第74話 魔力0の大賢者、不正を看破する
やってきたのは王国騎士のレイサさんとヤカライさんだった。以前蟲の件で将軍と視察に来た騎士だね。
「どういうつもりと言われても、廃棄されていた米を念の為、見つけて持ってきただけですよ」
「でも、どうやら正解だったようだ。これではっきりさせられますね。閣下ならきっとそれを望んでいることでしょう」
「くっ……」
持ってきた米を見せながら2人の騎士が将軍に答えた。それにしてもヤカライさん、口調もすっかり変わったね。それに表情も柔らかくなってるよ。
「ガーランド卿、これで米を比べることが出来ますね」
「か、勝手にしろ!」
将軍はどこか投げやりな感じで叫んだ。それを受けて、レイサさんとヤカライさんが米の袋を開けた。袋にはそれぞれブランド名が記されていたわけだけど。
「こちらが大賢者米、そしてこっちがワグナー米ですが……」
「へぇこれは見ただけでわかるものだね」
「大賢者米の方は米の形が歪で大きさもバラバラ、色も悪い。いいところがないじゃないか」
「一方でワグナー米は形も大きさも均一で色も真珠のように白く輝いている、でもこれって」
「はは、ほら見たことか! やはり見た目からしてワグナー米の方が勝っている。そうであろうワグナー?」
「え? あ、はぁ、まぁ」
「待ってください」
僕はその判定に待ったを掛けた。だってこんなの、火を見るより明らかだ。
「この大賢者米はうちの米じゃありません。こっちのワグナー米の方が僕たちの持参した大賢者米です」
「そうです! お兄様の米はこんな出来損ないじゃありません」
「たしかにな。私もみているからすぐにわかった。どうみてもワグナー米とされているほうが大賢者米だ」
「何を馬鹿な。見ての通り、大賢者米の袋からこの出来損ないの屑米が出てきているではないか!」
将軍が吠える。だけどワグナーに関しては何故か顔色がすぐれない。
「いや、それ袋の中身ごと入れ替えただけですよね?」
思ったことをそのまま僕は口にした。もう見ただけでわかりきってるし。
「ほう? この状況でまだそんないいわけを口にできるか?」
え、えぇ~……どうしよう。逆にどうしてそこまで自信満々なのかわからないよ。肝心のワグナーなんて一言も発してないのに。
「閣下、流石にこれは無理があるかと。そもそも他の米を見れば一目瞭然なのですから」
「ヤカライ、私は悲しいぞ。折角可愛がってやった私に向けて、そのようなとんちんかんなことしかいえんとは」
「……失礼を承知で言わせてもらうなら頓珍漢なのは貴方」
アイラにまでこの言われようだよ将軍……わからなくもないけどね。
「ならば、ヤカライ殿の言うように、我々が用意してある別の米とも比べましょう。それではっきりするはずです」
「別の米? なるほど。つまり既に大賢者の魔法とやらで事実を捻じ曲げられているということか。何せ天下の大賢者だからな。それぐらいのことは平気で出来ることだろう」
「まさかガーランド閣下。息子が魔法で不正したという何の根拠もない話で押し通すつもりですか?」
「おやおや、ムキになるとはまた怪しいな。我が子可愛さは判るが、親なら子どものおかした罪は認めないといかんぞ?」
将軍は何がなんでもワグナーの米を勝ちにしたいようだ。それにしたってなりふり構わなすぎだと思うよ。
「父様問題ありません。何を言おうと既に真実ははっきりしました。ワグナー卿かガーランド閣下のどちらがやったことかはわかりませんが、そのワグナー米の袋に入ってる米こそがうちの米なのは間違いない事実です」
「ほう? だがそれを一体どうやって証明する」
「畑です。それでもう解決します」
「畑? しかしもう収穫が終わっている。それで一体何を証明する? 例えお前が大賢者米に似た物をもってこようとお前の魔法によって無理やり変化させられたものではないといい切れないだろう?」
いや、そもそも僕のは魔法じゃないからそんな真似は流石に無理なんだけど、でも、何を言おうともう将軍もワグナーもチェックメイトだ。
「採れた米はこの際関係ないのですよ。重要なのは畑だ。その違いが大きいのです」
「は? 畑だと?」
「はい。ワグナー卿、貴方このワグナー米、土の畑で育てましたね?」
「……は? いや、何を当たり前のことを……」
「はは、これはこれは何をとち狂ったことを。作物を畑で育てないで一体どこで育てるというのだ? まさか水の中で育てるとでもいうつもりじゃあるまいな? 全く魚じゃあるまいし」
「「「「…………」」」」
ワグナーと将軍の話を聞いて何人かが黙って将軍の方を見た。そう、この2人は米にとって大事な知識が抜けている。だけど、そのことはうちによく遊びに来ていたアイラは勿論、アイラの口からライス様やアザーズ様に伝わっていたのだろう。
当然うちの家族は皆知っているし何より――。
「やれやれ、語るに落ちるとはまさにこのことだな。ガーランド卿、お主は今、致命的なミスをおかしたぞ」
「な、何? 一体私が何のミスをおかしたというのだ!」
「水田ですよ」
「……なに? す、すい、でん、だと?」
「なんだそれは、意味がわからんぞ」
将軍が顔をこわばらせ、ワグナーは顔をしかめた。姫様はうちの領地で暫く滞在していたから畑のこともよく知っている。だからこそ僕の言っている意味がわかったんだ。
「水田は簡単に言えば水を張った畑です」
「水、だと? ば、馬鹿な、収穫状況を確認しにいったものからはそんな話でてこなかったぞ!」
「水田と言っても常時水を張っているわけじゃないからです。収穫時にはもう水は抜かれて土も乾いてますから気づかなかったんだと思います」
