第73話 魔力0の大賢者、米勝負に挑む

 父様に、大賢者マゼル米が良かったかな? と問い返されたから、もう大賢者米で納得したよ。結局僕も知らない間にブランドが出来ちゃったよ。


 とにかく、僕たちは対決の場に向かった。姫様と兄弟は既に集まっていて僕たちのことを待っていたようだ。


「さて、早速だが、まずはお互いの収穫量を審査員から発表してもらおうか」


 将軍がまず声を上げる。米の味の前に収穫量からか。これはうちも収穫量は伸びている。ちなみに今回はまず全体の収穫量を見てもらった上で内訳を提示し、うちからオムス公国に対してどれだけの米を提供できるかを発表してもらう方式だ。


「それでは発表致します。先ずローラン伯爵領ですがオムス公国に対し、年間15万人分となります」


 おお~と歓声が湧いた。今回興味を持った他の領地からも商人や貴族が見に来ている。


 ふぅ、でも前回の発表より5万人分は伸ばせたね。収穫量より味だとは思うんだけどそれでも増えるにこしたことはないし。


「そして、ワグナー伯爵領は――これは凄い、オムス公国に対し年間100万人分です!」


 この発表で僕たちのときより更に大きな歓声が湧いた。そ、それにしても本当に100万人分も収穫したんだ……確かにワグナー領の方が土地が広いし、畑面積も大きいんだろうけど、元々畑にしていた場所もあるだろうしそこまで大きく変わることもないんじゃないかな、と思ってたんだけどね。


「15万人分に対して100万人分と来たか。確かに量は凄いね」

「ふん、こんなもの、既に勝負は見えだだろう。ワグナー領の米で決まりだ。それで決めてしまおう」

「いやいや、兄さん流石にそれは早計が過ぎると思うよ」

「そうです。私は収穫量もないがしろには出来ぬが、味も重要だと思っているので」

「バカバカしい、あんなもの何を食べたって同じだろうが」

「いや、それが違うぞお兄様。少なくとも大賢者マゼルの、いや、ローラン伯爵領の米は至極旨かった。兄様も食べれば判ると思う」

「……俺は認めんぞ!」


 な、なんかまたあのドナル殿下が俺を睨みつけてきたよ。本当、僕もどうしてここまで嫌われてるのか……。


「ふふふ、どうやら収穫量では差が歴然だったようですな」

「確かにそうですな。まさか宣言どおり本当に100万人分用意されるとは思いませんでしたが、しかし勝負は味ですよ」

「はっはっは! ならば問題ない。うちのワグナー米の方が旨いに決まってますからな」

 

 密かにワグナー家も米をブランド化してるのか。ワグナー米ってわりとまんまなきもするけど、いやうちも人のこと言えないか……。


「お兄様、味は大賢者米の勝利に決まってます!」

「……私もそう思う。あんな美味しい穀物初めて食べた」


 ラーサとアイラも収穫後の米は食べている。評価は以前の米より断然美味しくなってるだった。だから僕も自信はある。


「それでは味の査定に入ってもらうが、審査員となる姫様と殿下には一旦移動して頂きたく――」


 すると、ガーランドと審査員が3人を移動させた。姫様たちが実食する場所は完全に仕切りで囲まれ僕たちからはみえなくなっている。


「え~と、これは一体?」

「米の味を正確に判断してもらう上で余計な情報は与えない方式だ。勿論食べてもらう時にどれがどっちの米かも明記しない」

「出来た米は僕たちが運べばいいのですか?」

「駄目だ。米はこちらで用意した料理人に炊いてもらう。この勝負は米の純粋な味を審査してもらう必要がある。それなのに魔法などでごまかされでもしたらたまったものではないからな」

「……うちのマゼルはそんなこと間違っても致しませんが」

「うん? 私は何もマゼルがやるとは言ってないぞ? それともまさか図星だったかな?」


 なんとなく僕を名指しされてる気がして父様が否定したのだろうけど、逆にそこを付け入られてしまった。


 ふぅ、そもそも僕は魔法が使えないわけだし、そんな真似できるわけもないんだけどね。


 とは言え、念には念をいれるというところかもしれないよね。特に悪いことでもないし、そのやり方で納得させてもらった。


「お互い、正々堂々と競い合いたいものですなぁ」


 このルールに則り、当然ワグナーも僕たちの側で見守ることしかできなくなる。

 ただ、これまでのこともあるから、妙にこの言葉も白々しく思えてしまうよ。


「オムス公国からこの日のために参られた殿下の実食が終了いたしました」


 どうやら食べ終わったみたいだ。純粋な米の味を比べる対決だし、一切の手は加えていない。白米だけの味で勝負を決めてもらう。


 そして、今殿下たちが見えないように囲ってあった仕切りが外されていく。


 そして完全に仕切りが無くなった先には円卓を囲む3人の姿。円卓の上には既に食器はない。きっと下げられたのだろう。


「此度は、審査員として参加頂きました御三方には、赤い器と白い器で米を食して頂きました。勿論どちらの器がどちらの米なのかはお伝えしておりません。その上で、どちらの器の米がより美味しかったかを答えていただきたい」


 将軍が説明し、そして一人ずつどちらの器の米が美味しかったかを聞く。先ずは長男のドナル殿下だね。


「俺は白い器の方が旨かったぞ」


 そして次男のルーチン殿下。


「僕も白い器かな。正直その差は大きいと思うよ」


 こっちも白い器……どうやら味の差は大きかったみたいだね。

 最後はミラノ姫だ。


「……確かに、味の差は歴然。私も白い器だ」


 これは、全員白い器……。


「ふむ、どうやら満場一致で白い器の米が旨いと判断されたようだな。では答えよ! 白い器はどちらの米か!」

「はい! 白の器は――ワグナー伯爵領側、つまりワグナー米となります!」

「な、何だって!」

「そんな、お兄様の米が……」

「……信じられない」


 負けた……うちの米が、負けてしまったのか――。


「ぬはははは! 当然だ! 当然だとも、ローラン領など所詮は蟲しか寄り付かないような貧弱な土地。そのような領地の米に、うちの米が負けるわけがない!」


 ワグナーが勝ち誇った顔で笑い声を上げた。たとえ負けても、より美味しい米が公国に届くならそれでいい、と僕は姫様に言ったけど、やっぱり悔しいものだね――


「ふん、当然だ。所詮、大賢者などと言ってもこの程度のもの。我が国には相応しくない!」

「でも、ここまで差が出るものなんだねぇ」

「…………」


 そんなに味に差が出てたんだね。姫様も無言だし、もしかして失望させちゃったかな?


「ふむ、ミラノ、どうしたの難しい顔しちゃって?」

「……納得がいかないのです」

 

 え? 納得? そう言われてみると、姫様は眉を寄せて、何かを考えているようにも思える。


「はは、納得がいかないとは一体どういうことですかな?」

「……この大賢者米の味だ。どう考えてもこれはおかしい」

「これはまた難儀なことを。白い器の米を選んだのは殿下ではございませんか」


 将軍が肩を上下させ、困ったように言った。ただ、僕としても姫様の意見は気になるところ。


「確かに白い器の米は美味しかった。だからこそ、私は思ったのだ。こちらの米が大賢者米に違いないと」

「おやおや、これは弱りましたね。ですが失礼を承知で言わせてもらうなら、殿下は少々このマゼルに思い入れが強すぎるのでは?」

「うむ、確かに殿下はこのマゼルの領地に暫く逗留していたと聞く。それゆえに贔屓目に見てしまったとしても仕方ないとは思うが」


 ワグナーと将軍が僕の方を見ながら随分と失礼な事を言った。姫様に対してね。彼女はそんなことで判断を見誤る方ではない。


「確かに私は大賢者マゼルの領地で一時過ごした。その時に米も食した。だからこそ判る。赤い器の米は不味い。これに尽きるのだ」

「ま、まず……」

「だからこそ、大賢者米よりワグナー米の方が優れているということでは?」

 

 ワグナーがどこか納得いかないような顔を見せたよ。将軍はすぐに問いただすように口にしたけど。


「それが不自然なのだ。何せこの味のとおりなら大賢者米は私が以前食べた米より味が酷く劣化したことになる」


 将軍の蟀谷がピクピク痙攣していた。姫様の言葉に何か思うところがあるのだろうか。


「ふん、それはつまり、大賢者米の出来が良くなかったというだけのことだろう」

「いや、でも確かに妙な話だと思うよ。確かに僕も妹からローランの米はすごく旨いと聞いていた。だけどいま食べた米は確かに酷く不味い。一方ワグナー米とされてる方は見事な味だった。米はつやつやしていて光り輝きまるで宝石のようだったし、芳醇な香りが食欲を誘い、口に含んだ時の食感といい甘みの感じられる味わいといい最高だった」

「お兄様の言う通り。逆に赤い器の米は米粒に元気がなく輝きも貧相、匂いも臭く、口に含んだ時の食感も最悪、味に関してはこんなものをもし先に食していたなら米の輸入など断固反対していただろうと思える酷い物だった」


