妹に迫られるお兄ちゃんの話
まぁち
一章 アンハッピー・ビターフロート
第1話 お兄ちゃんにぞっこんラヴ
六月一日。
タイムリミットは半年。
#
最初、妹が何を言ってるのか分からなかった。
「ごめん。今なんて?」
「エロい事しよう」
「……………………………」
もう一回聞いても理解出来なかった。
「言い方悪かったか。エッチしよう」
「…………………」
どうやら我が妹の知能指数はサボテン並になってしまったらしい。
「……どうしたのお兄ちゃん?変質者を初めて見た時の女の子みたいな凍えた顔をしているよ?」
「いや……」
「うん?」
「お医者さん呼びますか?」
「ひどい」
妹――
「お兄ちゃんさ、ノリ悪いよ。何そのフリーズドライな反応」
「ノリとかそういう問題か今の?」
「いつだって
「いつだって暖かいだろ。こうやって話し相手になってる時点で
「じゃあ抱きなさいよ」
「何でそうなるんだよ」
「逆に何が悪いの?ルックス?」
心底不思議といった具合に、咲季は首を傾げた。
まあ、見た目で言うなら確実に上位に入る顔だろう。長いまつ毛に黒目がちの大きな瞳。鼻は少し低いけど、いつもヘラヘラしている口元は愛嬌がある。
背中半ばまで伸ばした黒髪は綺麗に整えられている。不潔感も無い。
だが…
「いや妹だし。実妹だし」
「そんな細かいこと気にしてたらハゲるよ」
「そんな事言ったら全国のお兄ちゃんはほぼ人工毛髪だな」
「あ、お兄ちゃんもしかして植えてる?」
「馬鹿言ってないで寝てろ」
おでこを押してベッドに寝かせる。
途中で「やん」などと気色の悪い声を出したので頭を引っぱたいた。
「お兄ちゃんはイ〇ポですか?」
「何お前、さっきから何なのお前」
「いやね、私ね、一応見た目だけなら自信あるのよ。胸もね、クラスの男子がついつい見ちゃうくらいはあるの」
ベッドに寝転がりながら胸を持ち上げる咲季。
言わんとしてる事は分からなくは無いが、自分で言うか。
「そんな私がですよ。身体をめちゃくちゃにしていいって言ってるんだよ?男ならいくでしょ?いっちゃうでしょ?」
「男はいっても兄はいかないんだよ」
「ハゲ」
「禿げてない」
やかましいので鞄に入っていた教材で頭をはたいた。
咲季は恨めしげに俺を睨んだ後、手に持った教材を見て呆れ顔で、
「わ、また勉強?大学生のくせに?」
「運転免許のな。ていうかそれ偏見だろ」
「大学生なんてバイトか遊ぶかの二択じゃん」
「失礼な認識持ってんなぁ…」
言いつつ、運転免許の試験問題集を開く。大学一年の三月から初めて、現在六月一日。そろそろ試験を受けられそうなので勉強を始めていた。
「うわー、わざわざ私の所に来て勉強始めちゃったよこの人。キスもお触りも無しに勉強し始めちゃったよー」
「妹の所に来てキスとかし始めたらそいつは変態だ」
「漫画では割と普通じゃん」
「本当にさっきからどうしたのお前。悩みあるなら聞くぞ」
頭のおかしくなった妹が流石に心配になり、なるべく優しい声で訊いた。
「あれ…本気で心配されてる…いやいや、要らない。そういう反応いいから」
じゃあ何なんだよと視線で訴えるが、咲季はどういうわけか不機嫌そうに、
「……そんなに私は性的に論外ですか」
「はい」
「うぐっ…!」
突然苦しげに
「お、おい!大丈夫か?」
「…うん、いや、大丈夫じゃないけど、虚しさで胸が張り裂けそうだけど」
何だかよく分からないが、苦しげにされると体調が良くないのかと心配になるからやめて欲しい。
咲季は寝ていた体勢からゆっくりと起き上がり、俺を真っ直ぐに見つめた。
いつになく真剣な表情に、少したじろぐ。
「お兄ちゃん」
「お、おう?」
「今日が色々とね、覚悟決めたみたいな感じだからね、言うんだけどね」
「は、はあ」
「初めて会った時から私」
「うん?」
「あなたにぞっこんラヴでした」
「……………………」
言ってることがよく分からなくて、俺の思考が一瞬フリーズした。
「……………えっと?」
「あ、これあれね!ライクじゃなくてラヴの方ね!家族愛でもないよ!恋愛的にね!」
理解が追いつかなくて、少しの間考えてしまう。
咲季が、俺を好き?
