3-9

6月13日(Sat)午後10時


 ここは犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖が所有する港区の邸宅。厳かな雰囲気の広間にはアンティーク調の大きなソファーセットがある。

そのソファーに二人の男が向かい合って座っていた。ひとりは長身で大柄、もうひとりは眼鏡の男。眼鏡の男の前にはノートパソコンがある。


『お前の部下のスネークだっけ? 許可なく組織の名前出して好き勝手やってるわりに後始末は穴だらけだな。女の日記まで潰さねぇと意味ねぇのに』


 大柄の男、ケルベロスはワインのグラスを傾けた。ここのところ忙しくてゆっくり酒を楽しむ暇もなかった彼にはアルコールが何よりの良薬だ。

対するスパイダーはワインはほどほどに、つまみとしたドライフルーツのレーズンを口に入れた。


『スネークも女の携帯のデータは破壊できてもアナログの日記があることには気付かなかったようだね』

『ハッカーのくせしてアナログな手帳を愛用するお前ならデジタルもアナログも抜かりなく証拠隠滅するだろうな』

『ハッカーだからこそ僕はデジタルを信用していない。目がデジタルにしか向かなくなれば終わるよ。今のスネークのように』


ケルベロスがフンと鼻息を漏らして笑った。


『スネークのパソコンをお前がハッキングしてることも奴は気付いちゃいないんだろ?』

『そう。だからスネークは自分が組織の情報を漏洩させた愚か者だと知らないのさ。こちらには全て筒抜け。せっかくハッキングのイロハを教え込んだのに簡単にセキュリティが破れたよ。スネークもまだまだだね』


 チョコレート色をした重厚な両開き扉が開いてこの邸宅の主、貴嶋佑聖が現れた。貴嶋は二人の男に物珍しげに視線をやる。


『ケルベロスとスパイダーか。珍しい組み合わせだね。私もワインをいただこうかな』

『はい。直ちにご用意します』


機敏な動きでケルベロスがグラスを用意し、貴嶋のグラスに血のように赤いワインを注いだ。

貴嶋は最も上座の位置に腰を降ろし、ワイングラスを手に取る。


『二人とも聞いてくれ。スネークの件は私も聞き及んでいるよ。莉央とも話し合った結果、この件は莉央に処理を一任することにした。彼女の好きにさせてやってくれ』

『かしこまりました』


 貴嶋の命令に二人の男は頷くが、ケルベロスの様子を見た貴嶋は薄く笑った。


『ケルベロス、不服そうだね。顔にそう書いてあるよ』

『とんでもありません。ただ、キングがクイーンを動かすのは珍しいと思いまして……』

『莉央が志願したことだ。私も面白そうだから莉央にやらせてみようと思う。どんなエンディングを迎えるのか……楽しみだね』


        *


 ケルベロスとスパイダーに要件を伝えた貴嶋は広間を出た。二階に繋がる階段の踊り場には嵌め殺しの大きな窓がある。

磨りガラスのような薄曇りの夜空に月が見えた。


『美しい月……か』


 月の名前を持つ少女のことを彼は考えていた。

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