第58話 魔力0の大賢者、圧倒する

 この男自慢のバグズは壁の中に埋まっていた。一撃で仕留めたからもう動くことはないよ。他の蟲人もそうだけど、二度と戻ることがないならせめて一撃で仕留めてあげようと考えてのことだ。


「はは、ガハハハハ! これは驚きだ。圧倒的だ、まるで圧倒的だ! 全く一体どんな魔法を使ったというのか。わしにもさっぱり見えんかったぞ」


 ただ殴っただけだよ。なんの変哲もないパンチを一発お見舞いしただけだ。だけどこの男には一撃じゃ生ぬるいかなと思ってる。


「ただの拳だよ。今からお前に浴びせるのと同じね。ただ、お前は一撃じゃ許してあげないけど」

「拳? なるほど。さすが大賢者ともなれば強化魔法も他とは一味違うということか」


 魔法じゃないけど否定するのも面倒だね。


「まさかここまでとはな。全くもっと早く知っていればどんな手を使ってでも貴様を手に入れていたところだ。お前のような男を蟲人に変えることが出来たなら、どれほどの逸材になれたか」

「悪いけど、僕はお前なんかには捕まらないよ」

「どうかな? どうやら貴様には大事な妹がいるようだしな。それを先ず攫ってから人質にし、言うことを聞かせるなど手はいくらでも考えられるが?」

「そんなに僕を怒らせたいの?」


 妹がこいつに、そんなことを考えるだけで更に怒りの感情が膨れ上がる。


「ふん、どちらにせよ、もう無駄であるがな。貴様のような男の侵入をここまで許した時点で、わしの命運も尽きた」

「随分と素直だね。お前は蟲にはならないのか? 他の仲間は平気で蟲と合成したくせに」

「ふん、わしが蟲人になったら一体誰が研究を進めるというのか。だが、こうなってしまった以上仕方あるまい。大賢者を前にしてはわしとてこのままというわけにはいかん。安心しろ、確かに蟲人にこそなれんが、その代り――グフッ!」

「何それ?」


 突然男が口から血を吹き出し苦しみだした。胸をかきむしるようにしながら、顔だけは僕に向け、冷たい黒目でじっと見据えてくる。


「カカッ、魔養蟲が生まれるのだ。わしは死ぬが、せめて一矢報いるが良いわ!」


 刹那――その腹が膨張し、パーンッと割れて弾けた。頭が転がり、首から下は見る影もない。


「ギュルルルルルル――」


 魔養蟲――古代種の一つ。人の体に寄生する蟲で魔力を糧に成長する。最終的にどう成長するかは宿主の魔力や性質にかなり作用される、だったかな。こんなものがまだ残っていたんだ。

 

 しかもまさか、この男の中に巣食っているなんてね。しかも知らずに寄生されていたのではなく、自ら寄生させていたようだ。


 他の村人みたいに蟲と同化することはしなかったけど、蟲の卵には自ら寄生させていたってことか。


 研究者と呼ばれる存在には時折いる、自らの研究に固執しすぎて狂気に支配されるタイプ。それがこの男ということか。


 なぜこんなことが出来るのか僕には全く理解が出来ないけど、もしかしたら自分みたいな人間を苗床にした時にどんな蟲が生まれるのか? という純粋な好奇心なのかもしれない。わからないし結局死んじゃうなら確認のしようがないだろうに。


 目の前に現出した蟲が僕のことをじっと見ていた。宿主と同じく真っ黒い不気味な瞳。ひょろ長い体で全体的に黒い。黒曜石みたいに照りがあって甲蟲みたく外皮が頑丈そうではあるね。

 

 両手は鎌のような形状で、脚は体格に似合わず大きくて先は鉤爪みたいに湾曲している。


 僕に興味があるようだけど、あくまで餌としてだ。生まれたばかりで腹をすかしているのかもしれない。


「ギギッ!」


 短い鳴き声を上げ、地面を蹴り、僕を中心にぐるぐると円を描くように疾駆する。相当早い。初速から音速は超えていて、回転を始めたその速度は既に音の10倍に達する。


 音速に達した時点で通常は衝撃波を生む。師匠はソニックブームと呼称していたっけ。この衝撃波は速度が増すにつれて威力が増す。


 どうやらこの蟲、僕を中心にぐるぐると回ることで衝撃波を僕に集中させるつもらしい。確かにこの方法なら全方位から中心に向けてソニックブームが押し寄せ当然威力も増す。この段階でも鍛えてない人間ならとっくにソニックブームに押しつぶされていただろうね。


