第二十八話 タコパ


「やっぱりすっごい並んでるね〝タコパ〟」

「そうだな」

「けどそれだけの価値があるって事だよね〝タコパ〟」

「そうだな」

「やー、楽しみだなタコパ」

「そうだな」

「秋春くん、なんかテンション低くない?」


 上の空の返事を返していた俺へ下方から不満の声が。

 だがその顔がうざったくニヤけているのは容易に想像がついて……


「……あのさ、一つ聞きたいんだけど」

「何?」

「タコパって、この目の前のおどろおどろしい様相の建物を指していたりするのかな?」


 咲季は憎たらしくも可愛らしい仕草で小首を傾げて俺たちの前にそびえ立つ不気味な洋館を模した建物を上から下へと流し見た。


「うん」

「帰る」

「おおぅどうしたどうした落ち着きなされ」


 ほっほっほと漫画のの長老じみたゆったり口調でがしりと俺の腕を掴む咲季。

 完全に小馬鹿にした態度。俺はついに我慢の限界となって感情を噴火させた。


「何がタコパだ陽気な単語で隠しやがって!騙したなこの野郎!」

「騙してませんよぉ。タイムオブコープスパレード略してタコパですぅ」

「おかしいなと思ったんだよタコパってどんなアトラクションだよって思ったんだよ!お化け屋敷かよっ!!」


 ケバブを食べてすぐに咲季が行きたいと言った〝タコパ〟なるアトラクション。

 言い出した瞬間からなにか企んでいるような悪い顔をしていたが、案の定予感は的中した。


「………………く」

「笑ってんじゃねぇぶっ飛ばすぞ!」

「まあまあ、秋春くんは私が守ってあげるからー」


 腕を伸ばしてきて撫でてくる。

 男女逆だと情けない絵面である。


「ちなみにここは全国TOP5入りを果たしたお化け屋敷と有名みたいでーす♡」


 いえーい!とばんざいして喜ぶ咲季。

 いや全然これっぽっちも喜ぶ要素が無い。


「絶対帰る」


 俺は掴まれた腕を振り払って走り出そうとするが、瞬時に掴み直されてそれは失敗に終わった。なんという反射神経だ。


「ちょっと、こういう時はその場のノリを大事にするのが常識でしょ!だから普段ハブられてるんだぞー!」


 離すものかと必死の形相でザ・余計なお世話を口から垂れ流す馬鹿。


「そんな同調圧力を基盤とした社会滅びればいい!とにかく嫌だ!絶対嫌だ!」

「なんでよー!行こーよ大丈夫だよー!」

「絶対無理!泣く!ゲロ泣きする!」


 駄々をこねて喚き散らす男とそれを止める女という道端の親子プロレスを彷彿とさせるシーンに、周囲の視線が集まっていた。

 普段なら羞恥で体を小さくしているところだが、今は恥や外聞なんてどうでもいい。とにかくお化け屋敷に入るのだけは回避したかった。

 十数秒そうしていただろうか。


「……分かったよー」


 いじけたような声と共に突如として俺の腕をつかむ力が弱まった。

 何事かと後ろを振り返ると、


「あーあ、残念だなぁ」


 わざとらしく髪を指先でいじりながら落ち込む振りをしている咲季。


「でもアレよねー「恋人らしい事出来なくて悪い」って言ってたのにねー、今がそれを挽回するチャンスなのにねー」


 …………こいつ、俺の罪悪感を揺さぶろうって算段か。汚い手を使いやがる。


「あーあ、思い切り楽しみたいのになー。せっかくのデートが台無しだなー。悔いが残っちゃうなー」


 しかしそれは実際効果的だった。足が勝手に方向転換し、Uターン。


「この卑怯者が……」


 俺は眉根を寄せ、最大級の不機嫌顔で咲季の前に戻ってくる。


「やった一緒に入ってくれるんだね!秋春くん大好き!」


 咲季は眩しいくらいの笑顔で抱きついてきた。

 はたきたいこのウルトラ可愛こぶった顔。


