第69話 魔力0の大賢者、あっさり見抜く
出発前から聞いていた話だけど、米比べの勝負は時間厳守とあった。今回米の審査には姫様以外にもなんとオムス公国の公子である兄弟もやってくるらしい。
オムス公爵には3人の子女がいて、そのうち息女が僕も知っているミラノ姫で、彼女の上に兄が2人いる。つまり今回はミラノ様も含めた兄妹が全員揃うってことだね。
う~ん、そう考えると何か大事になってきてる気がした。時間厳守も当然だね。公子、公女を待たせるわけにはいかないもの。
さて、カッター領につながるトンネルを抜けて、途中でカイゼルの町に立ち寄る。普段からお世話になっているから出来た米の一部を届けるためだったのだけど――
「まことに、もうしわけございませーーん!」
屋敷につくなりカッター男爵に謝られたよ。え? どういうこと?
「ヒーゲ卿、頭をお上げください。一体どうされたのですか?」
「うぅ、それは、とりあえず一緒に来ていただければ判るかと思います」
そしてカッター男爵も馬を出し、そのまま一緒にトンネル前まで向かったんだけどね。
「これはトンネルが……」
「そんな、崩落してしまってます……」
「そ、そうなのです。今朝方知らせを受けて来てみたらこのようなことに。うぅ、よりにもよってこんな大事な日に、こうなったら私の髭を捧げてお詫びを!」
「お、落ち着いてくださいヒーゲ卿! 大丈夫ですから」
カッター男爵がカミソリを取り出して髭を剃ろうとした。大事な髭を犠牲にするぐらい重大なことだと思ってるようだけど。
「カッター男爵、大丈夫ですよ。これぐらいなら、よっ!」
塞がった土砂の前に立ち、軽く叩いたら土砂が吹き飛んだ。うん、これで通れるね。
「……え~と」
「ははは、だから大丈夫と言ったのですよ。このトンネルをつくったのがそもそも息子のマゼルですからな。この程度の土砂どうということはないのです」
「言われてみれば当然ですね。お兄様のおかげで護衛も必要としないぐらいですから」
確かに今回は米を運ぶための御者と馬車は付いてきてもらってるけれど、未開拓地の探索でギルドも忙しそうだから護衛は雇っていない。
トンネルのおかげでそんなに苦労も危険もなくナムライ領までつくからね。でも、いきなり崩落していたのはちょっと驚きかな。う~ん、そんなに簡単に崩れないはずなんだけどなぁ。
「それではご武運をお祈りしております」
結局僕たちはそのままナムライ領へ向かうこととなった。トンネルが崩れていたのは入口部分だけで他は天井なんかもチェックしたけど大丈夫そうだね。
でもどうして入り口だけ崩れていたのかな?
◇◆◇
side???
俺は裏ギルドの工作員だ。普段は盗賊ギルド所属だが、今回は俺個人に中々大きな山が舞い込んできた。なんでも大賢者マゼルとかいう奴の馬車がトンネルを通れないように上手くやれというのだ。
これが上手くいって、連中がナムライ領とやらに到着するのが遅れるか、向かうことが出来なければ俺に報酬が支払われる。
それが成功するだけで金貨20枚もくれるって言うんだから太っ腹な依頼だよ。それだけあれば平民なら2年近くは遊んで暮らせるからな。
だから俺は必死にトンネルを崩落させたんだが……。
――ドッゴオォオオォォオオオォオオン!
それを目にした時、俺の顎が馬鹿みたいに開ききっていた。顎が外れたかと思った。
仕事の確認の為、やってきた連中の様子を窺っていたというのに、ふ、ふざけるな! 俺が入り口を崩落させるのにどれだけ苦労したと思ってんだ! 持ってきた爆弾、魔法の力で爆発を引き起こす魔法爆弾だが、それがなんと一発じゃ全くびくともしなかった。民家の2、3軒軽く吹っ飛ばせる爆弾でだ!