将軍の顔には明らかな動揺がみてとれた。だけど、まだ諦めていないようで。
「そうか! つまりその水田というもののせいで貴様の米は出来が悪いのだな! 当然だ畑を水浸しにしてろくな作物が育つわけない!」
「勿論、普通の麦などであればこの方法はありえません。ですがイナムギは全く逆で水田でのみ美味しい米になるのです。逆に陸で育ててしまうと味が大きく損なわれます」
「は?」
「な、で、デタラメを言うな!」
将軍がムキになって反論してきた。でも、僕にはようやく理解できた。なんでこの短期間で100万人分なんて量をワグナー家が収穫できたのか。
「……ワグナー卿。ここまできたらもういくら言い訳しても無理です。同時に一つ大事なことを、可能なら今すぐにでもイナムギの栽培を止めたほうがいいです」
「な、何を言い出すんだ貴様!」
「全く馬鹿なことを。何故私が折角育てたイナムギを」
「そうしないと手遅れになるからです。いや、既にかなり不味いことになっているかもしれないけど……」
「不味いこと? 一体何が不味いというのだ!」
「この米の育ち方、土壌に魔力改良を施しましたよね?」
「…………」
ワグナーは答えなかったけど、目の焦点が定まっていない。かなり動揺しているけど、それがどういう結果をうむかまではきっと知らないんだろうな。
「イナムギは魔力の影響を受けやすい作物です。だからこそ急激な魔力の変化に敏感でもあるのです。陸上で育てたイナムギは特にそのきらいが強くこの影響を受けやすい。だからこの点を利用して魔法で無理やり生産数を伸ばすことは可能です」
「それならば、陸で育てた方がいいこと尽くめではないか!」
「いえ、残念ながらこの方法には大きな欠点があります。先ず第一に魔法の影響で収穫できる米の形や大きさが安定しなくなる。それに栄養も不十分なものとなり味が落ち、匂いもキツくなる……」
「なんだい、それじゃあまるで
大賢者米にくだされた評価と一緒じゃないかい」
周りで見ていた観客たちもざわめき始めた。そう、だからこそこの米がうちの米ということはありえない。
「そしてここからが一番大事なことですが、魔法で無理やりイナムギを育てると、その影響でイナムギが抵抗を示すようになり、その結果、本来備わっていた畑の栄養を根こそぎ破壊してしまう……つまり畑が死んでしまうんです」
「……畑が、し、死ぬだって!」
ワグナーが目玉が飛び出んばかりに驚いた。やっぱりこの様子だと知らなかったんだね。
「死ぬ、死ぬとは、一体どういうことだ!」
「文字通りの意味です。水田を使わず陸で育て、まして魔法で無理やり生産性を高めるやりかたはかつてイナムギの本場の地でもやらかしたこと。だけどその結果畑が軒並み駄目になり、10年はもとに戻ることはなかったとききます」
「じゅ、10年だと!?」
素っ頓狂な声を上げたかと思えば、ワグナーが将軍を睨めつけ、今までと打って変わった態度で詰め寄った。
「閣下! これはどういうことだ! あんたまさか知っててこんな方法を私に教えたのか!」
「な、この馬鹿!」
「馬鹿? 冗談じゃない! 私はあんたが絶対上手く行くと言うからこの話に乗ったんだ! だからこそ既存の畑を全てイナムギの為に開放してこれだけの量の米を生産したんだ。なのに、畑が死ぬだって! こんな話私は聞いてないぞ!」
これまでずっと将軍の顔色を窺っていたワグナーがここに来て猛烈に抗議し始めたよ。あの様子だと、やっぱり畑の殆どをイナムギに回したんだろうな……しかも禁断の魔法による土壌改良で。
「どうやらこれではっきりしたようだな。ガーランド卿、これは流石に問題ですぞ」
「く、し、知らん、こんなものワグナーが勝手に!」
「な、なんだと? 散々私に協力させておいて、息子なんてすっかり自信をなくしてしまったんだぞ! あんたの言うとおりに動いたばかりに!」
「え、え~い黙れこの馬鹿が! 大体貴様こそ大賢者に恨みがあるというから協力させてやったんだ! 大体畑にしても、このままローランを貶めれば、経営の立ち行かなくなったローランなどどうとでもなったのだ! 米にしてもローランの米をそのまま利用すればいいだけだったというのに貴様が余計なことを言うから……」
将軍が、あ、と声を漏らし、周囲を見た。この場には他に多くの貴族が集まっている。そんな中で将軍は言ってはならないことを口にしてしまった。
本当、しまったって顔してるけど、うん、もうこれはどうしようもないね……。
「ガーランド閣下、もう諦めましょう」
「な、なな、ち、違う! これは、売り言葉に買い言葉で……」
「見苦しいですぞガーランド卿。それに、どちらにしても貴方はもう終わりだ。ここにカレントとヤミが来た時点で、もう全ては決まっているのだよ」
アザーズ様の発言に、ガーランド将軍の顔が戸惑いに変化していった。
「終わり? ば、馬鹿な。こんなことで。そ、そうだ! これには理由があったのだ! そう大義だ! この米事業は必ず成功させねば……」
「閣下、既に問題はそのような話で済むものではないのですよ。ここに証拠があがっています。貴方と裏ギルドとの関係がはっきりと示された証拠がです」
「な、なな、なんだってぇえええぇえ!」
周囲がざわめき出す。レイサさんの手には確かになにかの書類が握られていた。
それにしても、将軍と裏ギルドだなんて、また話がとんでもない方向に向かい始めたね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます