第八話まるっきりの美少女

 

 病室を出た頃には14時過ぎになっていた。

 積もる話も多かったのか、咲季達のお喋りは二時間ほど続いた。(なぜかその会話の中に俺も混じって(咲季によって半強制的に)いたけど。)

 途中で看護師さんが入ってきたので、そこでお開きになったが、咲季達は共に満足したようで、笑顔で別れていた。


 そこで俺達もこのまま解散かなと思っていたところ、


「あの、この後、暇…?」


 と城ヶ崎に言われ、一緒にどこかへ行くことになった。

 俺はとりあえずトイレに行きつつ、すっかり忘れていた櫻井さんへの〝咲季にデートのお誘い成功〟メッセージを送り、病院の出口へ。


 入口付近の傘置き場から自分の傘を取り出し、外に出た。

 相変わらずな曇り空を仰ぎ「傘要らなかったか」と考えながら、後ろを振り返る。


「…………………」


 辻堂が咲季と同じ建物にいる。


 そう思うと、心がざわざわと落ち着かなかった。

 あいつは何かをしてくるのではないかと思わせるものを持っているから、咲季が心配だ。まあ、あれだけ人の目があるし、咲季にも見かけたら逃げろと強く言っておいたから大丈夫だとは思うが。


 辻堂は世間体を気にするタイプ。裏では好き勝手やっているが、表立って何かは出来ない。キレたりしなければの話だが。


「櫻井さんにも言っとくか…」


 今日いなかったっぽいので休みなんだろうけど、一応櫻井さんにも辻堂の事をメッセージで軽く伝えておく。


 ……とりあえずはこんなものかな。


 メッセージを送り終え、視線を正面に戻す。

 正直心配なのは変わらなかったが、これ以上はさすがに心配しすぎというもの。

 咲季も子供っぽい性格をしているが、あれで危機管理能力はある方だと思うし。


 これじゃあシスコンなんて言われたとしても否定出来ないかもなと思っていると、


「あ、秋春君!」


 俺を呼ぶ声。


 その方向を見ると、華やいだ表情で俺を見ている美少女がいた。

 誰だか一瞬分からなかったが、よく見ると城ヶ崎だった。


 …いやまじで、誰だよってレベルだろこんなの。

 数週間前、最初に見た時の凶暴さは見る影も無く、険も取れてまるっきりの美少女だった。

 あの「全てに噛み付いてやるぞ」みたいな刺々しさがあった時でさえ小動物っぽくて可愛い系だなとか思ってたくらいだから、雰囲気が柔らかくなればこうなるのは当然かも知れない。

 キツめの印象を抱くような勝気な目も顔を綻ばせていれば猫のような愛嬌があって魅力的に映る。

 髪も前とは違って全部下ろしていて新鮮だし。


 …というかなんでこんなにキラキラした目を俺に向けてるんだろう。咲季と話せて相当嬉しかったのかな。


「ごめん、おまたせ」


 俺は城ヶ崎と凛の元へ小走りで近づく。

 すると凛が冷めたような視線を俺に向けてくる。


「…………キミのその顔はなんなの」

「いやぁ、ウチこの場に要るのかな〜って?」

「?」


 城ヶ崎からは凛と城ヶ崎で事件の時のお礼をしたいと聞いていたんだけど。


「い、要るよ!あんた…じゃなくて…、凛がいないと…」

「わ〜こいつお兄さんの前だからって可愛こぶって汚い言葉自粛してる〜」

「凛!!」


 すぐにいつものニヤケ顔に戻って城ヶ崎をからかい始める凛。

 状況から察するにただ城ヶ崎をからかいたかっただけか。

 …ともあれ、


「城ヶ崎が言葉遣い荒いのは知ってるから気にしないでもいいけど」


 出会った当初からタメ口だし、今更言葉遣いなんて気にしない。

 その旨を伝えると城ヶ崎は顔を赤くして固まった。

 凛は口元を押さえて俯いた。


「っ………、ぷ、く、」

「凛!笑うなっ!」

「お兄さん容赦ね〜…くふっ…」

「え、何が?」


 どうやら俺の言葉が凛のツボに入ったらしい。

 いやなんでだ?確かにちょっと失礼な物言いだったかも知れないが、そこまで笑うか?

 訳が分からず俺は首を傾げるしかない。身内ネタかな?


