第86話 魔力0の大賢者、贈り物を決める

 あの事件から色々とあった。僕の耳に届いた話によるとワグナーはやはり罪に問われ、強制労働送りとなったようだ。しかもかなりの長い期間でてこれないらしい。


 領地も失うことにもなり爵位も剥奪。ワグナーは完全に没落した形だ。気になるのは家族だけど、王国では主たる罰は罪に問われる本人のみに与えることになっているから、犯行に関わっていなければ家族も纏めて罰するということはない。


 とはいえこれから色々と大変だろうけどね……。

 さて、大きく変わったことは他にもあったりする。それは父様だ。


 今回の件で当然だけど将軍の座が一つ空いた。そこに父様が、ということは流石になく、アザーズ様の推薦した将校の一人が選ばれたとか。


 その騎士はガーランドとは違って基本穏やか、でも締めるときはしっかり締めるみたいなメリハリの効いた人らしい。国の平和を何より第一に考える人で性格的には真逆な穏健派みたいだから安心ではあるね。


 で、重要なのはここからでどうやら王国軍にも考え方に変化が現れたみたいで、ガーランド将軍は一にも二にも武力(あと権力もかな)こそが正義って男だったんだけど、その考えが指導にも出てしまっていた。


 このまま似たようなことを続けていては第二第三のガーランドが出てくるかもしれない。やはり今後は例えば剣の指導一つとっても肉体を鍛えたり技だけを磨くのではなく、心、つまり精神的指導にも重きをおいたほうがいいという結論になったようで。


 その結果、王国騎士団の指導係として父様が選任されたんだ。これは強制というわけではなかったんだけど、父様の現在の立場も考慮して領主と指導官を兼任出来るよう考えてくれた。


 なんと、王都に父様が逗留中に使える部屋も用意してくれるし、城までは馬車の送り迎えがある。その上、馬車はユニコーン馬車も準備するとまで言ってくれた。


 確かにユニコーン馬車なら普通の馬よりもずっと速いからね。

 そこまで言われたら父様も断るわけにはいかないということで引き受けることになった。勿論我が家としても大歓迎だけどね。王国軍専属の指導官に選ばれるなんて名誉なことだし。


 領主としても箔がつくと町の皆も歓迎ムードだったね。ただ、ユニコーン馬車に関しては丁重にお断りしていた。


 どうしてかなと思ったけれど、父様はこの件を蟲一族の村まで行って相談し、蜂使いの力を借りることに決めていたんだ。ユニコーン馬車じゃなくて蜂に乗せてもらって移動する方法を取るということで、勿論その分の報酬も支払いますという話もしてね。


 村側は報酬などいらないと言っていたようだけど、仕事を任せるのだからということで最終的には米を譲るという形で落ち着いたようだ。


 そんなわけで、父様は二週間後、王城に出向くことになったわけで、その間も準備で大忙しだ。何せお城に呼ばれたわけだからね。王様とも謁見するし失礼があってはいけないってことでどんな格好で行こうか髪型はこれでいいかと色々悩んでるみたい。

 

「そこで僕は考えたんだ」

「お兄様の考えることならきっと間違いなく素晴らしいことです」

 

 妹のラーサの前で僕は考えを話してきかせる。優しい合いの手が心地よいよね。


「父様に剣を贈ろうと思ってるんだ。丁度もうすぐ誕生日でもあるしね」


 そう、父様は二週間後に城に向かう。実はその間に父様が誕生日を迎えるんだ。そこで僕は剣を贈ろうと考えた。父様の愛剣もここ最近の戦い続きで大分疲弊しているしね。


 父様は物を大切にするタイプで今の剣もかなり長いこと使い込んでいる。勿論手入れを欠かさない父様だからこそとも言えるけど、父様自身、随分と長いことお世話になったけどそろそろ限界かもしれない、なんて一人呟いていたところを僕は見ている。


 だから、僕は父様の為に相応しい剣を贈ってあげたいんだ。


 グッと拳に力を込める。するとラーサが微笑み。


「流石お兄様です。お父様想いですし大賢者と呼ばれるようになっても感謝の気持ちを決して忘れないその御心。私のお兄様がお兄様で本当に良かったと思います」

「何か照れるけれどありがとう」


 キラキラした瞳を僕に向けてくるラーサ。光栄ではあるけどむずかゆいものもあるかな。

 

 さて、問題はどんな材料にするかなんだよね。どうせなら父様の剣を作る上で相応しい材料を選びたい。


 だから普通に店で売ってるようなものじゃ駄目だ。それにお金を出せば買えるようなものだとありがたみもない。


 だからやっぱり素材ぐらいは自分で確保しようと思う。そうなってくるとやっぱりどこかのダンジョンに潜るのがいいだろうか?


 そんなことを思っていて色々考えていたんだけど、そんな時だった。例の未開地でダンジョンが見つかったという知らせがあったんだ。しかも金属がよく採れる為、鉱脈としての価値が高そうなダンジョンだという。


 まさに、今の僕にぴったりなダンジョンだよね。ただ、見つかったばかりだというし、探索許可が下りるかな?


