第98話 魔力0の大賢者、王都行きの馬車に乗る

「全く、馬車っていうのはもっと早く走れないもんなのかね?」

「それは無茶だよアネ」


 馬車の窓から景色を眺めつつアネは愚痴るように言った。この馬車は王都からわざわざ迎えに来たものだった。


 本当ならハニーの蜂たちに乗っていった方が速いのだけど、今回は父様の正式な就任式だからね。それと、僕の叙勲式も。父様によるとどちらかというと僕の叙勲式の方が儀式としては大きいんだとか。

 

 父様は、就任といっても騎士団の指導官だしな、なんて笑って言っていたけど、それでも官職だしね。それに意識改革の要ともなるわけだから重要度は高いと思う。


 僕の方がおまけだと思うんだけど、そう言ったら家族全員から、それはない、と断言されてしまったよ。


 個人的には本当、僕なんておまけでいいんだけどなぁ。正直9歳の身で勲章を貰ってもどうしていいかわからないし。


 尤も父様も母様も勲章を飾る額を新調するって妙に張り切ってたけど。


 とにかく、そんなわけだから今回は正式なお迎えが来たわけ。


「ですが、なぜちゃっかりアネが同行しているのですか?」

「そんなの決まってるじゃないか。私は大賢者マゼルの獣魔だよ。本当ならマゼルの傍に常についているのが当然なのさ。それなのに主様と来たら、ここのところずっと単独行動していてさ」

「はは……」


 確かに、アネはどちらかと言えばスメナイ山地の開拓をメインで手伝って貰っていたからね。でも最近はそれも少しずつ落ち着いてきた。


 何よりアネのおかげであの辺りを縄張りにしていた蜘蛛の魔物が軒並み大人しくなったのも大きい。


 しかもアネをボスと認めたらしくて、アネの配下として動くようになった。結果的に蜘蛛の魔物も開拓の助けになってくれている。


 アネの活躍もあって、スメナイ山地の開拓にも余裕が出来てきた。アネも家にいる時間が出来て、そして僕たちと最近のことについて情報交換した際に、叙勲式の話も出て、私もついていく! と張り切りだしたわけ。


 僕は流石に魔物が一緒は不味いんじゃないかな? とは思ったけど、従魔としてなら問題ないじゃないか、とアネは一歩も譲らず。


 結局父様が話を通してくれて同行が許された。獣魔兼護衛という名目でね。


「むぅ、お母様でさえこれなかったのに」

「それは仕方がなかったのだ。何せお腹のことがあるからな」


 うん、本当はラーサも母様も家族ということで同行出来たんだけど、王都までは結構距離があるしね。大事を取って残ってもらっている。


「はぁ、私が元の姿に戻れたら、主様を抱きかかえてもっと速く移動したのに」


 アネは脚を自由に人型に出来るからね。だから人の姿で一緒に馬車に乗っている。


「だ、抱きかかえてって! じゅ、獣魔なんだということを忘れてはいけません! 過度の接触は控えるべきです!」

「何を言うかと思えば。私ぐらいの体ならね、逆にいいクッションになるのよ。ねぇご主人さま?」

「え? いやいやいやいや!」


 アネが僕を引き寄せ、頭がそのクッションに埋もれた。ちょちょ! 何してるの!?


「あ~! うぅ、だからお兄様の隣にするのは嫌だったんです!」

「あら、でも正面を選んだのはラーサじゃないか」

「そ、それは――正面はお兄様の尊顔がよく見えるから――」

 

