第65話 魔力0の大賢者、王国騎士と試合する
何故かわからないけど、王国の魔法騎士団、しかも団長という立場の女騎士であるレイサさんと戦うことになってしまった。
勿論試合のようなもので、生きるか死ぬかみたいなものではないけど、というよりもそんな本気の戦いなら断るところだけど、どちらが先に一撃入れるかで勝敗を決めるとのことだね。
「ふふ、あの大賢者と手合わせ出来るなんて、来てみて正解だったわ」
「え~と、なんでお兄様が騎士と戦うことになっているのですか? しかも何か綺麗な方ですし!」
「ふ~ん、中々だけど、ま、私ほどじゃないわね」
「あらあら、マゼルったらモテるのねぇ」
試合はうちの中庭で行うこととなったけど、ラーサにアネ、そして母様やメイドさんや執事さん、いや本当、色々な人が見に来ていた。それにしても母様、何か一人だけ妙な捉え方をしているような……。
「大賢者マゼル、我が息子よ。相手が王国騎士団だからと遠慮、は多少は必要かもしれないが、相手はお前の実力を見たがっているのだ。しっかりと決めてくるが良い!」
父様も全く止める様子はないよね。レイサさんが特に僕との対決を切望しているようで、絶対に譲れないぐらいの気迫を感じたから、断れる雰囲気じゃなかったのもあるかもだけど。
「さぁ、私は準備万端よ。貴方はどう?」
「僕も大丈夫ですよ」
剣を片手にレイサさんが確認してきたよ。レイサさんの剣、持ち主に似て綺麗だな。ガードの部分は天使の羽を思わせる形で真ん中は女神の顔のような意匠が施されている。
「大丈夫って、武器は何も持ってないわよね?」
「はい。僕は素手でいきます」
「は! これは参ったギブアップ、まさか素手ハンドとはな。ふふ、どうやらカレントは随分と舐められているようだな」
「イヤミはちょっと黙ってて。というか黙れ」
「な、貴様! 私、ミーはヤカライ・ヤミだ! 変なところだけつなげて読むな!」
「黙れヤカラ」
「な! また変なところで! 貴様、ユー! わざとか!」
仲悪いのかなこの2人?
「閣下! あいつユーはとんでもない女ビッチですよ、グハァ!」
「本当うるさい。黙ってろ」
うわぁ~何か剣に風を纏わせたあとそれをぶつけてふっ飛ばしたよ。容赦ない、いや、一応してるのかな?
「お、おい、仲間相手にそんなものを当てるな」
「あ、すみません。仲間だと思ってなかったのでつい」
「お前……」
呆れたような疲れたような目を将軍が見せてるよ。う~ん、それにしても自由な人だね。
「でも、本当にあの馬鹿の言ったように私を軽んじられているならあまりいい気分はしないわ」
「いえ、そんなことないです。僕は元々素手なので!」
「え? そうなの? う~ん、大賢者というからには元祖魔法剣が拝めるかなと思ったんだけど」
「え? が、元祖ですか?」
「そう。私が得意なのは魔法剣。かつての大賢者マゼルが広めた魔法と剣の融合技よ」
え~……何それ知らない。ふふん、てちょっと誇らしげに語ってたけど、肝心の僕がその魔法剣に見に覚えがないんだけど……。
「え~と、本当にそれは大賢者が?」
「あら? 大賢者の称号を恣にしているのに知らなかった? かつての大賢者は剣に炎や風を纏わせて戦った。そう記録にも残っているわ」
いやいや、本当全然記憶に無いよ。大体僕は前世から武器は持ったことないし、当然剣なんて扱えない。
それなのになんで魔法剣を使ったことなんかになってるのかな?
「それにしても杖すらもたないなんてね……とにかく、例え素手であっても真剣勝負である以上容赦はしないわ。灼熱の赤、纏え炎、刃に情熱、炎の剣――フレイムソード!」
詠唱を終えるとレイサさんの剣からボワッと炎が吹き出し、あっという間に剣身を包みこんだ。轟々という音を立てながら刃を中心に螺旋を描くように蠢き続けている。
構えた剣の周りが陽炎になっているし、凄く熱そうだよ。
「さぁ、いくわよ」
そしてレイサさんが今の距離を保ったまま剣を振ってきた。レイサさんの歩幅で7、8歩分ぐらいは離れいる。剣は間違い無しに届かない距離だけど、剣から火炎弾が飛んできて僕を狙ってきた。
なるほど、剣に纏った炎はこういう使い方も出来るんだね。着弾すると軽く地面が爆ぜる。躱してはいるけど、レイサさんは剣を連続で振ることで火炎弾の数を増やした。ただ躱せない量じゃない。
「驚いたわね。これだけの私の炎を避けるなんて、自己強化の魔法をいつの間に使ったのかしら?」
「ふふ、そのぐらいの魔法ならお兄様は無詠唱で使えるのですよ」
「……なるほどね。流石大賢者ね」
いえ、魔法は一切使ってないと言うか使えないと言うか……普通に動いているだけなのに、何故強化魔法だと思われるんだろう……。
「なら、これはどう!」
レイサさんが剣を横に薙ぐと、三日月状の炎が僕に迫った。横に長い、なるほど、地上の僕の動きを封じようと思ったんだね。だけど、僕は地面を蹴って跳躍。水平に伸びた炎は僕の真下を通り過ぎていった。
「そうくると思ってたのよ」
「え?」
僕を追うようにレイサさんも跳躍。剣ごと空中で回転すると、後を追うように炎も回転し、レイサさんそのものが炎と化したような様相に。
きっとそのまま強烈な一撃を叩き込むつもりなんだろうね。
「ハァアアァアアァア!」
僕と距離が迫り、剣を縦に振り抜くと、空中で大きな爆発が生じ、炎の輪が広がった。かなりの威力だけど。
「どう! て、え?」
「うん、凄い魔法と剣の融合だねぇびっくりしたよ」
何かこれぞ魔法! て感じだよね。空中で全く移動手段が無かったら一撃は貰うことになったかも。
ただ、魔法使いみたいに華麗には飛び回れないけど、空中を蹴って移動するぐらいなら出来るからね。
空中を蹴って下降して一足先に着地させてもらったよ。でも、これはいいね。この手なら直接攻撃しなくてもなんとかなる。よし! 僕は動きながら腕をぐるぐる回した。こうして風を絡め取ることで腕に小型の竜巻状の風が生まれた。
「そちらが炎なら僕は風でいきますね」
「……え? ちょっとまって何その魔法、きゃっ!」
まだ空中にいたレイサさんにむけて僕が拳を振ると、腕にまとわりついていた風が突風となってレイサさんを襲った、んだけど、いけないちょっと強すぎたかも!
