第140話 魔力0の大賢者、の下僕アネ、散る!?

sideアネ


 こいつら、あたしの姿を見ても平然としているね。警戒中のあたしは人化を解いている。領内では既にあたしのことは知られているから、この姿でウロチョロしていても皆慣れたもので、子どもやお年寄りでも気軽に話しかけてくるようになったけど、そうでないなら何かしらの反応を見せそうなもんさ。

 

 だけど、こいつらにはそういったものが全く感じられない。それはそれで寂しいものだよ。


「お前、アラクネだな? 魔獣がこんなところで人間と馴れ合っているとは意外なことだ」

「なんだい、あたしのことを知っていたのかい。道理で、だけど、それなのに逃げる素振りも見せないなんてよっぽど自信があるのかい?」


 どうやらアラクネという種族は知っていたようだね。確かにあたし以外にも多くはないけどアラクネはいる。


 まぁ、同じアラクネの中でもあたしはかなり強いほうだと思っているけどね。


「逆に、アラクネ如きがよくそんな口が叩けたものだな。俺からしてみたらお前などそこらで這い回っている蜘蛛とさほど変わらん」


 言うじゃないか。それにしても妙な格好をした男だね。よっぽど自信があるんだろうけど、着ているものは布で出来た服だ。防御効果なんてこれっぽっちもないだろう。おまけに武器を持っている気配もない。


「しかし、蜘蛛でなければかなりタイプなんだけど、全く惜しいな」


 もうひとりの男がジロジロとあたしを見ながら、馬鹿げたことを言い出したよ。


「アラクネによっては人化も可能な筈だがな。ま、こいつが出来るかはしらないが」

「例え出来たとしてもあんたらの前で見せるのはごめんだね」

「下半身蜘蛛のくせに生意気な雌だな」


 なんともカチンっとくる物言いだね。主様なら絶対にそんなことは言わないさ。主様は魔獣であろうと気にしないし、分け隔てなく私に接してくれるからね。


「余計なおしゃべりはここまでだな。そろそろ蜘蛛狩りと行くか」

「つまり、退く気はないってことだね。ま、しばらく退屈していたから丁度良さそうだけど」

「そうか、なら退屈しのぎに地獄へ送ってやろう」


 面白い冗談だね。だけど、舐め過ぎだよ!


「地獄へ行く心配は自分たちがするんだね!」

「これは、速い!」

 

 あたしは自慢の脚で周囲の自然を利用しながら立体的に移動する。脚は蜘蛛でもあたしは身軽なのさ。だからこの程度余裕!


「そうやってちょこまか動いて相手の様子を見るだけなのがお前の手か?」

「言うじゃないのさ。ならこれはどうだい? シュメァツェンネッツ!」


 あたしの手から飛び出た漆黒の網が広がって2人を飲み込んでいく。あたしが得意な闇魔法の一つさ。漆黒の網に触れると死ぬほどの激痛を伴うことになる。網に絡め取られたらそう簡単には抜け出せないしね。


 酷い痛みに悶え苦しみながら地べたを這いつくばることになるのさ。


「よっと――」

「な、あたしの魔法を!」


 だけど、マレツと呼ばれていたのが飛び出して剣を振ったら、あたしの魔法が切られて消滅したよ。

 

「はは、残念だったな。魔法は俺たちには効かないのさ」

「――そういうことかい」


 思い出したよ。前に主様が王都で戦ったという相手に魔法が切れるのがいたって聞いたことがあった。魔狩教団とか言う連中だねぇ。

 

「魔獣と言ってもこの程度か」


 もう一人のダンゼツとかいう男は随分と余裕ぶっているね。気に食わないよ。


「だったら、これでどうだい! ダークジャベリン!」


 あたしは更に加速して漆黒の槍を連射した。四方八方からの連射だ、そう簡単に対応できるものじゃない。


「はは、中々切りがいがあるじゃないか!」


 だけど、マレツは全ての魔法に反応して切り裂いていったよ。切られた槍はことごとく霧散される。


「なんだ? もう終わりか? 大したこと無いな」


 ダークジャベリンを撃つのを止めると、マレツが不敵に笑い、あたしを見てきた。かなりの自信家だね。だけど、それが命取りになることだってあるのさ。


「さて、そろそろこっちから行くぞ!」

「待てッ!」


 マレツが動こうとしたのを、ダンゼツが止めたね。くそ、もう少しだったのに――


「ダンゼツ様、どうして?」

「馬鹿がよく見てみろ。後少しでも動いたら首から上が飛ばされていたぞ」

「え? あ、こ、これは!」


 上手くやったつもりなんだけどねぇ。ダンゼツというのはマレツより手強そうじゃないか。


「糸が、張り巡らされているのか、いつの間に――」

「今の魔法に上手く紛れ込ませたんだろう。小癪な奴だ」

「はは、そこに気がつくなんてね」


 とは言え、既に糸は張り終わった。ワイヤープリズン――アダマンタイトだって切り裂く強靭な糸で完全に動きを封じた。しかもこれは魔法じゃない。奴らが切ろうとしても無理なのさ。


「例えあたしの糸に気がついても、身動きがとれないことに変わりはないだろう? そしてこれさ――シアン・ザ・ジェル」


 あたしの手から粘液が滲み出てきて、ブヨブヨの球体となって浮かび上がった。それを何個も生み出していく。空中を漂うこれは猛毒の塊さ。少しでも触れれば全身が毒に侵される。

 

 糸に囲まれたこの状況じゃこいつらはあたしの毒を躱せない。無数の毒を囲い込むように配置する。後はあたしの意思で全ての毒の塊が一斉にこいつらに襲いかかるよ。


「覚悟は出来たかい? もう逃げ場はないよ!」

「……まいったね。ダンゼツ様すみません」

「ふん、仕方のないやつだ」


 何だい? マレツがダンゼツに頭を下げているけど、こいつらは身動きが取れない。剣を振るスペースもないさ。腕を振り上げたら糸で腕が切れる。そもそもダンゼツは武器を持っていない。


 この状況で何が出来る? まさか主様程の強化魔法がつかえるわけもないしね。


「――無閃」


――スパァアアアアアン!


「な、何だって!」

  

 そんな、何がなんだかさっぱりだよ。奴が何かを呟いた瞬間、あたしの糸と毒が全て切り裂かれた! 何をしたのか、全くわからない――


「終わりだ」

「え?」


 気がつくと、ダンゼツの声があたしの背中から聞こえた。さっきまで奴がいた場所には既に姿がない。視認できないほどの速度で、回り込んだ?


 しかも――あたしの体に線が走り、蜘蛛の下肢と離れ離れになり、視界が傾いていった……。


「流石ダンゼツ様だ」

「ふん、つまらない相手だ。こんなのに【ギフト】を使うことになるとはな」

「はは、でも相変わらずダンゼツ様の力はものすごい――」

「……いらぬ時間をとったな。とっとと行くぞ――」






◇◆◇


 参ったね。まさか主様以外の人間にやられることになるなんて。ふぅ、とにかくこのままじゃ暗いね。


 だからあたしは力を込めて、自らの身体を引き抜くように、上半身を出した。ズボッと、蜘蛛の下肢から上半身を生み出し、外の景色が目に飛び込んでくる。


 周囲を見回すと、切られたあたしの上半身が転がっていた。本当に切られたんだね……。


 でも、燃やされたりしなくてよかったよ。あたしは蜘蛛が本体みたいなものさ。蜘蛛の部分が残ってさえいれば上半身ぐらいはまた生やせる。


 だけど、これをやるとかなり魔力が減る。しかも酷く眠くなる。早く糸で巣を作って休まないと――この場合私は糸を繭のようにして眠ることになる。かなりの時間眠りにつくから身動きはとれなくなる。でも、あの連中のことは主様に伝えないと。


 私は近くにいた蜘蛛を呼んで、主様にあの連中のことを伝えに行くよう頼んだ。居場所は大体聞いているからね。だから、頼んだよ。あいつら多分町に向かってるから、あぁ駄目だ繭も出来てきたし、もう眠たい、とにかく頼んだよ――

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