第141話 魔力0の大賢者、奥義を受ける!

「我の名はチャウチャウ、この塔最後のコボルトにて最強のコボルトマスターだ」


 最上階にいたコボルトが自己紹介してくれた。なるほど、このコボルトがマスターか。

 

 マスター――え~と、確かに他のコボルトとはかなり違うね。他のコボルトよりは背が低い。そしてタレ気味の瞳にモコモコっとした毛並み。


 端的に言うと凄く愛嬌のある顔をしている。何か見ていてもふもふしたくなる毛並みだし。


 う~んしかし、改めて思い出すと下のチンが彫っていた石像は全く似てなかったな。なんてとりとめのないことを思っていたらチャウチャウが、ふぅ、とため息を付き。


「……虚しい」


 そんなことを口にした。背を向けて遠い目で空を見上げる。


「強さって何でしょうか?」

「え?」

「強いとは、そして強さの先にあるものとは、一体なんなのでしょうか?」


 急な問いかけ。強さ……うん、ごめん。何か愛嬌のある顔でそれを問われても全く頭に入ってこないよ。


「私はコボルトたちのマスターです。故に他のコボルトにはない強さを手に入れてしまった。最強の抜犬術斬鉄犬、それが私の唯一無二の奥義」


 そう言って腰に吊るしている剣を撫でた。どうやらあれが自慢の武器らしい。


「そして、私の戦いは常に一撃。私がこの剣を一度抜いただけで全ての決着がつくのです。そう、私の戦いは常にワンギリで勝負が決まる」


 わ、ワンギリ? 一度斬ったら終わるからってことなのかな。


「さて、今一度貴方に問いましょう。強さとは一体何か?」

「え? う~ん、急にそう言われても困るけど……人も犬もそれぞれじゃないかな?」

「……それぞれ?」

「うん、だって強さは人によっては目指すべき目標であり憧れであったりもする。愛ゆえに強さを求める人もいれば、誰かを守ることが強さだと思う人もいるよね。僕もどちらかといえばこれかもしれないけど、でもそうだね。決まった正解なんてないし、でもだからこそ人は強さを追い求めるのかもね」

「……なるほど。中々面白いお答えですね。流石はここまで来られただけのことはある」


 しかし丁重な話し方だね。見た目すっごく可愛らしいけど。


「実は少しは期待しているのですよ。何せ私のところまで上って来たものは貴方がはじめてですから」

「へぇ、そ、そうなんだ」


 え~と、強くなりすぎて虚しいとまで言っていたけどこの塔を上ってきたのは僕が初めてって、ならどうして強くなりすぎたと思ったのかな?


 う~ん、ま、いっか。


「ところで、君たちが大人しくここを占拠するのをやめてくれるなら、別に戦わなくてもいいんだけどどうかな?」

「面白いことを申される。この地は我々コボルトの縄張りでございます。コボルトにとって一度マーキング、いえ決めた縄張りを明け渡すことは敗北と同じ。マスターという立場上それは決して認められない。ただ、私達が戦えば、貴方もただではすまないかもしれない。そちらこそ退くなら今のうちですよ?」


 やっぱり駄目かぁ。でも、マーキング、したんだやっぱり。


「とにかく戦わないとここを離れないというなら致し方なしかな」

「なるほど。いや、貴方ならきっとそう言うと思いました。ですが――」


 するとチャウチャウが腰だめの構えで身構えだして、目つきを鋭くさせた。


 やっぱり戦いとなると眼光が違うね。


「私の技は目にも留まらぬ速さで抜く抜犬術――そのあまりの速さから放たれる斬撃は互いの間合いを無にするほどの一撃。故に我が間合いから離れていようが関係ありません。避けるのも不可能、この得物を抜いた瞬間には終わるのです」

「親切だね教えてくれるなんて」

「何、知ったところで意味はありません。頭でいくら認識していても、我が太刀の鋭さと間合いからは逃れられない。では、いきますよ!」


 チャウチャウが動いた。鞘から剣が抜かれる。でも、凄く速いっていうから手元に意識を集中させたけど、あれ? そんなに速いかな? 僕には凄くはっきりと刃が抜かれるのが見えてるんだけど。


「抜犬術・斬鉄犬!」


 チャウチャウが剣を抜いた。すると斬撃が床を切り裂きながら進んでいってそのまま向こう側まで駆け抜けていった。なるほど、確かにこれなら間合いは関係ないね。


「……やはりワンギリで決着がついてしまいましたか。少しは出来ると思ったのですが、残念です」

「え? いや、まだ終わってないけど?」

「チャウン!?」


 何か勝負が決まったみたいな雰囲気を醸し出していたから声をかけたら凄く驚いた顔でこっちを振り返ったよ。


「な、ななな! 何故そこに!」

「え? え~と、後ろに回り込んだから?」


 あれ? わりと普通に避けて回り込んだから見えてるかなと思ったんだけど、見逃しちゃってたのかな?