悲鳴を上げて更に空高く舞い上がってしまったレイサさんの落下地点を予測して僕は移動し、落ちてきたレイサさんを、キャッチ! ふぅ、怪我はさせずに済んだね。
「お、お兄様、そんな、私もまだお姫様だっこされたことないのに!」
「あらあら、うふふ」
「なんだろ、ちょっとイラっとするね」
皆に言われて気がついたけど、確かにこの体勢、お姫様抱っこっぽいかも。
う、うぅ、王国の騎士団長へ流石にこれは失礼だったかな?
レイサさんの顔を覗き込むと、何か目を白黒させていた。
も、もしかして、これは、怒られちゃうやつかな?
とにかく僕は慎重にレイサさんを降ろしてあげた後、すぐに頭を下げることにした。
「ご、ごめんなさいつい!」
「驚いたわ! いや、流石大賢者マゼルというだけあるわね!」
「え?」
「な!?」
僕が謝るのとほぼ同時に、レイサさんが笑みを浮かべた後、腰を屈めて僕に抱きついてきた、て、えぇええぇえええぇ!?
「……おいお前、私の主様に何をしてる?」
「な! ちょ、アネ落ち着いて落ち着いて!」
「うん? あ、いやごめんね。つい感動しちゃって」
アネがすぐ側まで近づいてきて、糸を伸ばし始めたから慌てて止めた。するとパッとレイサさんが離れてくれたけど、ちょっと驚いちゃったよ。
「でも、本当に驚いたわね。魔法を腕に纏わせるなんて思いもよらなかったわ」
「え?」
「これはいうなれば魔法拳といったところかしら? 本来、魔法剣というのは魔法とよく馴染む剣でしか使用できないのだけど、それを素手でやるのだから大したものね」
何かやたらと感心されているけど、本当ごめんなさい。そもそも魔法じゃなくて物理なんで……でも、魔法拳か、うん? 魔法、拳……?
「あ、あぁああっぁああああ!」
「え? ちょ、どうしたの?」
「お前、主様に何をしたのよ!」
「な、何もしてないわよ、てか、あなた何か大賢者のことになると怖いわね……」
「当然よ。私はマゼルの物なんだから」
「え?」
「いや、ちょ! アネ、ややこしくなるから!」
アネには一旦離れてもらった。それにしても、ようやく判ってきたよ。確か僕は以前これと同じことをした。前にやったことのある摩擦熱で拳に炎を纏わせたり、今みたいに風を纏わせたり。
そしてそれを見ていた当時の騎士が魔法拳だ! とやたら感心していたんだ。
つまり今の話で考えると、僕の技を見た騎士が魔法と勘違いした上、魔法拳として誰かに語ってしまい、更にその噂がどこかで魔法剣に置き換わって伝え広まったことで、彼女が使うような魔法剣が生まれたと、そういうことなんだね……。
でもいつも思うけど、それで魔法剣を作っちゃう魔法使いの方がやっぱり凄いよね。そもそも僕が使ったの魔法ですらないんだから。
「大賢者マゼル様、おかげで私がどれだけ未熟かわかりました。この試合どう考えても私の負けです。しかし、魔法剣でなく魔法拳などというものを作り出してしまうなんて流石大賢者ね。戻ったら皆に伝えないと」
「いや、そんな大げさなものじゃないので!」
すごく言いふらす気まんまんっぽいけど、そもそも魔法と勘違いされた魔法拳がきっかけで魔法剣が生まれてるのに、逆に魔法拳を広めるってわけがわからないから!
「そこで考えたのだけど、魔法拳の名称、スペルマージフィストとかどう思います?」
そして、僕の意志とは無関係に、そんな提案を笑顔でしてくるレイサさん。なので僕も笑顔で返事をさせてもらったよ。
「勿論却下で」
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