扉 -宿運1-

Motoki

1


 白っぽい夜の空気。


 それを裂いて、孝亮こうすけのバイクは走っていた。




「なんか……いつもと違うな」


 いつもは騒がしい街。人通りの少なさも、湿った風も、異変を伝えようとしている。


「なあ、孝亮。飛ばしすぎじゃねぇか?」


 覗き込んだ腕時計は、十一時五十分を示す。


「なんだぁ? 僚紘ともひろ。運転が信用できねぇなら、俺のケツから降りてもらって構わねぇんだぜ」




 いつもの悪態。斜めに振り向く、左顎の古キズ。


 闇が、見え隠れする。




「だって、ほら。雨とか降ってきたぜ」


 月が怯え、細かい雨が行く手を遮る。


「だから! 何なんだよ。雨ぐらいで俺が事故るか!」


 未来のレーサーの強気な一言。一度の悪夢が、顔と心にキズを残した。……彼は、女を後ろに乗せない。


「でもこの先、『魔の十字路』があんぜ。あの、事故が絶えないって言う。特にこんな雨の日は……」


「うっせぇ。俺は事故らねぇ。絶対にな」




 孝亮の口癖。心のキズは、まだ癒えていない。




「でも、嫌な予感がすんだよなぁ、俺」


「そんなモン。俺が吹っ飛ばしてやんよ!」


 叫んだ孝亮が、さらにスピードを上げる。


「カカカッ、最高だろーが、僚紘!」


 寂しいストリート。エンジンの音だけが、高らかに響く。


「…あっ!」


 十字路の左折。短く上げた、孝亮の声。


「馬鹿! クソガキッ」


 耳に届いた舌打ちの音。後輪が、大きくブレた。


「僚紘!」


 ガクンと体が下がる。ドンッと、孝亮の手が俺の胸を押した。


 ゆっくり後ろへ流される。伸ばした手は、届かない。


 微かに振り向いた、左顎のキズ。


 影になって、顔が見えない。




 ……一瞬。




 一瞬が、俺と孝亮を引き裂いた。




 ザザザザザザザザッ……。




 バイクが、横倒しに転がる。


 左腕に、鋭い衝撃が走る。滑った体を、ガードレールが受け止めた。


 うっすらと開けた目に映る、こちらに這ってこようとする孝亮の姿。


「なに……孝亮。お前…血まみれ…じゃ…ん……」


 重い瞼を閉じ、闇に吸い込まれる。


 最期まで、見届けるべきだったのに。


 孝亮の後ろにいる存在。俺は、気付けなかったのだ。




 闇が……薄く、笑う。


 みちは途絶え、宿運しゅくうんの門が、開き始める。



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