第二十五話 コーヒーカップなんて
「どこのアトラクションもめちゃくちゃ並んでるなぁ」
「だねー」
アトラクションが並ぶエリアに着いた俺と咲季は道中貰った園内図と現在地を眺めつつ、どのアトラクションにしようかと軽く話し合っていた。
視界に広がるのは広い敷地と様々なアトラクション。そしてそこを埋める沢山の人、長蛇の列。見た瞬間は唖然とした。
平日にここまで人が入っているとは思わなかったのだ。完全に誤算。こんなに混んでるんだったら事前にどう回るかとか相談してれば良かった。
遊園地とか全く行かない地味な学生生活をしていたのが今になって悔やまれる。どうしたもんか。
「とりあえず地獄車の優先チケット貰わなきゃね!」
どうしても全国5位の絶叫マシンに乗りたいらしい咲季は俺の腕に抱きつき元気良く提案。
こいつそんなに絶叫マシン好きだったのか。
本当なら乗せてあげたいが、絶叫マシン禁止は櫻井さんからの指示でもある。
まあ、念のためと言っていたからほとんど問題無いんだろうけど。
しかし、万が一があってからじゃ遅い。
「だからだめだっつの」
「ぶーぶー!じゃあ何に乗れってゆーんですかー?」
イタイからぶーぶー言うな。
「人が一番並んでない所とか?」
「それ一番人気無いやつってことじゃん。ヤダ」
「いやいや、一応遊園地のアトラクションなんだから楽しめるように作ってあるだろ」
「えー、でもせっかくのデートなんだしさぁ、最初からパーっと盛り上がりたいよー」
「って言っても初っ端から一時間単位で並びたくないしな……」
「おに……秋春くんは気合いが足りないよ!ランドでは二時間待ちとか常識だからね!」
夢の国の常識なんぞ知らん。
ハニーハントだか雷山だか色々あるが、一つの乗り物乗るのに一日の12分の1くらいを消費するなんて考えられない。修行僧か。
待ち時間のワクワクも遊園地の醍醐味とか言われたらそれまでだが。
ていうか、
「あの、さっきからその秋春くん呼びはなんなの?」
「え?…………だめ?嫌?」
ただの素朴な疑問だったのだが、上目遣いで不安そうな面持ちをされる。
今の姿だと結構破壊力高い。妹じゃなければ言葉に詰まってた。
「違和感しかない」
「いいじゃん恋人っぽくて。呼びたいの呼ばせてください」
「いやさっきから凄い言いづらそうだし、無理して変えるもんでもないと思うけど。あと違和感しかない」
「あ、分かったドキドキしちゃうんだー?」
「………………」
「おいため息つくな」
テンション高めの咲季がいつも以上にベタベタ引っ付いて暑苦しい。
相当テンション上がってるんだろうなと頬を綻ばせつつ、一緒に歩きながら列の短いアトラクションを探す。
それはすぐに見つかった。
「お、コーヒーカップ今
「却下」
待ち時間20分と表示された看板が見え、咲季へお伺いを立てると一瞬で両断された。
「なんでだよ」
「微妙。つまんない。デートで行く所じゃない」
散々な言い様だ。コーヒーカップに何か嫌な思い出でもあんのか。
「デートって言ったらコーヒーカップってイメージあるじゃん」
「それいつの時代の常識?」
「コーヒーカップは時代で変わらないだろ」
「ふ、まだまだお子様ね坊や」
咲季はニヒルに笑って人差し指と中指を口に当て、煙草をふかすような仕草。なんだ急に。
「戦場ってものがどういうものか、その体に叩き込んであげましょうか?」
「いやお前誰だよ」
「私はサキーエフ少佐。かの最終戦争の生き残りにして英雄。その手腕で多くの部下と一般市民を救った。額の傷はその時に負ったもの。射撃の腕は
なんか凄そうな人だった。ていうか自分で言うなよ。
「コーヒーカップなんてお遊戯会じみたアトラクションで私を満足させられると思っているなら心外だわ」
「…………………」
「ま、どうしてもと言うなら付き合ってやらない事もないわ」
「はいはい、オッケーね。じゃあ並ぶぞー」
無言で睨んだ俺に恐れを成したのか、咲季はあっさりと了承。
変わらず引っ付いたままの彼女を引きずってコーヒーカップの列へと向かった。
#
「キャーーーーーーー!!」
「……」
「ひゃーーーー!わあははははは!」
「……」
「ね!お兄ちゃん!ね!もっと回していい!?ね!」
「うん、どーぞどーぞ」
「いぇーーーい!飛ばすぜーーー!」
咲季がコーヒーカップのハンドルを全力で回し、めっちゃ回転する俺達のカップ。
「きゃははははは!!」
狂ったように笑う咲季。
………………
…………
……
#
「…………まあ、ちょっとは楽しめたかな」
コーヒーカップに乗って戻ってきて開口一番、澄ました顔で咲季が言った。
そんなギャグみたいな態度に俺はちょっと吹き出した。
「いやちょっとじゃなくてだいぶ楽しんでたろ」
「……うるさいなぁ」
バツが悪そうに目を逸らす咲季。自覚はあるんだろう。こいつはなんだかんだ言って基本何でも楽しめるやつだからな。
「次どこ行く?」
咲季と手を再び繋ぎ、園内図を見せる。
「ひゃっ」
「ん?」
が、咲季に手を引っ込まれた。
「…………どした?」
「あ、えと」
なんか顔がかなり赤い。耳まで真っ赤だ。挙動不審にキョロキョロと周りを気にしている。
まさか、熱でもあるのか?