「……仕方ないから今回だけだ。それと、一つだけ確認したいんだけど」

「え、何?」

「本当に守ってくれんだろうな」

「情けな」


 うるせぇ。

 つくづく人を苛つかせるのが上手いやつだった。



 #



「…………………………」

「………………秋春くん」

「…………………」

「歩きにくいんだけど」

「気にするな」

「いや、左腕完全にロックされて気にするなって方が無理ない?」

「お前が離れてしまわないようにこうやって捕まえといてるんだよ」

「なんかキザに言っちゃってますけど絵面完全に女子だからね今の秋春くん。めちゃくちゃ身を竦ませてますよ兄としての威厳皆無ですよー?」

「何言ってるんだ。この世に女の子はお前しかいないだろ」

「ダメだ何言ってるか分からないこいつ」

「絶対に俺から離れるんじゃないぞ」

「わぁ、人生で言われたいセリフTOP10入りしそうなセリフなのに一ミリもときめかない」


 ガタン!(何か物が倒れる音)


「ひっ!」

「ぷっ!くく……」


 助けて…………助けて………(女の囁く声)


「――――――――!!」

「お、そろそろ霊来るかな?秋春くん大丈夫ー?」

「し、し、しらん……か、カサゴッ!ウッカリカサゴだろ!?」

「どうしよう意思疎通が出来なくなってきた。とにかく先に……」


 GYAAAAAAAA!!(叫びながら追いかけてくる男)


「ひやあああああああああッッ!!おばっ!おばっ!」

「わっ!ちょ、引っ張んないでよっ!ふ、ふふふ」

「だっ!だって!おま、おば!おばッ!」


 ああああああああああ!!(天井からぶら下がる髪の長い女)


「いぎゃあああああああああああ!!?」

「わあ!きゃはははは!!」

「ヤダッ!ゴメンナサイッッ!ゴメンナサイッッ!!!」

「わーーーー!!あはははははは!!」



 …………………


 …………


 ……



 # #



「やー、サイコー!楽しかったぁ!」


 秋春にとって拷問でしかなかったアトラクションを無事に終え、出口付近のベンチ。咲季は満足そうに笑顔を浮かべて背伸びした。


「秋春くんはどーでしたかぁー?」


 そして隣に座る燃え尽きたボクサーのような姿勢の兄へニマニマと嫌らしい笑みで顔を覗き込む。

 が、


「オランダにはスケベニンゲンという街がある」


 兄は虚ろな顔で呟くだけだった。


「なんかどうでもいいマメ知識語り出した……」

「世界のどこかにはエロマンガ島という島がある」

「あのー、秋春くん?」

「ウサギは万年発情期…果たしてそうだろうか…?」

「マメ知識bot化してると思ったらなんか問いかけてきた!?ちょっと秋春くん戻ってきて!秋春くーーん!!」



 兄は予想以上に燃え尽きてしまっていたようだった。



 # #


 遊園地とデート。

 この二つの言葉から連想させられるものはいくつかあると思う。だがこれに「締め」という単語が加われば、十中八九が思い浮かべるでろうベタ中のベタがあるだろう。


「メリーゴーか観覧車だよね」


 辺りが妙に薄暗くなり出した頃。櫻井さんが影で付き合ってくれている手前そろそろ最後にしようという話となった時、咲季がそう言った。

 結局選んだのは後者だった。理由は単純で、その時居た場所が観覧車に近かったからだ。


 並んでいる人もほとんど居らず、すぐに順番が回ってきそうだった。前に並んでいるのはほとんどがカップルで胸焼けしそうなくらいいちゃついている。気まずい気持ちになったので視線を逸らすと、その先にいた女性の係員と目が合ってしまったので軽く会釈したら彼女が笑顔で話しかけてきた。