 そ、そこまで? いや、流石にそこまでいくとちょっとおかしいぞ。

 すると、父様が眉を顰め、そして意見を言った。


「殿下、横から失礼致します。今言われた事を聞くに、我が領地から提供した大賢者米に関しては疑問があります。なぜなら、今聞いた限りではワグナー米の方が、うちが提供した米の性質に近いと思われるからです」

「な、何を馬鹿なことを! あまりに見苦しいではないか!」

「いや、私も実はローラン卿と同じことを思っていた。これはもしや出された米が逆なのではないかとな」

「むぐぅ!」


 ワグナーが喉を詰まらせた。皆の視線が彼に向けられるけど。


「殿下、貴方は大事なことを見落とされている」

「大事なこと?」

 

 そこへ将軍が諭すように口を挟んだ。一体何をいうつもりなのかな。


「今回、ローラン領は米の収穫量を5万人分伸ばした。これは逆に言えば、米の収穫量を伸ばすために味を犠牲にしたとも言えるだろう」


 ……はい?


「何せ以前、ローラン領の米の収穫量について懸念があると、私が親切心で教えてあげたところ、彼らはムキになってそれを否定しました」

「え? いや、別にムキになってなど……」

「つまり、彼らは焦っていたのですよ。故に、今回は味のことなど考えずただ量を増やすことだけ考え、結果的に出来の悪い米を用意せざるを得なかった。全く愚かしいことだ」

「ちょっと待ってくださいそれは流石にあんまりです」

 

 将軍は父様が口を出すのを遮るように矢継ぎ早にまくしたてたけど、僕には納得が出来ない。


「何があんまりだというのか?」

「全てです。米の収穫量が伸びたのは領地の農家の皆が頑張ってくれたからです。みんな味なんてどうでもいいなんてそんないい加減な仕事はしていません」

「ふん、口でならなんとでも言える」

「……私も納得がいかない。マゼルの大賢者米は確かに美味しかった。そんな不味いわけない」

「そのとおりです、私も食べましたが以前よりずっと美味しかったです!」

「閣下、私も同じ考えです。両方の米がともに美味しくて、その中で負けたと言うならまだ納得がいく。しかし、不味いなどと」

「だが、結果が答えをはっきり示している! より旨かった白い器がワグナー米、そして赤い器が大賢者米なのだ!」

「なら、それをはっきりさせるのがよろしいでしょうな」


 すると、アザーズ様が声を上げ、一歩前に出てきた。


「はっきりだと?」

「そのとおり。何も難しいことではない。今から今回の査定に使った米をここまで持ってきてもらうのだ。それではっきりするだろう」

 

 確かにアザーズ様の言う通り、味にそこまでの差があるなら、炊く前の生米にも差があるはずだ。それを確認できればはっきりするはず。


「ふむ、こう言っているが、可能か?」


 すると将軍は米を用意したであろう料理人に向けて問いかけた。

 だけど、料理人は動揺し。


「そ、それがその、不正がないように、炊いた分以外の米は廃棄してしまいました……」

「廃棄、だと?」

「うむ、なるほどな。確かに料理した後でも何かしらの不正を働かれる可能性はある。この男の判断は正しいが、しかしこれではどうしようもないな」

「そんなの、流石におかしくありませんか? 廃棄することに何の意味があるというのですか?」

「だから言っておるだろう? 念の為だと」


 なんとなく気になってはいたけど、将軍のやり方はやはりおかしい。


「閣下、それならば別に料理に使った米でなくても宜しいでしょう。私たちは元々多めに米を積んできている。ワグナー卿とてそうなのでは? それをお互いこの場に持ってくれば良い話だ」

「それは認められんな。何せそっちにはあの大賢者がいるのだ。既に魔法で何かしらの対処を施している可能性がある」

「お兄様はそんな真似はしません!」

「そう言われてもな。我々には何もしていないと信じる根拠がない。不正というものは余裕がない者がやることだからな」


 将軍の顔は、明らかに僕たちの米が不利な状況にあることを喜んでいるものだ。

 正々堂々と戦って負けたならまだ納得も行く。でも、こんなことで――


「廃棄された米というのはこれのことでしょうか?」


 だけど、そんな僕たちの耳に、聞き覚えのある声が届いた。凛とした騎士然とした女性ともう一人は男の騎士。そう、この2人は。


「む、お前たちは、レイサにヤカライ! い、一体どういうつもりだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る