「えっと、それで、どこ行くの?」


 俺はとりあえずそれをスルーしつつ、2人に尋ねた。


 凛はそれにニヤリと笑って、


「それはお楽しみってことで」



 # #



「改めて、この前はありがとうございました」

「ございました〜」


 店に入って席に着いてすぐ、改まった2人が頭を下げてきた。


「こ、これはどうもご丁寧に」


 俺もつられて頭を下げる。

 そんな気を遣ってくれなくていいんだけど、多分こういうのは気持ちの問題だ。なあなあにせずにきちんとお礼を貰ってキッパリとさせた方が良いのだろう。

 …と思うものの、


「ここ結構高い店だよな」


 店の内装をぐるりと眺め、言う。

 今俺達が来ているのは灯夏から一駅離れた都心部の街にあるバイキング形式のレストラン。しかも、学生なら二の足を踏むような高級っぽいホテルの一階にあるやつ。

 黒と白を基調とした落ち着いた空間で、見るからに普通のバイキングの店とは違う雰囲気である。食べ物が置いてある皿も木製だったり陶器だったりバスケットだったりで一辺倒じゃないし、店員もそこら辺の大学生バイトじゃなく、しっかりと指導を受けたような所作の人ばっかりだし。

 正直落ち着かない。せめてもの救いなのは多少親子連れがいて子供のはしゃぐ声が聴こえる点だろう。


 そして、同時に心配なのは金がないとか言ってたと思う城ヶ崎達が俺の分を奢ると言っている事である。


「…俺の分くらい出すよ?」

「駄目ですよ〜。それじゃあお礼にならないです」

「あ、安心して!凛と一緒に日雇いで少し稼いだから!」


 なんかそのセリフだと俺が貢がせてるみたいに聞こえるのは気のせいだろうか。


 周りの席の方々が少しざわついたのは気のせいだと思いたい。


「ちなみにここのチョイスは舞花なんですよ。「美味しいお店でいっぱい食べて沢山幸せな気分になって欲しいな♪」って。不器用な愛を感じるでしょ〜?」

「ちょっと!そんなこと言ってねーし!」

「意訳すれば大体同じようなこと言ってたじゃん」

「意訳すんなふざけんなっ!」

「ガサキちゃん口調が汚ないよ〜?」

「う…」


 城ヶ崎が俺を見て黙る。

 いや、だから気にしないで良いのに。


「ま、ともかく深く考えずいっぱい食べてください。あとこれもどうぞ」

「…なにこれ?」

「金です」


 目の前にポンと置かれたのは1万円札。意図が読めず、固まる。


「えっと…?」

「忘れたんですか?あの時お兄さんがくれた舞花送るためのタクシー代」

「あぁ」


 確かに1万円をタクシー代として渡したな。


「……………」

「なんですその複雑そうな顔?」

「…別に返さなくてもいいよ。あげるつもりで渡したから」


 女子高生にお金を渡されるこの絵面は犯罪チックだから、抵抗があった。

 諭吉を凛の方へスライドして返すと、城ヶ崎が前のめりに、


「だ、だめ!こういう大金は軽々しく渡したら、とにかくだめ!」

「そうですよ〜。渡されても罪悪感で使えませんし。ていうかこれ貰ったらウチらのお礼がお礼じゃ無くなります」


 スっと諭吉を差し出す凛。


 …この前は俺に奢らせてた気がするんだが、大金が絡むと金のやり取りにうるさくなるみたいだ。


「…そっか、分かった」


 このまま譲り合っていたら変な空気になる気がしたので、諭吉を受け取り、財布に入れる。

 城ヶ崎はそれにうんうん頷いて居住まいを正した。


「じゃあそろそろ食べ物取りに行きましょうか。お腹空いてるでしょうし」

「だね、秋春君お先にどぞ」

「え、いや俺荷物番するから先そっちで…」

「だめだよ、アタシが残るから凛と秋春君が先に…」

「違うだろあんたらが一緒に行け」


 凛が城ヶ崎の頭を小突いた。

 無理矢理立たせて俺の前まで歩かせる。


「え、ちょっと!?」

「ほら、行ってこい。…お兄さんも」


 有無を言わさないような眼光で俺にまで圧をかけてくる凛。普段ニヤケ顔のイメージな分怖い。

 なんか一緒にいかなきゃいけない雰囲気なので、立ち上がる。


「じゃあ、ごゆっくり〜」


 凛は一転、ユルいニヤケ顔で手を振って送り出した。

 ……あいつ絶対怒らせたらやばいタイプだな。

 なんで城ヶ崎みたいな強気なやつがいつも大体言いなりなんだろうと疑問だったけど、その一端が垣間見えた気がする。


 俺と城ヶ崎はそのまま2人並んで陳列した食べ物の前へ。トレーを2人分取って1つを城ヶ崎に渡す。

 昼を少し過ぎた時間帯だからか、そこまで店内は混んでいない。ゆっくりと物色出来る。

 並んでいる皿にはミートボールやグラタン、スパゲティなど、主に洋風のものが並べられている。更に奥にはデザートのケーキやゼリー、ジュースが置いてあるようだ。

 結構お腹が減っていたし、ちょっとワクワクしてきたかも。


「………」