「そ、そんな! 確かに私には真っ二つになった貴方が見えましたよ!」

「あ、多分それ残像だね」

「ざ、残像、つまりいつの間に魔法を!?」

「え? 違うけど?」

「ま、まさか先程の会話の間に既に幻惑系の魔法を? そのような策を講じていたとは、このチャウチャウ一生の不覚!」


 いや、だからそれは本当勘違いで、残像もただの物理なんだけど……。


「な、なるほど。ですがご安心を。卑怯などというつもりは毛頭ありません。命をかけた戦闘なのですから幻惑の一つや二つ掛けられても仕方のないことです」


 うぅ、結局魔法という体で進んでしまったよ……。


「ですが、もうそれも無駄なこと! 幻惑とわかってしまえば惑わされません! 今度こそワンギリで決める!」


 え? 既に一度抜いてるから流石にもうワンギリにならないんじゃ?


「斬鉄犬! ふっこれできまっ、てなにいぃいいぃいいぃいッ!」


 今度は技を出し終えた後、念の為振り返ったみたいだけど、そこに立っていた僕を見て目玉が飛び出るぐらいに驚いていたよ。


「くっ! 斬鉄犬! 斬鉄犬! 斬鉄犬! 斬鉄犬! 斬鉄犬! 斬鉄犬! 斬鉄犬!」


 結局チャウチャウは一撃で決めるほどの奥義を何度も連発してきたけど、僕はそれを全て避けて後ろに回り込み続けた。


 すると、遂に疲れてきたのかゼェゼェと息を荒くさせて。


「何故貴方は、常に私の後ろに立つのですか!」

「え? いや、スペース的にそれが一番よくて……」


 何か文句みたいに言われたけど、塔の床は丸いから凄く回り込みやすいんだよね。


「くっ、私にしか扱えない最強の奥義を!」

「え~と、それなんだけど、多分、僕の父様も似たような技を使えると思うんだけど……」

「な、なんですとーーーー!」

「あと、僕も武器を使わないでなら、少し似たような技に覚えがあるかな?」

「チャウン!?」


 チャウチャウが愕然としているけど、今の技って父様が物にした抜刀術みたいなものだからね。チャウチャウはそれを剣でやってるようだけど。


「な、ならば見せてもらいましょう! 貴方の武器を使わない抜犬術とやらを!」

「え? う~ん、わかった。ならやってみるね」


 チャウチャウが僕を指差して技の行使を求めてきたよ。言ってしまった手前、嫌だとは言えないしね。


「私の奥義、一朝一夕に出来るものではない。貴方のような子どもに一体何が出来ると――」


 僕は脚を振り上げ、そしてつま先を床に・・突き刺した。元々抜刀術は転生前に師匠が見せてくれた技でもあるけど、僕はそれを蹴りで再現した。この際、鞘滑りの代わりをするのがこの地面や床だ。脚を突き刺すのを鞘に入れているように仮定し、そこから溜めを作って一気に蹴りぬく! 


 これによって蹴りが超加速し――いけない!


「失礼!」

「チャウン!?」


 チャウチャウが驚いているようだけどごめんね。説明している暇はない。僕は自分の蹴りの衝撃が完全に伝わる前に下で気絶していたハスキーとボルゾイも抱えてそのまま塔の壁を突き破って表に出た。グレートデーンとチンは既に外に飛ばされているから問題ないだろう。


 僕が外に飛び出して二人を脇にずらしたのとほぼ同時に五犬の塔が真っ二つに割れて、衝撃が駆け抜けてきた。


 でも、このままじゃ森がめちゃくちゃになってしまうからね。だから僕は自分が・・・放った抜脚術による衝撃を責任もって受け止めて処理した。

 

 スパァアアアァアアアン! という軽快な音が周囲に広がる。ふぅ、良かったこれで一安心だ。


「いや、はは、参っちゃったな。久しぶりだからちょっと勢いついちゃって、ん?」


 ちょっとバツが悪かったけど、笑いながらチャウチャウを見ると、腹を向けて寝っ転がるチャウチャウの姿があった。え~と、気絶しているわけじゃなさそうだけど……。


「え~と、どうしたの?」

「か、感服いたしましたぁああああぁああ!」

「え? えぇええええぇえええ!?」

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