場所を知っているのね」

『都内の施設の位置は大半は頭に入っています』

「やましいことができる場所、の間違いじゃない?」


 バックミラー越しにケルベロスと莉央の視線が交わる。彼は運転席から降りて莉央のいる後部座席に乗り込んだ。


 隣にいる莉央を引き寄せてキスをした。何度も唇を重ねて、擦り合わせ、舐めて、絡ませ、吸った。

ケルベロスの手が莉央の羽織るデニムジャケットを肩から外し、背中に手を回してワンピースの後ろのファスナーを下ろした。


下着越しに現れた華奢なデコルテと豊かな胸の膨らみがケルベロスの欲情を煽る。

さらに下着をずらして生身となった乳房の谷間に彼は顔を埋めた。芳しいローズの香りが身体中から香っている。莉央の香りだ。


 莉央は何も言わない。抵抗もしない。ただ胸元にいるケルベロスの黒々とした短髪に手を差し入れ撫でてやる。

莉央の胸の膨らみに頬擦りしていた彼は陶酔の眼差しで彼女を見上げた。莉央を見ながら彼女の胸の突起に無我夢中で吸い付く彼は乳飲み子の赤子同然だ。


 ケルベロスは幸せだった。もし近い未来に莉央が子を宿し、母になったのならば口に含んでいるここから母乳が溢れ出てくる。

母乳は母親の血液から作られるそうだ。彼女の血も汗も体液も余すことなく一滴残らず飲み干したい。

今でも豊かなこの胸は張り裂けそうなほど膨らみ、そこから溢れる白い液体。

想像するとそれは男のモノと似通った光景だった。


 莉央の胸から下へ、ケルベロスは移動する。長身の身体を窮屈そうに折り曲げて後部座席のシートの下に膝まずいた彼は莉央の右足を持ち上げた。

彼女の粘膜と同じ色をしたパンプスを丁寧に脱がせ、ストッキングで覆われた彼女の右足の甲に口付けした。次は右足の爪先にキスをする。


足の甲へのキスは隷属れいぞく、爪先へのキスには崇拝の意味がある。ケルベロスが女の足に口付けするのは後にも先にも莉央しかいない。


ケルベロスの手でストッキングは剥がされて、ストッキングよりも一段と色の白い脚はつるりと滑らかな肌触り。足先から脚の付け根を目指して、順に莉央の肌に舌を這わせるケルベロスのスラックスの内側は雄々しさを増していた。


 やがて到達した脚の付け根のさらなる先へ、彼は迷いなく進む。今夜の莉央のショーツは彼女の白肌に映える深紅のレース素材。

他の女が相手ならショーツの色や素材などろくに見ずに脱がせてしまうが、莉央に関しては下着さえもケルベロスを悦ばせる材料だった。


 ケルベロスが貴嶋を裏切ったのは3年前に莉央がアメリカから帰国した直後。

最初は莉央に激しく拒まれたことを覚えている。拒まれても彼の煩悩は抑えきれず、諦めた顔の莉央を見下ろして射精した時の快感は格別だった。


 貴嶋の知ることとなれば確実に殺される。その恐怖と背徳感ですら快楽を増長させる材料だった。

無理やり我が物にしたあの日から……いや、初めて莉央と出会ったあの時からケルベロスの心は莉央に囚われ、服従している。


 ――月明かりに照らされた車体が数分間、妖しく揺れていた。

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