第57話 魔力0の大賢者、怒る
空の蟲を全て駆除し、今度は僕が皆を先導して山間の小さな空間に着地した。みんな上からじゃこんな場所に降りれるところがあるなんてわからないみたいだね。
それもその筈。空間を覆うように蜘蛛の糸による偽装工作が施されていたんだ。ダヴィンクリエスパイダーという蜘蛛の魔物による仕業だね。
この魔物は蜘蛛の糸で巣だけじゃなく、周囲の背景に溶け込むような偽装工作もしてしまう。この蜘蛛の糸は色を自在に変えられるし、蜘蛛の巣をはるのもまるで一流の裁縫師が紡いだかのように細かく仕上げてしまう。
だからこの村のある場所も上からはわからないし、見たところ普通は徒歩で来れるような場所じゃない。周囲に道という道がないし険しすぎる。
多分だけど、地上にも村までつながる道はあるのだろう。だけどそれも、蜘蛛の糸で上手いこと隠されているんだと思う。だからこの村も今まで誰にもみつからなかったんだろうね。
地形的にもこの場所は僕の暮らすマナール王国の東部に広がるスメナイ大山地で、あまりに険阻すぎて未開のまま残り続けたんだけど、それを逆手に取って上手いこと隠れ潜んでたんだね。
それにしても、何か妙なんだよね。この先にあの蟲使いが向かったのは判ってる。でも、気配が急に変化したんだ。その変化がかなりおかしい、まるで全く別の生物にでも変わったかのようだ。
それが気になりはしたけど、ここまできたらもういくしかない。皆に注意を呼びかけつづ先へ進むけど。
「早速、でてきましたね」
「うん、そうだね」
「……害虫は駆除」
「岩が多いですし、火災の心配はありませんね。焼き尽くします!」
みんな勇ましいね。出てきた蟲はこれまで戦ったのとそう変わらなかった。数だけはいるけど、そこまで強いわけじゃない。
僕たちだけじゃなくてハニーの蜂も大活躍だ。そうやって蟲を駆除しながら進んでいたら集落が見つかった。
間違いなく、ここはその混蟲族の潜んでいる集落なんだろうね。でも、不可解な気配がかなり感じられる。
僕たちは集落に足を踏み入れた。なんというか寂れた場所だなというのが第一印象だ。そしてやけに静かでもある。
尤もあくまで目で見た限りの印象で、実際は不気味な空気が溢れている。
集落には木造家屋が15軒ある程度ってところだ。僕たちが進むと間もなくして家屋からぞろぞろと何者かが姿を見せた。
「ひえ! な、なんなのですからこの怪物は!」
「……不気味」
「え? まさかこれは――」
「「「「ビ~! ビ~!」」」」
ラーサが仰天し、アイラも眉を顰めていた。ハニーは何か思うところがあるようで、蜂たちは警告のような鳴き声を上げた。
出てきたのは――いい表すなら二本足で歩く蟲だ。それぞれ顔や姿に関しては蟲そのものだけど、体の動かし方は人間のソレだ。
種類は蝿の顔だったり、カマキリだったり蜘蛛だったりと様々だ。
「……ハニーは判ってるみたいだけど、やっぱりそういうことなの?」
僕は囁きかけるように彼女に問いかける。するとハニーは首肯してくれた。言葉に出さなかったのは僕が声を潜めた意味を察してくれたようだ。
「これって、
「……残念ですが」
首を振って小さく答えた。そうか、そうだろうね。姿そのものが変わってるんだから。正直肉体を回復させたり毒を治療するのとはわけが違う。
「お、襲ってくるつもりですね! なら、さっきみたいに魔法で!」
「いや、ラーサもアイラも疲れたよね? ここに来るまでに蟲も大分倒したんだろうし、魔力も減ってるでしょ? だからここは僕に任せて」
「え? お兄様お一人でですか?」
「……魔力なら大丈夫、マゼルの援護なら」
「待ってください。大賢者様がこう申されているのですから少しお言葉に甘えませんか?」
うん、ハニーは僕の気持ちを汲んでくれたみたいだね。やっぱり気づいていないとはいえ、いや、気づいていないからこそ、ここは2人にさせるわけにはいかない。
僕は大丈夫。基本的には避けれる時には避けるけど、こういう場合は仕方ない。だけどせめて――
「一瞬で終わらせてあげるよ」
◇◆◇
side ハニー
その強さに、結局私は何もできませんでした。初めてお会いした時から、その実力たるや大賢者の称号を恣にしているだけあると感嘆したものですが、周囲に倒れている村人だったモノの成れの果てに戦慄すら覚えます。
一瞬で終わらせる、この言葉はある程度腕に覚えのある物ならよく使うものですが、それを真の意味で体現出来る者は少ないでしょう。
ですが、大賢者マゼルの場合はまさに言葉通りの意味であり、瞬きしてる間には混蟲族の人間だったモノ共を倒してしまいました。
