二章 雨上がりスウィートキャンディ
Prolog
母さんはぎこちなく笑う人だった。
近所ですれ違う母の友人らしき人が俺に向ける笑顔と比べると、どことなくズレがあるように思えた。
子供ながらに不思議に思いつつ「そういうものか」となんの考え無しに納得していた。
だけど、咲季が産まれ、俺が物事を少しは考えられるような年になって、気づいた。
咲季と話している母さんの顔。咲季がテストで良い点数をとって自慢してきた時。咲季が下らない冗談を得意気に言ってきた時。母さんは笑っていた。
我が子を純粋に愛する顔。
俺には見せたことの無い顔で笑っていた。
そこで初めて、母さんに対して違和感を覚えた。
そしてその違和感はある日、形を持って俺に突きつけられる事になる。
小学五年生の夏休み。母さんの実家、つまり俺の祖父母の家に泊まりに行った時。その夜。
布団にくるまって隠れてゲームをやっていて、夜も深い時間になってきた頃、居間の方で話し声が聞こえて、妙に気になった俺は寝室を出て耳をすませた。
ちょっとだけ悪い事をしている。
そういう独特の緊張感や気持ちの昂りがそうさせたのかも知れないが、ともかく俺は聞いてしまった。
「あの子が、重なって見えるの……っ!」
母さんは泣いていた。
父さんと、祖母、祖父がそれを慰めるような声。
何の話だろう?
母さんが泣いているという、子供の頃にすれば異常な事態にどうしようもない不安を覚え、そのまま耳をすました。
その後も、俺に対する会話だというのは何となく分かるものの、あまり意味の分からない会話が続いた。
しかし最後に聞いたあの言葉だけは、俺の心を深く抉った。
「愛せない…、私はあの子を……秋春を…愛せない」
咲季に向ける笑顔と自分への笑顔の違い。
その理由に気づいてしまった俺は、段々と人に当たり散らすようになった。
それは思春期へと移って悪化し、やがて黒歴史極まりない不良へと変貌を遂げる。
今思い返すと、それが決定的に両親との溝を深くしたのだと思う。
そのせいで色々なものを無くしていった。
本当に、俺は愚か者だった。
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