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6月16日(Tue)午後2時


 小雨の空にかすかに夏の匂いを感じる午後。ここは静岡県の海沿いの町。

白い傘を差して海沿いの遊歩道を歩く浅丘美月の隣にはハーネスをつけた白猫がいる。美月に寄り添って歩く猫は彼女を守る小さなボディガードのようだ。


 彼女達の後ろを間隔を空けて尾けている男がいた。男は懐にナイフを隠し持ち、ゆっくりと美月に忍び寄る。

相手は華奢な女と猫一匹。あの白い身体にナイフを突き立てれば一瞬で終わる楽な仕事だ。


“最終的に殺るなら女に何をしてもいい”との指示だ。ナイフで脅して連れ去って女の身体を楽しんでからあの世に送ってやろうか。そうだ、それがいい。


『うぐっ……』

『静かにしろ』


 不埒な計画を立てる男の背中は隙だらけだった。男は背後から羽交い締めにされ、拘束されたまま見知らぬ車に押し込まれる。

後部座席でもがく男の頭部に拳銃を突きつけたのは佐藤瞬だ。


『なんだお前……』

『殺されたくなければあの子に手を出すな。スネークの命令だろうが、その命令は聞かない方が身のためだ。あの子を殺せばキングがお前を殺しに来るぞ』

『キング……』


男はカオスのトップの名に震え上がった。

組織に所属する者ならば知らない者はいない絶対的な支配者。キングに逆らえば命はない。


『俺はあの女を殺れって頼まれただけで……あ、あの女、まさかキングの女……?』

『その少ない脳ミソでよく考えてみろ。スネークの命令かキングの命令か。組織で生き残りたいのなら、どちらの命令に従うのが得策かわかるだろう?』


男に銃を突きつけた状態で佐藤は男の手に封筒を握らせた。男は震える手で封筒の中を確認する。中身は札束だ。


『あんたキングの側近?』

『お前が知る必要はない。二度とあの子に手を出すな。次は殺す』


 佐藤の威嚇に怯えた男は舌打ちをして車から飛び出した。走り去る男を一瞥して佐藤は運転席に腰を降ろす。

雨に濡れた髪を撫で付け、シートにもたれた。助手席の窓越しに遊歩道に立つ美月の白い傘が見える。


 道を挟んだ向こう側に愛しい彼女がいるのに姿を現すことも叶わない。声をかけることも、抱き締めてぬくもりを感じることもできない。

それでも此処に来てしまった。

美月を守るために。美月に一目会うために。


 開けた窓から潮の香りのする風が入り込む。懐かしい香りだ。

白い傘が道の向こうで揺れていた。美月が猫とじゃれ合っている。彼女の服装や顔立ちが大人びたように思えたことに3年の月日を感じた。

来月、美月は20歳の誕生日を迎える。大人に近付くのも当然だ。


 エンジンをかけてハンドルを握った。これから東京に戻ってまだやらなければならない仕事が残っている。

佐藤は車を発進させた。


        *


「リン、どうしたの?」


 赤いチェック柄のハーネスをつけた白猫のリンは立ち止まって道の反対側を見ていた。美月がリンの視線の先を追うと、反対車線にいる黒の乗用車が遠ざかって行くところだった。


「あの車が気になるの?」


美月の問いかけにリンは彼女を見上げて短く鳴いた。リンが気にしていた車はすでに走り去って見えなくなっている。


「リンはたまに何か感じてるよね。猫の勘?」


 美月がリンの頭を撫でてやると、リンのビー玉みたいな丸い目は細くなり、今度は甘えた声で美月にすり寄った。

大好きな主がかつて恋い焦がれた男の存在をリンだけが、感じ取っていた。

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