夜中こっそり爆弾で崩落させて後はのんびり待てばいいと思ったのに、おかげで俺は貴重な魔法爆弾を50発も使用することになってしまった。それだけ使ってようやく入り口を崩落させるに至ったってのにあの野郎、よりにもよってそれを殴っただけで取り除きやがった。
いや、あれは取り除いたと言うより粉砕されたというべきか? とにかく俺の苦労が水の泡だ。大体なんだよ拳って。
大賢者、噂には聞いていたが恐ろしいガキだ。勿論生身であんな真似出来るわけ無いだろうから自己強化魔法で肉体を強化したんだろうが、それでもやべーよ。あれで魔力0とか何の冗談だよ。
とにかくこのままだと俺の任務が失敗になる。裏ギルドは任務を失敗した者に厳しいギルドだ。本来なら貰えるはずの依頼料も失敗したら最低でも10倍程度こっちが支払うことになってしまう。
金貨200枚のペナルティなんて冗談じゃねぇ。こうなったら多少強引でもあいつらの動きを封じてしまおう。場合によっては殺しても仕方ないだろう。
何せあの連中、護衛を雇っていない。大賢者とやらがいるからと油断したのだろうが、それが間違いだったな。
「ふふ、これで奴らからは見えないはずだ」
盗賊魔法が一つ、インビジだ。これで俺の姿は透明になった。盗賊仲間でもこの魔法を扱えるやつはそういないからな。おまけにこの魔法は身につけていたり手に持っているのも透明化出来る。
爆弾はまだ5発残ってる。連中を追いかけてこれを投げつける。爆発に巻き込まれて連中は死ぬ。例え死ななくても重症は間違いない。はは、完璧な作戦だ。
さて、あいつらも動き始めたな。ふふ、盗賊の俺なら馬車を走って追いかけるぐらい余裕よ。体力だって三日三晩女を抱き続けてもへばらないほどだ。
さぁ、ある程度の距離を保ったまま馬車を追跡するぜ。連中も俺が追いかけてるとは露程もおもわないだろうな。
そしてしばらく追いかけていたら馬車が止まった。休憩か? ならチャンスだ。その時にこの魔法爆弾で木っ端微塵にしてやる。
うん、3人出てきたな。一人は伯爵だろう。もう一人は情報通りなら妹のラーサという女だな。まだまだガキだがあれは上玉だな。殺すには惜しいが失敗するのはもっとヤバいから仕方ない。
そして残ったガキが大賢者マゼルか……あれがか? 随分と可愛らしい顔をした野郎だな……まだ9歳だって話だから子どもっぽいのは当たり前なんだろうが、こいつもそういう趣味の貴族なんかに高く売れそうだが、今は任務優先だ。
少々勿体無いが、とにかくこれで――
「そこにいる人、さっきからついてきてるけど何かようかなぁ?」
…………は? え? ついてきてる、人?
俺は後ろを確認するがとくに誰かついてきてる人物は確認できない。なんだよ驚かせやがって。
「今立ち止まった貴方。敵意がないなら姿を見せて欲しいんだけど」
て、やっぱ俺かぁああぁあぁああ! ば、馬鹿な! 俺は魔法で姿を消してるんだぞ? まさか魔法が解けたのか!
「あの、お兄様そこにどなたかいらっしゃるのですか?」
「うん、いるよ」
「ふむ、私には何も視えないが……」
うん? 視えないだって? はは、なんだ魔法はしっかり効いているじゃないか。
は、そうかこのガキ、さては口から出まかせ言ってやがるな! それがたまたま今の状況と重なったわけだ。そりゃそうだよな。
「えぇ、姿を消してるようですから視えないのも仕方ないですよ。僕は気配でそこにいるとわかりますが」
何言っちゃってんのこのガキ! え? 何マジで透明な俺に指を向けてきたよ。怖い怖い! 気配って何だよ! 俺ら盗賊でもそんなの無理だぞ! 魔法で探知するにしても、俺は今までそれでバレたことがない程なんだぞ!
「なるほど、流石大賢者マゼルであるな。探知魔法も超一流だ」
「お兄様にかかれば透明な空気でもきっと見つけられますね!」
「いや、ラーサ落ち着いて。空気はわざわざみつけなくてもあるものだから!」
こ、こいつら、緊張感のない話までしだしたぞ! だけど、探知魔法か、しかも超一流……どうやら賢者の魔法を侮りすぎていたようだな。
だが、そこですぐに行動に移さないのがお前の欠点だ! 既に射程に入ってるんだぜ! 例え探知魔法で俺の場所が判っても爆弾を投げるタイミングまではわからないだろう! さぁこれを投げて、終わりだ!
「あ、お兄様! 何かが突然!」
俺の透明化も、手から離れたら解ける。だが、それは見てからじゃ間に合わ。
――ズゴオオォォオオオオォオオオン!
「……は?」
は? え、なんで連中に届く前に爆発したの? なにこれどうなってるの?
「悪いけどタイミングはバレバレだよ。それにしても物騒な物を持ってたんだね」
しかも無傷だと! 馬鹿な途中とは言えあれだけの爆風を受けて平気だと言うのか!
「これは、障壁か! 瞬時に障壁を展開して私たちを守ってくれたのだな!」
「え? あ、いや、障壁とも違うというか、殴って爆風毎消し飛ばしただけ……」
「流石お兄様です! しかも私たちの安全もしっかり考えてくださるなんて!」
何か今わけのわからないことを言ってた気がするが、障壁か。まさかそんな魔法まで使えるとは……だが、例え障壁でも残り4発まとめてなら耐えられまい!
「もう無駄だよ」
な! 今度は投げた途端、爆弾が爆発、ひ、ひぃいいぃいいいい!
俺は天井にしこたま体をぶつけた後、ゴロゴロと地面を転がった。自分の意志ではなく爆発の衝撃で強制的にだ。
何だ今のは、は、まさかこれが盗賊の間でも密かに噂される
それが、あのガキにも!
「そこだね、ちょっと眠ってて貰うよ」
「な!」
爆発の影響で土煙で視界が確保できない中、あのガキの声が俺の耳に届き、かと思えば俺は強い衝撃を受け、意識の外側へ放り出された――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます