第84話 魔力0の大賢者、将軍について聞く
街を一旦放棄した人たちの多くはライス様の暮らす城に避難していた。勿論全員は入り切らないから女性やお年寄り、子どもを優先させる形で、それ以外の人は外で待機になっていたけど冒険者やナムライ領の私兵がゴブリンが近づいてこれないようしっかり陣を張って見張りに徹していた。
皆、不安に思っていたみたいだけど、僕たちが帰還してゴブリン軍団が全て倒されたことを知った途端、地面が揺れるほどの大歓声が起きて凱旋だなんだと大騒ぎになってしまった。
でも、人々にも街にも被害が出なくてよかったな。その後は冒険者が念の為の護衛として同行し街まで住人たちを送り返していた。
無事で良かった、そう、ここまではそれで済んだ話だったのだけど。
「この度は大賢者マゼルとそして父君であるローラン伯爵の力添えのおかげで難を逃れることが出来た。感謝の言葉もありません」
「えぇ、本当に。あれだけのゴブリン、我々しかいない状況で攻めてきたなら、きっと被害は甚大なものとなっていたでしょう」
アザーズ様もライス様も父様や僕に様々な感謝の言葉を述べてくれた。協力してくれたハニーにもね。
それはそれは逆に申し訳なく思えるぐらいではあったのだけど。
「だが、一つ問題が出てしまった。本当に、面目ない思いなのだが……」
「問題ですか?」
「はて、それは一体?」
「はい、実は……ガーランドが消えてしまったのです」
「え? ガーランド将軍が?」
話を聞くと、どうやらゴブリン軍団の件でゴタゴタしている隙をついて逃げ出したんだとか。
ゴブリン軍団が攻めてくると判ってからガーランドは一旦この城の地下牢に閉じ込めることとし、勿論そんな中でもしっかり見張りの兵をつけていたのだけど、少し落ち着いてきたところで様子を見に行ったら見張りの兵が気絶させられていて、地下牢ももぬけの殻になっていたらしい。
掛けていた鍵も開けられてしまっていたとか。だから逃亡したのは間違いないらしいのだけどね。
「あの、もしかしてワグナーも逃げ出してしまったのですか?」
「いや、それがワグナーはそのまま残されていたのですよ」
ライス様が答えた。う~ん、でもそれなら……。
「それで逃げても意味がないような……いまさらワグナーが将軍を庇うとは思えないですよね?」
「確かに、例え逃げたところで罪から逃れることは出来ないと思われますな」
父様は僕に同調してくれた。そしてこれは勿論アザーズ様やライス様も考えていたことのようだね。
「そこは私としても確かに解せないところだ。下手に逃げたほうが罪は重くなる上、全面的に非を認めているようなものだからな」
「ですが、逆に言えばそれでヤケになっている可能性がないとも言えませんからね。ガーランドが動かせる兵の数もかなり多いですから……」
そっか、ヤケになって軍として反乱とか起こされても困るよね。う~ん。
「将軍はいつごろ逃げ出したか判りますか?」
「はっきりしたことは。この件で動かせる兵は動かし付近を捜索させているが今のところ見つかったという報告は受けていない」
そっか~でもゴブリン軍団の報告を受けた時はいたわけだから、そこまで時間が経っているわけでもないよね。
「ちょっと探ってみます」
「え?」
「そ、そんなことが出来るのか?」
「一応、ただ絶対ではありません」
「おお! 確かに大賢者マゼルであればそのぐらいの魔法は可能か!」
「……かつて大賢者マゼルは自由自在に世界を見渡せたと聞く……世界の裏側まで見渡せるとされた伝説の世界視魔法ワールドアイズをこの目に出来るなんて……」
いや、知らないよそれ! 何か毎回のことだけど、本当知らない魔法が一杯出てくるよ。師匠からは千里眼以上にすごいこれは万里眼だな! とかよくわからないことを言われたりしたけどね!
そもそもみるというより感じるだからなぁ。ま、とにかく見渡しのいい場所に移動して精神を集中させてみたけど……あれ? これって――
◇◆◇
sideガーランド
あの愚か者共が! この私を地下牢などに閉じ込めるとは。ここまでのことをしておいてただで済むとは思うなよ、絶対に許さん、絶対にだ!
