第114話 魔力0の大賢者、の裏で魔狩教団と戦うヘンリー達
sideヘンリー
ハイルトンとコマイルはまんまと敵の策にはまり動けなくなってしまった。あれほど油断するなと言っておいたのに――しかし、麻痺を引き起こす粉とは少々厄介だ。
今のだけでもう手持ちがないというのなら、2人には悪いがこちらはそのまま戦闘を続けて打倒し、妹を助けたいところだが、まだ隠し持っている可能性は十分にありえる。
「……カレント、明かりを頼めるか?」
すると、ヤカライが前に出て残った彼女に頼み事をした。明かり――そうか。確かヤカライが得意な魔法は。
「明かりなら僕が用意できる」
「いえ殿下。ここは私にお任せください。それに殿下の雷鳴魔法は魔力の消費が激しく長い時間光らせ続けるのには不向きな筈」
確かに僕の魔力はかなり多いけど、雷鳴魔法の消費も高い。僕でも油断して使いすぎたら魔力切れを引き起こしてもおかしくはない程だ。
なので大人しく引き下がり、カレントに任せた。すると彼女の剣に炎が宿り、火の明かりで周囲が照らされた。地下水路は全く視界が確保されないわけではないが、それでもかなり薄暗い。
だからこそヤカライは明かりを求めたのだろう。彼が扱う魔法は影魔法だから――
「助かった。これで麻痺など恐るるに足らずです殿下! 影は常に共にあり、影は我なり、我は影なり――シャドウローブ」
ヤカライが詠唱を終えると、カレントの炎に照らされ生まれた影が動き出し、ヤカライと同化し衣と化した。
「いくぞカレント」
「えぇ!」
そして2人が前に飛び出していく。僕は置いてけぼりか。立場を考えてくれたのかもだけど、少し傷つくよ。
「馬鹿め――」
黒ローブの男たちがまた先程と同じように麻痺効果のある粉が詰まった玉を投げつけた。地面に当たり破裂し、粉末が飛び散る。これを浴びれば、ヤカライとカレントもあの2人の二の舞になってしまいそうだが――
「甘い――」
しかし、そうはならなかった。何故なら飛び散った粉末は全てヤカライが纏った影に吸収されていったからだ。
「この影は範囲内にある物を取り込む事ができる。残念だったな」
「チッ――」
「だったら直接片付けてしまおう」
前衛の黒ローブたちが思い思いの武器を取り出し、2人に襲いかかった。だが、純粋な戦闘力では王国騎士団の2人に遥かに分があった。おまけに話を聞く限り魔狩教団というのは魔法を否定し、自分たちでは一切魔法を扱わない。そんな連中の集まりだ。
ならばカレントとヤカライに負ける理由がない。2人の魔法はそれだけ強力だ。実際あっという間にヤカライの影とカレントの魔法剣で黒ローブが倒されていく。
だが、連中もただでやられるつもりはないのか、真ん中の4人が弩を構え、2人を狙い始めた。
「させるものか、我は偉大なる
詠唱を終えると黒ローブの頭上に放電する雲が浮かび上がり、そして次々と雷の洗礼によって黒ローブたちが倒れていった。
これはマゼルとの魔法戦では見せなかった魔法だ。この魔法には制約があって、正義の名のもとに悪を相手したときしか使えない。その分、対象が悪であればあるほどその威力は跳ね上がる。
「殿下、感謝致します」
「流石王子。華麗な魔法ですね」
「フッ、当然だね」
華麗と書いてヘンリーと呼ぶ、それぐらい僕は華麗さ。さて、これでもう勝負はついたも同然だね。
「残りは君たち3人だけだ。どうやら数はいても実力は大したことなかったようだね。もうそろそろ諦めたらどうかな? 素直に妹を解放するのなら無駄な痛みを伴うこともない」
僕は降伏を求めつつ、妹のアリエルへの注意は怠らない。この手の教団はヤケになったら何をしでかすかわからないからね。
尤もそれはヤカライやカレントも一緒なようだけど。
「――なるほどなるほど。いやはや流石は王国の騎士団ともなると中々やるようだな」
しかし、そんな僕たちの勧告をあざ笑うように、1人だけ違う仮面をした男が手を叩き前に出てきた。
この状況で、随分と余裕があるな。リーダーが自ら出てきて、何か秘策があるのだろうか?
「カレント、ヤカライ、相手は何をしでかすかわからない。気をつけるんだ」
「勿論です殿下」
「それにしても、何か不気味な奴ね……」
確かに、低く空気の重くなるような声をした男であり、纏う気配に不気味さを覚える。しかもこの男、そのままゆっくりとした足取りで2人に近づいていった。
「それ以上近づいたら、容赦なく私の影で攻撃する。これは警告だ」
ヤカライが近づいてくる仮面の男に向けて叫ぶ。だが、男は構うこと無く懐から剣を抜いた。戦闘の意思を持ったようだ。反りの入った刃渡り30cmぐらいの片手剣だね。
こういった場所だと取り回しも良く扱いやすいだろうけど、影の使えるヤカライに抗えるほどとは思えない。
「警告はしたぞ!」
剣を抜いたことで、殺意があると判断したのだろう。更に一歩踏み込んできたタイミングでヤカライの纏っていた影が変化し、無数の触手となって男に迫った。
なんというか、あまり騎士らしくない魔法で美しさには欠ける気もするけど、変幻自在な影の攻撃は敵としてみれば厄介なことこの上ないだろう。
「何!」
だが、驚愕したのは相手ではなくヤカライの方だった。いや、それは僕もか――何故ならヤカライが生み出した影の触手は、仮面の男の手によって次々と切り裂かれていったのだから。
「ま、魔法を切った、だと?」
「ふふ、油断したな」
「くそ、だ、だが、私は影で守られて――」
「そんなものは意味がないさ」
「ぐふぁ!」
ヤカライの言うように彼の全身は影に纏われており、下手な攻撃は全て影に吸収されるはずだった。だが、実際はそうはいかなかった。仮面の男の剣はその影の衣すら問答無用で切り裂いてしまったのだ。
「ヤカライ! くっ、一体どうなってるのよ!」
男の斬撃で吹き飛ぶヤカライを尻目に、戸惑うカレント。男は仮面で隠れていない口元で狡猾そうな笑みを浮かべ。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。私は魔狩教団にて第五位の称号マジックスレイヤーを有し狩人――マサツである」
教団の第五位、マジックスレイヤーだって? それがどの程度の地位なのか仔細には掴めない。だがこうして自信満々に口にする以上、それ相応の地位と実力を秘めているのだろう。
今、魔法を切ってみせたのもそれと関係しているのかもしれない――どちらにせよ、一筋縄ではいかない相手なようだ。
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