 うつむき加減に何がゴニョゴニョとラーサが言ってるね。顔も赤いし。


「あれ? もしかしてラーサ酔ったのかな?」

「ち、違いますよもう!」


 あれ? 何か怒らしちゃったかな? う~ん確かにこの馬車はあまり揺れないから酔いにくいとは思うけどね。


「あっはっは、しかし大賢者マゼルはモテるな」

「いえ、お父様これはモテるとかではなく、アネもあまりからかわないでよもう」

「……別にからかってるわけじゃないんだけどねぇ」


 ため息交じりにアネが言う。いやいや誰がどう見てもからかってるでしょう。


「しかし、遅いと言うがこれはユニコーン馬車だからな。これでも普通の馬車よりずっと速い。尤も大賢者マゼルから見れば牛の歩みに等しいのかも知れぬがな」


 父様が豪快に笑う。いや、流石にそこまでは思わないけどね。それにこの馬車は流石王家御用達とあって中は広いし魔法のバネの効果で殆ど揺れないんだ。


 速度もユニコーンが引いてるから一般的に使われてる馬の数倍の速度は出ている。だから王都までは3日でつくんだ。これが一般的な馬車だったら10日は掛かるからね。


「……主様、馬車が止まったね。それに周囲から殺気が漂ってるよ」

「うん、結構な人数に囲まれているようだね50人かな」

「え? 今ですか?」

「ふむ、流石大賢者マゼル、私も妙な気配は感じたが人数まではわからなかったぞ」


 父様も気がついていたようで直後、扉を挟んだ向こうから護衛としてついてくれていた騎士から声が掛かる。


「盗賊が現れました。相手はかなりの人数で50人はいます。危険ですのでどうか外には出られぬよう……」

「いや、それならむしろ出たほうがいいだろう」

「うん、そうだね。人数が多いなら少しでも手はあったほうがいいだろうし」

「私も馬車の中で座ってばかりじゃ体がなまってしまうからね。やらせてもらうよ」

「お、お兄様私も!」

「え? でもラーサは残っていたほうが……」

「お兄様、私もお兄様に鍛えられたおかげでかなり魔法も使えるようになりました! 盗賊風情蹴散らしてみせます!」


 えぇ! ラーサがこんな勇ましいことを言えるようになっていたなんて……そもそも僕は魔法については殆ど何も教えてないような――


「確かにラーサの魔法もいまや下手な魔術師が舌を巻くほどだ。ただし大賢者マゼルからは離れないようにな」

「はい!」

「いや! あの、皆様は一応お客人ですので――」


 声を掛けてくれた騎士さんが戸惑っていたけど、でも護衛についてる騎士は5人。流石に50人相手だと厳しいかもだしね。


 だから僕たちも外に出たわけだけど、場所は谷間の道で少し高い位置にあった足場から盗賊がこっちを見下ろしてきていた。


「おい、中に控えてもらうよう言っただろう?」

「いえ、確かにそう言われましたが、流石にこの状況で我々も黙ってみてはいられません。私は勿論ですが、息子も大賢者、それにアネは大賢者マゼルの獣魔であり娘のラーサも魔術師顔負けの魔法も扱えますから」

「いや、しかし」

「大体、相手の数があんたらより圧倒してるじゃないかい。本当は厳しいと思ったんじゃないのかい?」

「う、それは……」


 アネが指摘すると騎士の1人が喉をつまらせた。どうやら図星のようだけど。


「おい! さっきから何こそこそ話してやがる!」


 僕たちが騎士たちと話し合っていると、盗賊側から怒鳴り声が降ってきた。


 見上げると革鎧の上から動物の毛を巻きつけたような格好の男が太い腕を組んで睨みを効かせてきている。


「き、貴様ら! この馬車が王国の物と知っての狼藉か!」

「ハッ! そんなもん当然だろうが。だからこそ狙ったんだよ!」

「へへ、それにしても頭、相変わらず闇ギルドからの広報紙の情報は確かですねぇ」

「全くだ。おかげでこっちも十分な人数を揃えてやってこれたんだからな」


 また闇ギルドか。盗賊たちに色々情報を提供しているらしいけど、王国から迎えに来た馬車のことまで知らされてるのか。


 結構嫌らしい情報源だね。


「なるほど、お前たちの言い分はわかった。だが、残念だったな。こちらにはあの大賢者マゼルがいるのだぞ?」

「そのとおりです。お兄様を相手にむしろよくたかが50人で挑もうなどと思いましたね!」


 父様とラーサが前に出て盗賊たちに言い返す。でも、盗賊だと僕のことなんて知らない可能性が高いような。


「そうかよ」


 その時、最初に怒鳴ってた頭っぽい男がニヤリと何かを企んでそうな笑みを見せたんだけど――


「当然、その事も想定済みなのさ。だからてめぇらはここで終わりだ!」


 その時、僕たちの足元に魔法陣が浮かび上がってきた。これ、最初からここに仕込んでいたのかな? 


 そして魔法陣がまばゆい光を放ち始め――


「やったぜ見事引っかかりやがった! それはな魔封じの魔法陣! 例え大賢者だろうと魔法を封じちまえばただの餓鬼よ!」

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