とは言え、どうしたものか。あの連中、私が協力してやろうと交換条件を持ちかけてやったというのにあっさり否定されるとはな……。
――ドサッ、ドサッ。
うん? 何かの倒れる音が聞こえたような……。
すると扉が開き足音が響き渡る。
「ガーランド卿、遅くなり申し訳ありません。お助けにあがりました」
地下牢に下りてきたのは、2人の兵士だった。王国の紋章が見える。ということは軍のものか。そうか、私のことを知り、やってきてくれたのか。
1人が牢の鍵を開けた。私は2人に案内され地下牢から出る。ワグナーはそのままのようだがあんな男当然であるな。
「しかし、ここを脱出してもこのままでは私はあらぬ疑いを掛けられてしまう」
「問題ありません。既に根回しは済んでおります。今回のゴブリンの件、全てナムライ家とローラン家が仕組んだことにしてしまうのです」
「何、そんなことが可能なのか?」
「はい。言ったでしょう? 根回しはとっくに済んでいるのです」
なるほど。流石だな、この2人には全く記憶がないが、私の配下は優秀だ。
2人のおかげで城からもあっさりと抜け出すことが出来た。しかも用意がいいことに私が乗るための馬車があった。
私が乗り込み馬車が発進する。これであの狭い地下牢ともおさらばだ。
「これからどうするのだ?」
「はい、このまま王宮に向かいましょう。そこでガーランド卿はナムライ領地でゴブリンが大量に発生したこと、それが全てナムライ家とローラン家が結託して起きたことと報告し、軍を動かすのです」
「む、しかしそれで軍を動かすのは無理がないか?」
「ですのでこう報告するのです。ゴブリンを大賢者が操り、王都に攻め込もうとしていると。それを止めようとして、ガーランド卿は地下牢に閉じ込められたと」
おお……なるほど、確かにそれであれば整合性が取れる。なるほど私が地下牢に閉じ込められた事実を逆に利用するのだな。
ふふ、面白い。これで私に楯突いたアザーズごとナムライ領を潰せる。大賢者と調子に乗っているあのガキも、そしてローランの奴らもふふ……ん? だが、待てよ、この道は?
「何か、おかしくないか?」
「何がですか?」
「なぜこのような森にわざわざ入った?」
「あぁ、それは追手を撒くためですよ」
あぁなるほど。確かに地下牢を抜けたと知れば追手がくるかもしれないが……。
「しかし、やはりおかしくはないか? この道では王都にはつかないではないか?」
「……ククッ、ハハッ」
「? 何だ、何を笑っている?」
「そうであるぞ。全く、気持ちはわからないでもないが、笑ってしまっては台無しであろう?」
は、台無し? 何を言っているのだこいつらは?
「いやぁワリィワリィ。だってよぉ、あまりにお前が滑稽でな」
「何? こ、滑稽だと? 貴様! 私のことを言っているのか!」
「あぁそうだ。全く滑稽すぎて笑いが堪えきれんぜ」
「な、この私を王国にこの武人ありと言わしめた将軍と知って愚弄するか!」
私は剣の柄に手をかけた。こいつら、だては王国兵になりすましたのか! 何者かは知らないが、どうやら私を謀るつもりなようだ。
「将軍ならもう少し慎重になるべきだったわね。冷静に考えたらわかりそうなものでしょうに。ゴブリンの件も含めてそこまで上手くいくわけがないってね」
「とっくにあんたは終わってるってことさ。相手だってそう思っている。だから見捨てられた」
相手だと? 一体誰の、いや、まさか、オムス公国の手のものが?
「私は、裏切られたのか?」
「違うな。見捨てられたのさ」
「き、貴様ぁあぁあああぁあ!」
馬車の中にも拘らず私は剣を抜いた。車体ごと切り裂き、奴の喉を狙う。
「竜の首さえも切り落とした我が豪剣、受けてみるが、え?」
途端に私の力が抜けた。剣を振っていた腕も意志と関係なく脱力した。なんだ、何が? 爪、伸びた爪が、私の額に――
「ふん、あっさり死んだな。偉そうなことを言ったところで、所詮レッサードラゴンを切った程度ってことか」
「過去の栄光にすがりつくしか出来ないなんて哀れなことね」
「だから俺らみたいなのに暗殺されるんだろうさ。だが、手応えがなかったな。そうだ! このままあの大賢者ってのを狩ってみるのはどうだ?」
「よしなさい。それは依頼にないことよ」
「だけど、俺たちの生みの親の仇だろう?」
「そんなこと、欠片も思ってないくせに」
「バレたか、だが、感謝はしているんだぜ。あいつはクソ野郎だったが、おかげで俺たちは強くなれたのだからな――」
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