 いや、理由を言って情熱を込めて訴えればきっとギルドだって許可をくれるよね。う~ん、ちょっと甘いかな……。


「許可? はは、中々今更ですね。大賢者様なら勿論、いつでもダンジョンに潜ってくれて構いませんよ。あ、折角ですのでこれをどうぞ」


 気合を入れてギルドマスターのドドリゲスさんに会いに行ったら拍子抜けするぐらいあっさり許可をもらえちゃったよ。しかも何かを手渡してくれた。え~と、これは……?


「冒険者証?」

「はいそうです」

「え~とでも年齢が……」

 

 通常冒険者になれるのは12歳からだ。成人は15歳からだけど将来は冒険者になりたいと決めた人は早いうちから慣れさせたほうがいいということでこの年齢で定められている。


 でも、今の・・僕はまだ9歳だから規定の年齢に収まっていない。


「特例ですよ。確かに規約上は冒険者になれるのは12歳からですが実力が伴っていればギルドマスターの権限で許可を出すことが出来るのです」


 そうだったんだ。前世ではそんなルールあったかな? 記憶にないから500年の間に新しく出来たのかもね。


「でもこれDランクとなってます。流石にいきなりDからは高すぎるような……」

「ははは、ご謙遜を。下手すると国の危機になりえた魔窟をたった一人で乗り込んで壊滅させた程です。他にも伝説級の功績をこの年にして山ほど築き上げた大賢者様となれば本来Sランクスタートでもおかしくないほどですよ。ただ、流石にそこまでしてしまうと他の冒険者の手前もありますし、妬んだりするものも現れるかもしれませんからね。なので申し訳なくも思いますがDランクからということで」

「いやいや十分ですよ!」

 

 そもそもこの歳で冒険者の資格を貰えると思ってなかったし。それに流石にSランクからというのは僕としても勘弁願いたい。


 とりあえず許可も貰えたことだし僕たちは冒険者ギルドを後にする。


 さて、早速ダンジョンへ向かいたいところだけど。


「……マゼル」


 すると、ギルドを出た直後、僕を呼ぶ声。聞き覚えがある、というよりすっかり馴染みの声だ。


「アイラ、よくここが判ったね」

「……マゼルのお母様から聞いたから」


 そういえば母様には行き先を伝えていたんだった。父様には秘密だから言ってないんだけどね。


「……マゼル、頼まれていたこと、なんとかなりそう」

「え? というと頼みを聞いてくれそうな鍛冶師が?」


 こくこくとアイラがお人形さんのように頷いた。かわいい。


 ちなみに鍛冶師を探していたのは父様の理想の剣を作ってもらう為。本当はこの町でお願いするのがいいのだろうけど、試しに聞いてみたら僕が理想とするような剣は難しいと言われてしまったんだ。


 そんなときにアイラが来て、話してみたら探してくれるという事になったわけ。


「……鍛冶師は南のアースマウンテンのドワーフ」

「え? でもあそこは領地が変わるよね。大丈夫なのかな?」


 アースマウンテンの境界にあるのはストムロック子爵領だ。アースマウンテンはドワーフが寄り合いみたいなのを作って暮らしているので実質ドワーフの領みたいなものだけど三度の飯より鍛冶が好きともされるドワーフは国という考えに頓着しないんだ。


 ただ、作った物はそのままというわけにもいかないのでストムロック領がドワーフが作った物を買い取って他に卸したりしている。


「……ストムロックとうちは親交があるから」


 

 そうか。確かにナムライ領のお隣さんだもんね。


「それで話を通してくれたんだね。うん、本当にアイラにお願いしてよかったよ。ありがとうね」

「……マゼルの為なら――」


 うん? 何か最後の方は声が小さくなって聞こえなかったけど、うん、本当に助かる。


「……マゼルはラーサとお出かけ?」

「うん? いや、ここからは僕だけで行こうと思っていたんだけど」


 僕はアイラにダンジョンのことを教えたんだけど。


「……私もいく」

「お兄様、勿論私も行きます! 置いていくなんて酷いです!」

「え~! でも危険だよ? 未開地で発見されたばかりのダンジョンだし……アイラも流石にご両親に黙ってはいけないよね?」

「……大丈夫。家族はむしろマゼルと一緒にいることは大歓迎。マゼルが一緒なら安心だから多少危険なところでもノープログレム」


 え~! それでいいの! いや、僕、前世も合わせてならともかく、今はまだ9歳なんだけど、本当にいいの?


「それにラーサも心配だし」

「お兄様。お忘れですか? 今回の件は父様の為にすること。それならば当然私も無関係ではありません!」


 え~? でもラーサはラーサで母様にならって手作りマントを贈るって話だったような……。


「……とにかく、絶対ついていく」

「勿論私もです!」


 そしてなぜか2人が僕を間に挟んで腕を組んできた。


 う~ん、これはもう言ってもついてくる気まんまんだよね。仕方ないなぁ――

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