第10話 咲季ちゃんが落ち込んじゃうようなもの
「お兄ちゃんのアホ!バカ!考え無し!ケダモノ!神待ちJK踊り食い!」
「おい後半の意味不明なのに不快でしかない罵倒やめろ」
城ヶ崎の存在を認識した咲季のテンパりようは、かなり激しかった。
とにかくこちらの胸ぐらを掴んでブンブンと揺らしてくる。
「言えよ!マイマイ来てるって言えよ先に!」
「さっき偶然会ったんだから仕方ないだろ」
「仕方なくないよやり直し!部屋の外からやり直せ!」
「えー……」
「「えー」じゃない!」
やり直しって何だよと思いつつ、しかし物凄い剣幕だったので大人しく一人出て行こうとすると「マイマイも!」と叫ばれたので、戸惑うばかりの城ヶ崎を連れて一旦病室の外へ。
病室の戸の前で
「……咲季って、家でいつもあんな感じなの?」
「…概ね」
城ヶ崎といる時がどんな感じなのかは知らないが、反応からして
いや、普通誰でもそうするだろうけど。
しかし咲季をあれほど大事に思っていた城ヶ崎からすると、あまり落ち込んでないように見える咲季を見せてしまったのはまずかったかも知れない。
「なんか、ごめん」
「なんで謝ってんのウケる」
軽口を言う元気は残っているみたいだった。
それ以外に会話は無く、数十秒待ち、戸をノック。
特に何の反応も無かったので入って良いのだと解釈し、中へ。
どうなる事やらとベッドの方を見る。
「あ……お兄ちゃん、いらっしゃい」
そこにはたおやかな笑みを携え、ベッドの上で毛布を腰まで掛け長座位になった咲季が。
深窓の令嬢のごとく儚げな雰囲気を醸し出している。
「……………………」
俺と城ヶ崎は何も言えずに黙った。
「舞花も来てくれたのね、嬉しい」
「え、う、うん」
「こんなみっともない姿でごめんなさいね…っごほ、ごほ!」
演技としか思えない下手くそ(と言うのも変だが)な咳。
俺と城ヶ崎は顔を見合わせた。
「なんか始まったけど」
「友達なんだからなんとかしてくれ」
「お兄ちゃんなんだからなんとかしてよ」
「少しの間付き合ってやれば元に戻るけど、今そういう気分じゃない」
「はぁ?」
「仲直りのために頑張って欲しい」
「いや全投げは無いでしょ」
「俺が作った機会無駄にするのかマイマイ」
「マイマイやめろ」
どちらがこの状態の咲季を相手にするか押し付け合っていると、どこからか冷たい視線を感じた。
「…………………………」
無表情の咲季と目が合った。
「………………」
嫌な予感がして、思わず言葉を飲む。
俺の異変に気づいたのか、城ヶ崎も睨みつけていた視線を戻し、咲季の方へ。
「……あの、すみませんごめんなさい少しよろしい?」
能面のような表情のまま、咲季が右手を上げた。
「へ?あ、うん」
なんとも知れない威圧感に戸惑いつつ、頷き、
「あのですね、お二人はさっき偶然会ったと仰っておりましたわよね」
「うん」
「以前から知り合い…というわけでも無いんですよね?」
「そ、そう…だな」
「の割には……」
……まずい。
言いたい事が分かり、俺は言葉に詰まった。
「随分と仲が良ろしくない?」
「…………………」
「………………」
城ヶ崎は「ほら見ろ」と言わんばかりの表情でこちらをチラリと睨んだ後、我関せずといった風にそっぽを向いた。
確かに、適当な嘘をついてしまったのは失敗だったかも知れない。
面倒になりそうな事必至な雰囲気である。
「……うん?なぜ黙る?」
「…………えっとー」
「なぜ言い淀む?」
「意外と気が合ったと言いますか」
「さっき初めて会って、階段を上がって来る間に、仲良く言い合いが出来るくらいになったと?」
「…まあ」
言ってて無理があるだろと内心自分で突っ込んだ。
そもそも、出会って一日でここまで気兼ね無しに話せている事だっておかしいのだ。
それはひとえに城ヶ崎の堂々とした態度のお陰であるが、それでも数分も経たない内にここまで馴れ馴れしい態度をお互いに取るのは流石に有り得ないだろう。
咲季の訝しむような、責め立てるような鋭い視線が俺に刺さる。
「……………お兄ちゃん、もしかして妹の友達に手、出してないよね?」
「ちょ、ちょっと待て。それは飛躍しすぎ…」
「実は前々からマイマイと付き合ってて、内心私を嘲笑ってたとか、じゃあ…無い…よね?」
「無いよ無い無い!少し落ち着け顔
目を見開いて段々と迫ってくる姿はまるで悪鬼だった。
否定してもそれは変わらず。
駄目だ。このままではあらぬ疑いで咲季に襲われかねない。
こうなったら正直に話した方が良いだろう。
俺は頭を掻き、
「本当の事を言ったら、怒らない口外しないを約束出来るか?」
「ブチ切れる。言いふらす」
「おい」
「このまま言わなくてもブチ切れる」
どっちにしても結果は同じらしい。
俺はため息をついた。
「分かった。分かりました。キレてもいいけど、父さんとかに言うのは無しな」
部屋の隅にあったパイプ椅子を二つ運んで城ヶ崎と共に腰を下ろし、仕方なく経緯を話す。
昨日のツーブロ襲来事件や、それがきっかけで城ヶ崎と知り合った事をかいつまんで丁寧に。
すると――
「なんで言わなかったのっ!?」
至近距離で大声。
思わず耳を塞ぐ。
「一々言う必要も無いかなって」
「大いにあります!」
鼻息荒くして烈火のごとく詰め寄ってくる咲季。
あぁ、やっぱり。咲季がこうなる可能性も高かったから話すの嫌だったんだ。
「怪我は!どんな感じなの!」
「肩を打撲した程度だよ。大したもんじゃない」
「そのほっぺは!?」
「これはテニス部の流れ弾がクリーンヒットした」
「運ねーなお前!」
「うっさいほっとけ」
「…ほっとかない!」
強い口調で言い、俺のTシャツをぎゅっと握る。
少しの間そうしていると、興奮がさめたように段々と力が弱くなり、俯く。
「……いつも何も言ってくれないの、悪い癖だよ…」
消え入るような呟き。
それはお前もだろうと反論してやりたくなるが、咲季の怒りは俺を心配してのものなんだろうと分かってしまうから、言えなかった。
「そしてマイマイ!」
「えっ、何?」
がばっ!っと顔を上げ、今度は城ヶ崎を指さす。
「は、特に何も無かった」
何も無いのかよ。
「何も無いのかよ」
俺と思考がシンクロした城ヶ崎が苦笑。
咲季のハイテンションのおかげか、ようやく緊張が解れてきたらしい。
「ていうか坂口君って彼女いたじゃん!」
「この間別れたみたい。それでそのまま咲季にアプローチ。キモいったら」
忌々しげに、今にも唾を吐き捨てそうな表情。
「…おー、さすがクズ男オブザイヤーに輝いた猛者…」
神妙な顔で、咲季。
ツーブロのクズさのおかげで咲季にも冷静さが戻ってきたようだ。
それを感じてか、城ヶ崎もいつものような砕けた口調で、
「他人事みたいに言ってんなー。あんなのにも良い顔してたから勘違いして寄ってくるんだかんね」
「良い顔なんてしてないよー…」
拗ねるように言って、こちらへ顔を向ける咲季。
「ホントだよ?してないからね?」
「え、うん、あっそう」
「嘘じゃないよ?ホントにホントで良い顔とかしてないからね?アイツぶっ飛ばすから。次顔見たら問答無用でケツバットするくらいヘイト溜まってるから」
「いや、いいよ分かったよいいからそっちの会話に集中してろ」
俺はいいからもっと二人で会話して仲直りして欲しい。
「やだぁ、嫉妬してるぅ〜。お兄ちゃんったら可愛い〜」
「………」
「ちょっと?今舌打ちしませんでした?」
「してねぇよさっさとそっちの会話に集中してろ」
「ちょっと?そのフリーズドライな態度酷くない?」
俺の服の袖を掴んで揺らしてくる咲季。
面倒くさ。
多分照れ隠しで騒いでるのもあるんだろうけど、ジェットコースターみたいなテンポに振り回されるこっちの身にもなって欲しい。
「いや、だってお前ウザイし…」
「ウザ可愛い?」