恋愛的に?
…………………恋愛?
「……………………………」
「あれ?言い方悪かった?性的に!性的に好きなんだよ?おーい!」
「……言い換えるな。なお悪いから」
頭を押さえて、迫ってきた咲季を片手で押し返す。
「俺のことが好きと?咲季が?」
「ラヴです。激ラヴです」
鼻息荒く主張してくる咲季。言動はふざけているが、声のトーンや、赤らんだ頬。こちらを真っ直ぐ見つめる視線。マジだ。冗談抜きの真剣さがある。
「え、何がどうなって好きなの?ていうか初めて会った時って生まれたての時だろ。俺二歳のハナタレだけど?」
「変な追求はするな!好きなものは好き!それが全てなの!」
いや、そんな男らしく言い切られても。
「ちなみに今までで一番ときめいたのは中学三年生の夏、ホラー番組を一緒に観てた時、怖がりなお兄ちゃんが私の腕に抱きついて来た時です!」
「それお前が無理矢理見せたやつだろ。まだ根に持ってるぞ。今でもたまにあの女の霊が夢に出るんだからな」
「正直、快感でした」
真顔で要らん情報を口にした気がしたが無視。
「…中学の時、咲季結構モテてたよな?」
「親しみやすいキャラで売り出していたので、サッカー、野球、ソフトテニス、吹奏楽部の名だたる男共が群がって来ましたよ!」
「という事を嬉々として俺に報告してきた気がするんだけど、そいつらと付き合ったりしてなかったのか?」
てっきり知らん所でデートでもなんでもしてると思っていたんだけど。
「告白されるのは単純に嬉しかったよ。だって私が褒められてるって事でしょ?魅力的って事でしょ?つまりお兄ちゃんを落とせる可能性が高いってことじゃん!」
「あー…なるほどー、そういう発想ね…」
あくまでも俺中心なわけか…。
「…うん、分かった。何で俺なのかは全く分からないけど、とりあえず俺が好きっていうのは理解した」
「はい」
応える咲季の顔は、真っ直ぐにこちらを見つめている。
きっと、これは純粋で、真っ直ぐな気持ちなんだろう。
けどそれで、俺にどうしろと言うんだ。付き合えってか?妹と?恋人になれと?
「……………………………」
嫌な沈黙が流れる。
どこか俺の様子を伺うような気配だけがそこにはあった。
「…えっと、ね?だから…ね」
「…うん」
しかし、次に来る言葉は、
「だから…私に思い出をください」
俺の倫理観を揺るがすほど真摯で、とても卑怯な言葉だった。
#
窓から吹いた風が真っ白なカーテンを大きく揺らし、茜色の光が部屋の中を照らす。
真っ白な床と壁。真っ白なベッドと毛布。茜に染まった無機質な部屋は、まるで血で染め上げたようで、不吉でしかない。
そんな部屋の中で、俺は妹に迫られている。
俺はどこにでもいる平凡な大学生。薄くもないし濃くもない、整っていそうで整ってない、そんな微妙な顔立ち。
着てるのは安物のTシャツとジーパン。
普通。どこまでも普通の生活を送れる、幸せな人間。
対する妹は、整った顔立ちに、明るい笑顔の似合う花の女子高生。クラスの人気者。住む世界が違うと思ってしまうほど、かけ離れた存在。華々しい人生を送る人間と言うのはこういう奴かと納得してしまうくらい、周りの中心にいる奴。
だけど、この世界は信じられないほど残酷で――
六月一日。
タイムリミットは――咲季の余命は、あと半年。
俺は咲季に何が出来るんだろう。
考えても、答えは出ない。
─――――――――――――――――――
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