「だけど意味がないよ」


 音速ぐらいなら僕も体現できる。そして僕はソニックブームを利用して音の壁も作ることが出来る。衝撃波は壁に阻まれて全く僕に届かない。激しい爆発音が続くだけだ。


 すると蟲はムキになって鎌状の腕を振ってきた。衝撃波が刃になって襲ってくるけど、それも僕には届かない無駄だ。


「ついでにこんな事もできる」


 音の壁を腕に巻き付けた。そのうえで敢えて蟲に合わせてピッタリとくっつくように疾走する。


「ギッ!?」


 蟲は随分と驚いているようだね。そもそも僕にこの程度の衝撃波は通用しないし、そよ風と変わらない。


 それじゃあこのまま、決着をつけさせてもらうよ。


「ハァアアァアァアアァアアアァアア!」


 僕は並走しながら一息で千を超える打撃を魔養蟲に叩き込んだ。黒い全身がひしゃげ、最後は勢いよく吹っ飛んだ。壁に叩きつけられた時、蟲の体は紙のようにペラペラになっていた。勿論絶命している。


 ふぅ、ちょっと八つ当たりみたいになっちゃったかな。僕は転がっていた頭に目を向ける。


「……さんざん好き勝手な事をしておいて身勝手に死ぬ、お前みたいな奴が僕は一番キライだよ」


 だからこそ、僕はこの男を否定するために、そこまでして産み落とした蟲も圧倒した。その気で叩き潰した。


 お前の研究なんて所詮その程度だったってことさ。魔法の使えない僕でさえそうだったんだ。強力な魔法の使い手がやってきてたら、有無も言わせず叩き潰されたろうね。ザマァ見ろ。


 さて、片がついたし僕は洞窟をでて皆の下へ戻ったわけだけど。


「お兄様、良かった無事だったのですね」

「うん、洞窟の奥にも蟲がいたけど、それはやってきたよ」

「……もうやってきた? 早い、さすが大賢者」

「本当に早いですね……やはり噂以上に貴方様は大賢者でした」

「「「「ビ~ビ~!」」」」


 そんなに早かったかな? 自分ではあまりわからないや。蜂も一緒になって何か称えてくれてるようには感じるけど。


「全て終わったし、とりあえず戻ろうと思うけど……このままってわけにはいかないだろうなぁ……」


 勿論父様には報告するけど、ローラン領だけで済む問題ではなさそうだ。


「私も、村に報告しないといけないですね」

「そういえばハニーさんはどこからいらしてるのですか?」

「この王国の西にある村ですね」

「西、ということは、不可侵領域……」


 そっか、あそこからなんだね。王国の西には少数民族が多く暮らす地域がある。国という形態は取らず、民族同士が共存している場所だ。


 その地域とは王国が互いが互いに危害を加えないという条約を結んでいる。故に不可侵領域と呼ばれてるんだよね。


「ただ、ごめんね多分ハニーには取り敢えずお父様への説明に付き合ってもらうことになるかも」

「それは構いません。大賢者様と少しでも長くいられるならむしろ光栄です」

「な、ナチュラルに凄いことをいいますね」

「……ムムムッ、これは油断ならない」


 うん? なんだろう? ラーサとアイラが険しい顔しているような……。


「……ビ~♪」


 そして僕を乗せてくれたビロスが僕に頭を擦り付けてくれている。はは、でもこうやってみてみると愛着がわくよね。


「さ、とにかく領地へ帰ろうか」

「はい、お兄様!」

「……私もしばらく付き合う」

「では、皆さんどうぞ蜂にお乗りください」

「「「「ビ~!」」」」


 そして僕たちは混蟲族のいた集落を出て全員無事に町へ戻ったのだった――

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