「そういうとこだぞ」
可愛こぶった口調が鼻についたので、鞄からやや大きめのタッパーを取り出して頭を軽く小突いた。
「…何コレ?」
「昨日マイマイから貰ったキウイを切ったやつ」
「おー!マジかマイマイ流石マイマイ!」
「良い奴だよマイマイ。最高だよマイマイ」
「咲季は良いけどあんたはマイマイゆーな」
とはいえ、二人の仲を取り持つのは上手くいきそうだった。
#
頃合いを見て、トイレに行くと言って病室を離れた。
多分城ヶ崎にも意図は伝わっただろう。俺が居たんじゃ進む話も進まない。城ヶ崎を咲季の元に連れてきて、空気を少しでも弛緩させるために二人の間に入ったに過ぎないのだ。
邪魔者は少しの間トイレにこもってスマホを弄り、病院内を大きく迂回しながら病室へ戻ることにした。
そこで――
「片桐君?」
呼ばれ、振り向く。
数メートル後ろの廊下の突き当たり。そこには大きめのレターファイルをいくつか抱えた看護師さんの姿があった。
「櫻井さん、どうも」
ぺこりと会釈。
声をかけてきたのは、咲季のお見舞いの過程で知り合った看護師の櫻井さん。年齢は二十代半ばといった所だと思う。
ツーブロ襲撃事件の時に治療費を代わりに払ってくれた(多分)人である。
その行動から分かる通り中々の姉御気質だ。
「どうしたのこんな所で?咲季ちゃんの部屋は下だぞー?」
冗談めかしてニカッと笑う姿も〝姉御〟なイメージを強調している。
「色々あるんですよ」
「片桐君の顔、この病院内では結構知れ渡ってるから、二階以外をうろうろしてたら不審がられるからねー。かく言う私もその『色々』が何なのか気になる。もしかして昨日の事関係あったりする?」
昨日の事とは当然ツーブロ襲来の件だろう。
「関係ないわけじゃ無いですけど……それより俺の顔が知れ渡ってるってどういう事です?」
「ん、病室で妹と馬鹿騒ぎしてイチャついてるお兄ちゃんって事でちょっと有名なのさ」
「なっ…」
大変恥ずかしい噂が広がってるみたいだった。
「それと昨日の一件もパンチが効いてたからねー、ばっちりと記憶に残ったと思うよ?」
「……なるほど」
確かにツーブロ襲撃事件は、
男が女の子に殴り掛かる。それを他の男が庇う。自分で言うのもなんだが、まさにドラマティックである。
「いやー、しかし咄嗟に女の子守るなんて将来いい男になるね片桐君は!ウチの娘貰って欲しいくらい!」
「櫻井さんってお子さんいるんですか?」
「あ?何、独身にしか見えないって?」
「そんな事は一言も言ってないし思ってないです」
笑顔だったが目が笑ってなかったので即刻両手を上げて敵意のない事をアピール。
……少し頭を過ぎったのは秘密にしよう。
「小学校六年生の娘がいるの」
前から歩いてきたスーツの男性を二人で避けつつ端に寄り、俺は櫻井さんの言葉を吟味して、
「え」
小学生六年生の娘がいるって事は櫻井さん結構歳食ってるのか。若気の至りが無いと仮定すれば少なくとも三十代は乗っかって…
「何か失礼な事考えてない?」
「滅相も無いです」
ふーん、と疑いの目を向けてくる櫻井さん。鋭いな。
とりあえずこの人に年齢の話とかは禁句だと記憶に刻む。
「…というわけで、私は子育てとお仕事でいっぱいいっぱいなわけ。あんまり心労は増やさせないでよ?」
「心労って…俺何かしましたっけ?」
「昨日の騒動もそうだけど…なんか、ついさっき咲季ちゃんの部屋から女の子が飛び出していったから」
「……は?」
「厄介事は勘弁よー。特に咲季ちゃんが落ち込んじゃうようなものは」
口調から本気で言って無いのは分かったし、咲季の事を心配してくれてるというのも伝わってきた。
それは素直に嬉しい。
の、だが。今はその感謝を口にするよりも先に、咲季の病室へ急がなければいけなくなったみたいだった。
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