正直、何をどうしたのかさっぱりわかりませんでしたが、これが俗にいう大賢者の即死魔法のなのでしょう。相手に直接死を与える魔法は大賢者以外でも使う術者はいるとききますが、効果は全く異なり、対象は一体のみ、しかも成功率はそこまで高くないとされてます。なのに、大賢者様は無詠唱で一瞬にして殺してしまったのです。
本当に凄まじいことです。そして連中を倒した後、大賢者様は私達にここで待っていてほしいと告げて奥にいかれてしまいました。大賢者様の妹君やアイラ殿もついていきたい様子でしたが……声に出すことはありませんでしたね。
その理由は私にも判ります。大賢者様の強さはあの蟻の件もありましたしよく判っていたのですが、強さとは裏腹に偉ぶるようなこともなく、とても親しみやすい温厚な御方という認識でした。
ですが、この連中を倒した直後の大賢者様に関しては、雰囲気が一変していました。言葉は優しかったですし、笑顔ものぞかせていましたが、あれは、そう、きっと大賢者様は怒っているのでしょう――
◇◆◇
sideマゼル
「やれやれ、もうここまで来てしまうなんてな。わしの長年の研究が真っ向から否定された気分だ」
「研究、つまりアレをやったのはお前ということでいいんだね?」
集落の奥で見つけた洞窟の先にその男はいた。僕が話しかけるより先に振り返り口を開いた。
久しぶりに僕はこの感情を覚えていた。この体に転生してからは僕は家族にも恵まれたし、知り合う人々の多くは僕に良くしてくれた。だから久しくこんな感情は忘れていた。出来れば思い出したくもなかったけど。
「そうだ、あれこそが私が長年研究し続けた末に生み出した蟲人だ。我々蟲一族はこれまではただ蟲を操ることしか出来なかった。かつて残したという大賢者の魔法に縛られ続け、大賢者を憎んでいたにも関わらずその魔法に頼り続けていたのだ。愚かなことだと思わないか?」
「知らないよ。そもそも大賢者はそんな魔法残した覚えはない」
「はは、妙なことを言う。まるで見てきたかのようなセリフであるな」
真っ黒な瞳を僕に向けながら、おどけたように節くれだった腕を広げてみせた。
当たり前だ、僕がその大賢者の正体なんだから。でも、そんなことはどうでもいい。
「それで、その大賢者を超えようと思って、こんなくだらない真似をしたのかい?」
「ククッ、くだらないとは随分な言い草だ。大賢者の再来とまでいわれ、それほどまでの強さでありながら、その程度の浅はかな見解しかもてないとは、所詮ガキか。愚かなことだな」
「お前よりはずっと長生きのつもりだし、お前より愚かなつもりはないよ」
「……全く、貴様の言っていることにはわしでも理解出来ない部分があるが、まぁいい。出てこいバグズ」
何もなかったはずの空間にそれが現れた。尤もいることはわかっていた。
でも、あぁ、やっぱりこういうことか。
「この男が誰か判るか? こいつは……」
「畑を蟲に襲わせていた男だろ。名前は今始めて知ったけどね」
「……ふん、可愛げのないガキだ。まぁいい。この男は村で今一番の使い手だった」
「そんな話どうでもいいよ。それより何でこんな真似が出来るの? 蟲と人間を合成させて何がしたいの? 彼らは仮にもお前の仲間だったんだよね?」
「……張り合いのないやつだ。まぁいい。こいつを含めこの村の連中には私の姓でセクトを名乗らせている。それはいずれわしの下僕とさせる意味合いがあったのだ。だが蟲人は自我を
「答えになってないよ。僕はなんで仲間にこんなことが出来るのかって聞いたんだけど?」
研究がどうとかそんなことはどうでもいいんだ。自我を無くしたなんて、この人達はその時点で死んでいるのと一緒だ。それなのに、まるでそれを誇るように語るその精神が信じられない。
「……妙な質問だな。なら、こう答えたらいいのか? わしはこの連中を仲間だなどと思ったことは一度もない。せいぜいモルモット程度だと」
「わかった、もういいや。とりあえずお前はぶっ飛ばすね」
「はは、随分な自信だな。だがそう上手く行くかな? 外の連中はあっさり倒してしまったようだが、このバグズはその連中が束になっても勝てないほどの力がある。いくらなんでも」
――ドゴオォオオオォオオン!
「…………は?」
黒目の男が顔を後ろに向け呆けた声をあげた。背後の壁にはバグズが埋め込まれていた。もう息はない。
「長年の研究がこれで無駄になったね。それじゃあぶっ飛ばさせてもらうよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます