第107話 魔力0の大賢者、王子と試合う
というわけで前日に約束したとおり、明朝僕の部屋までわざわざ王子様がやってきてしまった。
「ズキューン! さぁ起き給え! 今日の朝はまるで僕と君の対決を修復するようにそれでいて誰もが見惚れる僕の爽やかな笑顔の如く雲ひとつない晴天さ! ささに絶好の魔法戦日和だ!」
「わ、わかりました。とりあえず、着替えてるので閉めてもらっても?」
ちなみに僕も一応起きてはいたんだけど、今まさに戦いやすい格好に着替えようとしていたところで、下のパンツのみの状態だ。メイドさんが申し出た着替えの手伝いを断ってまで1人で着替えていたところに思いっきり乱入された形だ。
「うん? あっはっは! 安心したまえ僕は男の裸には特に興味はないからね」
「裸! お兄様がは、裸!」
「……ラーサ、鼻血出てる」
「そ、そういうアイラさんも顔が紅いのです!」
な、何か扉の外側から見知った声が聞こえてきてるような……。
とりあえず、確かに男同士だしそんな気にすることじゃないんだろうけど。
「ふむ、しかしこうしてみると中々いい体をしてるな。僕ほどではないけどね!」
何かやりにくい! そして何か妙なポーズを取り出した! 鏡の前で、我ながらいつ見ても美しいとかいい出した!
ふぅ、とにかく着替えを終えて部屋を出たらラーサとアイラが立っていた。何故かよくわからないけど2人してあたふたしてたけど、顔も紅いし、大丈夫かな? 体調崩してなきゃいいけど。
そして僕はヘンリー王子に案内され中庭までついていった。流石王宮内の中庭だけにうちとは比べ物にならないほど広い。
「主様、何か面白い事があるらしいと聞いて見に来たけど何かあったのかい?」
そして中庭にはアネの姿もあった。アネの耳にもしっかり入っていたんだね。昨日はあの後、大分お酒を呑んで部屋に戻ってすぐ眠りについたようだったけど。
「ズキュン! 僕は君にズキュンさ!」
そして、あぁ、また陛下が指を向けてアネを――
「……で、主様、こいつは誰なんだい?」
「アネぇえええぇえ! 駄目駄目! その方は殿下、この国の王子様!」
「そうなのかい? 何か妙なことしてきたからついね」
指を向けてズキュンされて怪しいやつと思ったらしくアネが殿下を糸でぐるぐる巻きにしていた。いや、気持ちはわからなくもないけど!
「……でもちょっといい気味」
「あ、アイラさん、王子様王子様!」
アネと同じく既に中庭にやってきていたアイラがぐるぐる巻きにされた殿下を見てそんなことを呟いて、ラーサが慌てた。アイラも辛辣、でも相手殿下!
「あ、あの殿下申し訳ありません。アネは私の同行者で、その色々勘違いを」
「あっはっは、何を謝ることがあるんだい? こんな美しい女性にぐるぐる巻きにされるなんてむしろご褒美じゃないか! ズキューン!」
あ、はい。殿下が寛大で良かった……て、寛大、なのかなこれ?
「殿下、おはようございます」
中庭には既に父様も来ていた。そして父様以外にもアザーズ卿やライス卿、それに騎士団長や騎士、王国に仕える魔術師の姿もあった。
思ったより見物客が多くてビックリだよ……他にも昨晩見た貴族の姿もあるし――
「な、なんでこんなに人が……」
「お兄様が、昨日マゼルと約束した後、色んな所で話して回ったのです」
「ちゅ~……」
アリエルが申し訳なさげに言った。陛下とお妃様の姿もあるし、朝から顔ぶれが豪華すぎる――
「ふふ、こういう祭典には観客は欠かせないからね」
「さ、祭典という意識はなかったのですが……」
陛下まで見に来ていてまるで御前試合みたいになってきてしまった……。
「大賢者マゼルよ、私のことを気にせず、思いっきりやってあげてくれ。息子は、少々自意識過剰なところがあってな。上には上がいることをしっかり教えてやってほしい」
「多少怪我をしても、治療師の準備もございますので」
陛下からそんなことを言われてしまった。王妃様も凄く優しい口調だけど、怪我する前提みたいな準備の良さだ。
「父上も中々手厳しい。だが、問題ない! 大賢者マゼルよ、今あったように手加減は不要だ! 勿論僕も思いっきり、そう、優雅に、華麗に、美しく、胸を借りさせてもらうよ!」
言葉の繋がりがおかしい気もしないでもないけど、数多くのギャラリーが見守る中、僕たちは広場の中心で向かい合った。
「それではこれより、ヘンリー・マナール・ロンダルキア陛下と大賢者マゼル・ローランによる魔法戦を開始したいと思います。なお、魔法戦といってもこれはあくまで練習試合、互いに敬意を払うことを忘れないよう。勝敗はどちらかが参ったと言うか、明らかなダメージが入った時点で決着といたします」
何か優秀そうな執事がわざわざ間に入って説明してくれた。ほ、本当に試合みたいだけど。
「それと、その、陛下はあぁ申されましたが、くれぐれも命までは奪わぬよう……」
「ドナルド、僕の身を案じてくれているのは嬉しいが、真剣勝負には余計なことだ」
「は、ハッ! 失礼致しました」
僕に耳打ちしてきた執事のドナルドさんだったけど、王子から注意を受けてしまった。
でも、僕も勿論それは心得ているよ。次期国王が相手なわけだしね。
「さぁ、早速僕からいかせてもらうよ! 勿論君も遠慮なんていらないからね!」
試合が始まった。ヘンリー王子はこう言ってるけど、とりあえず先ずは王子の雷鳴魔法をみてみようかな。
「僕は美しい!」
「……え?」
な、なに? 突然どうしたの?
「そう、だって僕は皆の僕だから! 美しいと書いて僕と読む!」
「え、と、あの……」
急に身振り手振りを添えて、何か自分に酔ったような語りを始めてしまった……試合始まったよね?
「――そうさこの美しさに雷だって落とせるよ、ほらみてごらんすっかり雷も僕の虜さ」
王子の一人語りはなおも続いた。周囲の皆も苦笑気味だけど。
「さぁ君も浴びてごらん僕の
「わ、びっくりした」
だけど、語りが終わったかと思えば、薙ぎ払うような手の動きに合わせて雷が発せられた。咄嗟に避けたけど、ふぇ~てっきり何か前口上みたいのかと思ったら――
「え? 魔法を、打ったのですか?」
「……驚いた。あのふざけてるようなナルシスト全開な言葉の羅列がまさか?」
「は、はい! あれこそがお兄様独自の詠唱なんです! ありえません! いえ、ありえるのです!」
「ちゅ~ちゅ~!」
あぁ、やっぱりそうなんだ。でも、まさかあれが詠唱だったなんてね。かなり変わってたから僕もうっかりしてたよ。
「ふふ、僕の
「ど、どうも」
髪を掻き上げながらそんな事を言う。中々掴みどころのない王子ではあるけど――
「だけど、まだ終わりではないよ!」
今度は僕を翻弄するようにジグザグに動きながら、距離を詰めようとしてくる。ここは僕も基本は相手を迎える体勢でいかせてもらう。
「栄君たる我に平伏す雷はその身を変え槍と化し、あだ名す敵を討つだろう! さぁ穿け!
今度は短めの高速詠唱だった。右手に電撃が集まり、文字通り槍のような形に変化した雷が僕に迫る。
雷鳴魔法は術の完成から発動、そして速度も速い。雷だからね。尤も僕にはその細かい動きまで見えてしまうのだけど。
この魔法は槍の形をとっているから射程はそうでもない。ある程度近づいた相手に行使すべき魔法ってところかな。
避けるのはそう難しくはなく、回り込むように移動した。王子は楽しそうに笑い、更に語るような詠唱を続けた。
「――
今度は無数の電撃の球が出現し四方八方から僕に襲いかかってきた。だけど、軌道を読んで縫うようにして避ける。
「へぇ、あの王子、結構やるね。勿論主様ほどじゃないけど」
アネが殿下の魔法を見て感心しているよ。でも、僕と比べるのはちょっと違うかな……僕は魔法は使えないからね!
「はっは、面白いね君! やっぱり大賢者だ! ならとっておきを見せてあげるよ!」
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