 柄にもなく浮かれながら、ふと隣を見ると俺と地面を交互に見て落ち着かない様子の城ヶ崎が。

 見てられなくて適当な話題を探す。


「城ヶ崎」

「ひゃ、な、なに?」

「そういえばスムーズに店入れたけど、予約とかしてたの?」

「え、ううん。たまたまだと思う」


 まあ、だよな。

 さっき初めて誘われたのに予約なんてしてるとは思えない。


「ご、ごめん、勢いで誘っちゃったから…普通秋春君の予定聞いといて予約も入れるよね…ごめんなさい」

「いや、いいよそんなの。こっちこそご馳走してもらってありがとな」


 城ヶ崎は多分感情で先走ってしまうタイプなんだろうな。今までの行動を見るに、そう感じる。

 だがそれを責めようとは全く思わない。必死なんだろうというのは伝わってくるし。

 それよりも気になるのは…


「…あのさ」

「ひゃう」


 適当に美味しそうな肉類の食べ物をトングで皿に運びつつ、頬を少し赤らめながら変な声を上げて固まる城ヶ崎を横目に見た。


「体調悪くなるんだったら、気を使わないで俺から距離とってもいいからな」


 男との接触への恐怖。

 それは心の病理として確実に城ヶ崎の中にある。

 さっきから態度がたどたどしいのもそのせいだろう。そしておそらく、俺に対する遠慮から男が苦手になったなどと言えないんだと思う。

 だから少し離れても気分を悪くなんてしないという意味を込めて言ったのだが、


「…………」


 ぽかんと俺を見上げてから、なぜか少しムスッとした顔になる城ヶ崎。

 で、何を思ったのかピタリとくっついてきた。


「え、お、おい…!」

「大丈夫!だし」


 俺の言葉を遮るように、大きな声。


「秋春君なら、大丈夫だし」


 一層赤みを増した必死な顔で見つめてくる。


「…………、」


 ……周りからしたらイチャついてるカップルにしか見えないんじゃなかろうか、この状況。

 今日の城ヶ崎は化粧も髪型も服装もバッチリとキメているから、芸能人レベルの存在感を放っている。

 よって、数名いる若い男性の射殺すような視線が一々俺の背中に刺さって痛い。


 それに大丈夫と言っているが案の定、少し震えてるし。


「ごめん、分かった。分かったからとりあえず離れよう」


 城ヶ崎の肩を優しく押して離れてもらう。

 それだけでびくりと身体を強ばらせる。

 やっぱり無理してる。だけどそれを言ったらもっとムキになるのは今ので分かったので言わない。


 そして少しの間、微妙な空気。

 ただただ食べ物を取っていくだけの時間が流れる。

 俺はその空気に耐えきれず、野菜ばっかりを取ってる城ヶ崎に話しかけた。


「城ヶ崎って肉系は食べないんだ?」

「え、…うん」

「野菜とフルーツだけってお腹膨れるもん?」


 緑黄色系に染まったトレーを見て、問う。

 すると城ヶ崎は目を泳がせ、


「ま…まぁ…ね。アタシ少食だし」

「へぇ、なんか〝女子〟って感じだな」

「そりゃあ…。アタシもれっきとした女子だもん」


 その言葉に、しまったと弁明する。


「あ、別に城ヶ崎が女子っぽくないとかじゃないからな?咲季が結構食うタイプだから新鮮だなって」


 この手の冗談はこの前メッセでやり取りしたが、女子に何度も言うのは失礼というもの。何かの意図も悪気も無く言ってしまったとしてもまずい。


「あー、咲季ってめっちゃ食べるよね」


 しかし城ヶ崎は気にした様子もなく、スルーしてくれた。

 むしろ、なぜだか城ヶ崎の方が焦っているようにも見えた。


 疑問に思いつつも、そのまま食べ物を取り終えた俺たちは凛の元へ戻り、トレーをテーブルに置く。

 置いた瞬間、城ヶ崎のトレーを見た凛が不思議そうに、


「あれ、舞花体調悪いの?」


 言った。割と真剣な顔で。


「……………え?いや?ど、どして?」


 それに対し上ずった声で、城ヶ崎。

 その態度に凛は数秒時を止め、


「…あ〜、ははあ、なるほど〜」

「ん?」


 やがてすべてを察したようにニヤケ顔で頷いた。

 目を点にしてその光景を眺める。


「お兄さんこいつ可愛こぶって少食なフリしてますよ」


 そしてドッキリのネタばらしでもするかのように嬉々とした表情でなんか暴露し始めた。

 席に着いた城ヶ崎が勢いよく立ち上がる。


「り、凛!?」

「本来のガサキちゃんは野菜なんか目もくれずギトギトしたものば〜っかだだだだだだ」

「りーーんーー!!」


 そのまま、顔を茹でダコのように真っ赤にして凛の頬を掴んで引っ張る。


「ははは…」


 なんで無理して上品ぶるんだろう。何かプライドがあるんだろうか。

 そんな事を思いながら飽きない2人のやり取りを見て癒されるのだった。











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