「大丈夫か?」
「おぉう!」
熱が無いか額に手を当てようとしたら凄い勢いで飛び退かれる。そのせいで後ろにいた人にぶつかりそうになってペコペコと頭を下げて謝っていた。
「え、何?」
一歩近づく。
一歩下がられる。
「あ?」
さすがにわけが分からなくなって眉を顰めた。
何これ。何この態勢、傍から見たらバスケの1on1でもしてんのかって思われそうだ。
「な、中々破廉恥な事を平気でしてくるなキサマ」
「はあ?」
「こう、自然にぎゅっと、ぎゅっとしてきたでしょ手を」
「手?あ、うん、まぁ……で?」
「「で?」って何「で?」って!いつからそんなプレイボーイになっちゃったの!」
「いやお前何にキレてんの?さっきまで普通に繋いでたろ」
「さっきまでは、その、浮かれ過ぎておかしくなってて……とにかく、なんか冷静になったら恥ずかしくなってきたの……!」
「えぇ……?」
どういう事?
普段息を吸うようにシモい事言ってくるくせに?
この前もキスどころかベロベロと顔舐めてきたくせに?
「……なんだねその「普段あれだけ下ネタ言ってるくせに」みたいな顔は」
「あ、分かります?」
「それはそれこれはこれ!今は衆人環視の中!我々のイチャラブを全国生配信なわけでしょ!?」
「衆人環視でもなければ生配信でもないんですが」
「それくらい知っている!」
駄目だ、こいつ完全に錯乱してる。
「えーっと、つまりあれか、人前で手を繋いだりするの恥ずかしいとか、そういう?」
「イエス アイ キャン」
盛大に間違った英語で頷くアホの子。
なんだろう、最初の内は浮かれ過ぎて感覚が麻痺してたけど一回思い切り叫んでそれが戻ったという事だろうか。
「ふーん」
「な、何?」
俺の相づちに何かを感じたのか、体を強張らせる。
いや、特別何かしようってわけじゃない。ただちょっとした意地悪をしてみたくなっただけだ。
「嫌なの?」
「い、嫌とかじゃっ、無いけど……」
「じゃあ今日は手を繋ぐの無しで」
「えっ!?」
「次ウォータースライダーでも行くかー」
「ちょ、待って!ウェイトウェイト!」
園内図を見ながら先に行こうとする俺を必死すぎる咲季の声が引き止めた。
「何?」
「ちょっとお兄様それはあまりにも横暴な試みでしてよ。私の繊細な乙女ゴコロを察して」
「はあ」
「
「少なくともお前の今のセリフに繊細な乙女心は一切感じられないな」
「乙女とMは紙一重」
真面目な顔して何言ってんだこいつ。
「馬鹿言ってないで行くぞー」
「あ、ちょっと待ってって」
さっきよりは少し離れた位置だが、咲季は雛鳥のようにちょこちょこ俺についてくる。
しかし、波のような人の流れに押し流されそうになり、時々肩をぶつけては頭を低くして謝っていた。
こいつ人避けるの下手すぎかよ。危なっかしくて見てられない。
「おい」
手首を掴んで引っ張り、咲季を隣へ。次いで、無理矢理手を繋ぐ。
「……結局手、繋ぐんじゃん」
恥ずかしさで顔を赤くしながら、目を逸らす咲季。
「強引な方がお好きだと聞いたので」
「まあそうですけどぉ」
不満げだが、緩んでる頬は隠せていなかった。
ほんと、馬鹿なやり取りだ。だけどこれが俺達らしくてしっくりくる。
これからもこんな時間が続けばいいと思うほどに心地良い。
「…………前もこんな感じで手、繋いでくれたよね」
「は?いつ?」
「ちっちゃい時」
「……そうだったっけ?」
「うん、家族皆でここに来たじゃない?」
「あー」
確かに、そんな暖かい時期もあったかも知れない。普通の家族みたいに純粋に家族でいられた時。
今では凄く遠い、額縁の中を眺めるような色褪せた思い出だが。
そこでふと、頭をよぎるものがあった。
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