「彼女さん凄く可愛いですね!モデルさんですか?」

「いや、かの……モデルとかは無いです」


 勢いで彼女という部分まで否定しそうになったのを堪えて愛想笑いを浮かべつつ隣の咲季を目で見遣る。


「や、やだーモデルなんてそんなぁ、そんな事あるかなぁ……でへへ」


 隠しきれない嬉しさを滲ませた気色悪い笑顔を浮かべて赤くなっていた。

 やめろ恥ずかしいから反応すんな。


「彼氏さんとしては鼻が高いんじゃないですか?」

「え、いや、まあ……はは」


 確かに客観的に見て可愛いか可愛く無いかだったら確実に前者だ。しかし表立ってはっきりと認めるのは恥ずい。どう答えたものかと濁した笑いを浮かべていると、ちょうど順番が回ってきたようで乗車ゲートの前まで案内される。

 咲季は勝ち誇ったようなドヤ顔で肩をぶつけてきた。


「「いや、まあ……」だって。むふふ」

「やかましい」


「では行ってらっしゃいませー!」


 係員の見送りの言葉と同時に降りてきたシンプルな水色のそれに乗り、ドアが閉じられる。


 俺はそのまま右側の席に座った。咲季は俺から離れて向かいの席へ。

 どんどん上っていく景色に咲季は「わー観覧車だわー!」と当たり前の事を言いながら席に膝をついて窓の外の景色を眺めてはしゃぐ。


「お前観覧車乗った事無いの?」

「これが意外と一回も無いのですね。このモテ女咲季が!」

「そっか」

「このモテ女咲季が!」

「お、『スーパーアスレチック藍原』が見える」

「この!モテ女!咲季が!」

「ちょ、てめ、叩くな!物理的に反応を得ようとすんな!」


 あえて無視していたら連続肩パンされた。


「もーお兄様はヤキモチしてるからって無視はいけませんよ無視は」

「お、櫻井さんは今サウスエリアのレストランで待機してるって」

「会話中にスマホ見ない!」


 無視してスマホでメッセージを確認してたら腕を思いっ切りチョップされた。痛い。まあ今のは俺が悪いけど。


「もー!秋春くんはもー!」

「お前だってよくやってるだろ」

「秋春くん以外にはしてないよ」

「俺もお前以外にはして無い」

「え……ちょっと、え?「お前以外にはしてない」って……そんな言葉で私が喜ぶと思ってるのかなお兄ちゃんは!」


 顔にやけてんぞ。


「まったくもーまったくもー!」


 咲季はテンション高めに向かいの席から俺の隣へと座り、ピタリとくっついてきた。

 ほんと、はしゃいでんなぁ。


「ねぇお兄ちゃん」

「うん?」

「楽しかったね」

「タコパがなけりゃ同意出来たかもな」

「うわそういう事言います?」

「うるせーあれだけは絶対許さん」


 不貞腐れたように言った俺の言葉に咲季は笑った。

 そして俺に身体を預けるようにして頭を肩に乗せてくる。


 茜色の光が観覧車の中を照らした。突然降りた沈黙になんとなしに見上げると、上張りの窓から見える空はすっかり雲に覆われていた。晴れているのは太陽が見える向こう側だけ。さっきから妙に暗いなと思っていたがそういう事か。


「今日は一日晴れって予報だったよな」


 咲季へも向けた呟き。

 しかし返事は返って来ない

 隣を見ると咲季が目をつむって動かなくなっていた。


「え、おい……」


 一瞬具合が悪くなったのかと激しく焦ってしまったが、よくよく見ると規則正しい呼吸をして安らかな様子。

 俺はほっと胸をなでおろした。


「なんだ寝てんのか」

「寝て……な……ぁい」


 寝る直前と言った所である。ここまで寝付きが良いとは相当疲れたんだろう。

 半年も病院に閉じ込められてろくに外出していなければ当然か。いつも以上にはしゃいでたっていうのもあるかもだけど。


 まあ、なんにせよ。


「お疲れ様」


 俺は子供をあやすように咲季の頭を優しく撫でる。

 穏やかな時間。

 こんなにも安らかな気分なのは久し振りだなと目を細めつつ、ただ寄り添い続けた。

 こんな瞬間がいつまでも続きますようにと、切に願いながら。

 それが叶う事は無いと知っていても。

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